第14話 ラッキースケベからのまたぎモード

 ラッキースケベモードの解除方法は私の淋しさが解消されることだ。

 その中で手っ取り早いのがハグで人肌を感じることだった。だからラッキースケベが起きたら、とりあえず引っ付いてもらうことにしている。

 昨日に引き続き淋しさを少し抱えていたら、不可抗力とはいえラッキースケベでディアボロスのお尻を触ってしまって抱きしめてもらった。

 ディアボロスを座椅子代わりにして本を読むだけ、人肌を感じられつつも余計なことを考えないためには手っ取り早い。

 なのにラッキースケベを忘れてきた頃にエフィたちがやってきて、エフィが変なことを言うからラッキースケベを忘れられなかった。

 そもそも淋しいことと人肌恋しいことが同列になってしまっているのが問題だと思う。人淋しい気持ちの解消方法は他にもある気がする。


「エフィ、代わるか?」

「ああ、そうだな」


 ディアボロスとエフィの間で纏まった話通り、エフィが私のハグ係になろうとソファに座ろうとしてくる。


「いいってば」


 急いで立ち上がった。

 人恋しいのが知られることは恥ずかしい。抱きしめられる必要があることを知られてしまうのは、ラッキースケベを見られた以上仕方ないけど、だからといって彼にハグを実行してもらう必要はないはずだ。


「何故だ。ディアボロスが良くて俺が駄目な理由は」

「誰かが専属でなるものじゃないでしょ」

「不特定多数である必要もないだろ」

「もうモード解除してるから必要ないし。アステリ、城の案内引き続きよろしく」


 そう言って書庫から去る。

 エフィはまだ話足りなそうだけど無視だ。

 なんだか変なのが居座ることになった。

 後ろからディアボロスがついてきて、途中一度振り向いて彼らを確認してから小首を傾げた。


「イリニいいのか? エフィ置いていって」

「いいの。彼はお客様よ。すぐに帰るから」


 そうだ彼には帰るべき場所がある。こんな魔王の住む城ではなく、王子としているべき正しい城が彼にはあるのに。


「じゃあ俺もいく」

「うん、じゃあね」


 大きな背中の羽をはためかせ飛んでいった。

 エフィに慣れるまで時間かかりそうだし、何か気晴らししようかな。

 美味しいご飯でも作って食べるか。いや折角ならもっとこうワイルドに攻めたいというか、ストイックにいきたいというか。肉に齧りつきたいというか。


「あ」


 モードがきたわ。

 せっかくだし、モード解除まで楽しもうかな。今きてるのはそういうタイプのモードだ。


* * *


「……その姿は?」

「またぎモードがきた」


 毛皮を羽織って、藁で仕上げた被り物の編み笠を被っている。こっちの世界の文化になさそうだもんね。

 引き気味なのも分かるけど、そこまで見なくてもいいと思う。

 隣でアステリが半笑いでエフィに声をかけた。


「あー……自分で狩りして自分でジビエ料理したい時に出るやつ」


 ちなみにただ美味しいご飯作るだけのモードはシェフモードだ。

 またぎモードはより野性的でシンプル。乾燥肉をぶちぶち言わせて食べてるイメージがいいかしら?

 まあ分かってもらわなくていい。私の持つモードという名の祝福は本来なら有り得ない追加システムだった。とっとと原本ごと返さないと。


「……ふむ、ならば俺も行こう」

「ええ?」


 なんで? この姿見て思うことって一つだけ、聖女様幻滅しました、一択じゃないの?

 他の可能性を考えてみる。


「まさか監視のため? シコフォーナクセーにとって聖女が害になるか監視してるの?」

「? 何を言ってるんだ。俺は君の近くにいたいから一緒に行くんだ」

「ああそう……」


 分からない。しらばっくれているのかもしれないんだけど、どうにもエフィの本音が見えない。

 私は聖女で強い力を持っているけど、アステリみたく人の心内とか中身が見えるスキルはなかった。

 だからエフィの意図するところが分からない。でもついてくることだけは譲る気もなさそうだったから狩りの同行を許した。


「じゃあ頑張ってついてきてね?」

「?」


 随分余裕そうだけど、モードのない通常の私でも常人より強い身体と魔力を有している。

 そこに新たな祝福であるモード分の力が加わり、その祝福の力を使っているのが今だ。ようは三倍ぐらい強いよってこと。


「よっと」

「!」


 森の中を駆け走る私に、エフィは驚きつつも息を乱さずついてきた。

 さすが騎士ね。折角だから雑談でもしてみよう。


「私たち話したことある? あ、社交界抜いてね」

「……貴族院にいた時に数える程しか」

「あー、そこねえ」


 三国集まる貴族院という名の学び舎。

 王子殿下ももれなくここに通う。


「同い年だっけ?」

「そうだ。俺はアステリとカロとよく行動を共にしていて」

「ふうん」

「……よく、君を見かけた」


 一人裏庭のガゼボで本を読んでいたり、書庫の端っこにある窓辺にいたりとかその程度だ。

 この程度の認識なら、結婚云々はやっぱりシコフォーナクセー国王陛下の指示なんだろうな。結婚して聖女を国に縛り付けて利を得る。今度はシコフォーナクセーに結界でも張れって?

 それは最悪だな。私はもう聖女やめるんだから勘弁してほしい。


「そんな見かける程度だったのに……貴方もいい子ちゃんが好きなの?」

「エフィだ」


 妙なところにこだわりあるな。


「エフィは聖女の私がいいわけ?」

「? イリニが聖女であってもなくても変わりないだろ?」

「え? 私今魔王呼ばわりだよ? 癒しの象徴から恐怖の象徴にジョブチェンジしてるんだけど?」


 ジョブ? と小首を傾けてるけど説明面倒だから無視した。

 全部見たアステリはこの言葉遣いに綺麗に対応してくれるからな。


「最初にあんなに驚いていたから、エフィも聖女をお求めなのかと思ってた」

「ああ、確かに驚いたが……」


 今の姿ほどではないとエフィが遠慮がちに囁く。

 まあ、またぎですから。

 と、樹海の中、気配を察知して止まる。屈むように伝えれば、背の高い身体を低くして私の隣に控えた。


「よしよし、鹿だ」


 とはいっても、鹿に近い味がする魔物なんだけど。見た目も鹿なんだよねえ。


「それで仕留めるのか」

「うん。またぎといえば猟銃、狩りといえば猟銃よ」


 魔法で具現化した猟銃。服装的には槍かなとも思うけど、出てきたのは猟銃だから、これで狩りをしろということだ。

 この世界に馴染みないものだから、エフィも興味があるらしい。

 本当は魔法を使って捕らえた方がいいんだろうけど、そこはモード。不自由さがややある。


「見てて」


 狙いを定めて一撃、乾いた音と共に鹿が倒れる。

 近寄れば一発で仕留めていた。さすがまたぎモード。

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