第17話 ハグ係は譲れない
「ほら、イリニ」
フェンリルに促され渋々離れた。
見上げたエフィは不機嫌で、身体をよりかたくして私を見下ろしている。
「君はイリニの前だとかたいな?」
フェンリルが不思議そうに首を傾げる。
エフィの手に力が入って拳が握られた。
「フェンリル」
「ああ、分かった。もう言うまい」
二人の会話が終わる。フェンリルが少し楽しそうだ。
立ち上がり軽く身を振るわせ整えると、フェンリルはラッキースケベは終わったぞとエフィに伝えて去った。
「はあ……」
「なんで溜息」
なんでエフィに溜息つかれなきゃいけないの。
「イリニ」
自然な動作で私の前に膝をつくエフィはまさに騎士だった。
こういうこと平気でできるなら、さぞやモテるだろうに。
というか着替え済んでる。早すぎでしょ。
「イリニ、聞いてくれるか」
「なに?」
「俺は誰にも君のハグ係を譲りたくない」
「専属はさすがに申し訳なくて……」
男性に対してするのがはしたないとか言うなら、男性とディアボロスみたいなタイプを避ければいいじゃない。でもそういう小言はないんだよね。
ただ自分が専属やりたいって言うだけ。
だからたまに疑ってしまう。国として、王子殿下として、聖女の私を求めて近づいてきたんだって。
「……独占したいんだ」
「え?」
目元を赤くしている。
緊張が変わらないのに、少し彼らしさが見え隠れしてる気がした。
今まで一番エフィの気持ちとしての言葉な気がする。
「俺は、君が、イリニのことが」
「うん」
もしかしたら、初めてエフィの本音が聞けるかもと、少し前のめりになった。
国の命令じゃないと言ってくれるような気がして、少しだけ、ほんの少しだけ心が浮く。
「イリニのことが、すもごっ」
べしゃっとエフィの顔が羽毛に包まれた。
「あ、プロバテラか」
「え?」
「よっと」
エフィの顔に突っ込んできたのを剥がせば、私たちの周囲にもふもふの羽毛の固まりがたくさんおりてきている。
さっきまでフェンリルでもふもふしてたから、その流れか。私のもふもふ癒しな気持ちが、モードになるほどじゃないけど僅かに反応して現れた。
エフィから離した子がきゅーきゅー言ってるので自由にしてあげる。見た目はもふもふ丸っこい塊だけど、飛ぶし木々の合間に巣作るから一応ジャンルは鳥なんだろうな。
「なんだ……プロバテラだったか」
「うん。布団とか服作るにはもってこいだね」
ちなみに材質は羊毛と羽毛の間だから、活用するに越したことはない。年に二回程生え変わる時期があるから、そこが狙い目だ。
「そう、だな」
「で、話の続きは?」
「!」
くそ、とエフィが髪を掻き乱した。耳が赤い。
少し肩の力が抜けて、苦々しく眉を寄せる姿は緊張していない彼らしく自然だと思えた。
「また今度にする」
「いいの?」
「ああ…………イリニはどうして魔王になった?」
言うのをやめて、話を変えてきた。
その気になった時に聞ければいいかな。大したことじゃないんだろうし。
「なったというか、周りがそう言い始めて?」
「イリニ自身がそう思われていいように振る舞ってないか?」
「まあそうなんだけど」
痛いとこつくな。
確かに私は魔王と呼ばれ、そう見られて構わないと思って振舞っているところはある。
まあ人格統合によってできた今の私が清らかな聖人様様じゃないのも理由の一つなんだけど、そんな私の考えなんて露知らず、エフィは真面目な様子でお願いしてくる。
「全部知りたいから、話してほしい」
「なにを」
「イリニの事」
「聞いたってつまらないよ? テンプレっちゃテンプレだし」
ここまでの流れはテンプレおつじゃなかったけど。
「アステリは全部知ってるだろ?」
「見たからね」
「なら、俺が知ってもいいじゃないか」
「え、張り合う必要ある?」
男同士の友達ってこういうものなの? ことある毎に張り合う的な?
俺の背中は任せたぜとか、そういうのならあるあるっぽいし、しょっちゅう喧嘩してるような男同士の友情ものはあったはず。後者が該当かな?
「その俺の知らない言葉を使うのも理由があるんだろ」
「まあねえ」
「駄目か?」
この人、ずっと私の前ではいつも緊張していて、それでも私と関わりたいって思ってる。
私が怖いのか憧れの聖女様だからかは分からないけど不思議な人だ。怖いなら深く関わる必要がないのに。
でも彼が望んで覚悟の上で知りたいならいいのかな、と思う私もいる。
アステリは話さなくても見てくれた。けど自分から話して、それに耳を傾けて頷きながら聞いてくれる誰かがいるというのは羨ましいとどこかで小さく思ってる。
その欲求を満たせばラッキースケベも発動しないだろうし、という打算もあった。
「……いいよ、話す」
ラッキースケベが起きない程度の感傷の度合いにおさめて、淡々と語ることにしよう。
それでエフィが納得、というか満足して、ハグ係について考え直してくれたらラッキーだし。
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