こっちもシスコンじゃん!

 部屋で見つめ合う李津とアル。


 キス秒読みほどの距離に顔を近づけて、とろんと惚けている。


「もうおまえら早くヤッちゃえよ!」とは、我々外野の声。


「それ以上近づいたら突撃してやる!」とは、ドアの隙間からのぞく莉子の心の声だ。


 とうとう李津、男を見せるのかとギャラリーが拳を握ったころ――。


「アル」


「う、うんっ」


「……だけど、ごめん」


 李津はアルの肩をそっと押して距離を取った。


「えー」


 不服そうな声に耳が痛い。


「どうしてだろう……好きなんだよ。アルとなら俺、よろこんでって思っうんだけど」


 李津は目を閉じて、心の内側を深く深く探っていった。


 その中央で、ぐさりと刺さったとげを見つけて立ち止まった。


 こいつのせいか。抜いてやれ。


 しかし、手がつるつると滑ってどうしてもつかめない。


 大きなとげは、わがもの顔で中心に居座っている。


 ふてぶてしいヤツだな。と、李津は呆れた。


 そして場違いにも吹き出してしまう。


 こんな図々しいものの正体など、すぐに思い当たってしまった。


「――今は、ごめん。妹たちを放っておけない」


 目を開いた李津は、正直に答えた。


 アルは一瞬ぽかんとしたが。


「ふは。そんなカッコよく見つめられたら、ぼくはなにも言えなくなっちゃうよ」


 そう言って、白い歯を見せて笑った。


 こいつおもしれーな、という顔だった。


 こっちもちゃんとシスコンじゃん、両思いかよ。みたいな。


 アルは陰キャのゲーマーだが根は明るい。だから、李津の答えを聞いてもネガティブな感情は1ミリもわかなかった。


「でもどうして、俺のことなんて……」


「どうして?」


 アルはその質問に驚いたように目をぱちぱちとさせた。


 うーんと唇に人差し指を当て、ニパッと破顔する。


「人を好きになるってさ。その人といるときの自分が一番好きだからかなって思うんだよ、ぼくはね」


 そのまま李津の首へと腕を回す。


「いいよ、待つよ。りっつんの気持ちが落ち着くまで全然待てるよ。だって、本当にずっと好きだったから。待つのは慣れてるのだ」


 うっとりとした瞳で見つめるアルの色気がえぐい。


 決断を早まったかとドギマギする李津、お姉さんの手のひらで転がされている。


「そだ。ぼく、りっつんに言うの忘れてたことがあるんだけど」


「え、まだなにかあるの?」


 これ以上の告白はあるのかとソワソワしていると。


「ぼく、本当は高校生じゃなくて、21歳なんだよね♡」


 ――などと。


 最後に爆弾を爆発させていく、お茶目なアルだった。




 ◆




「なっはっは。夏休みの間、大変お世話になりましたー!」


 その日、荷物をまとめたアルは、夕方になる前に有宮家を出ることにした。


 呼んだタクシーが到着するまで、みんなで玄関先までお見送り。


 大きなボストンバッグをかついだ巨乳のお姉さんはまだ付き合うことはできなかったけど、李津に「好き」と言われたのがうれしくてご機嫌な様子だ。


「りっつん、次は文化祭だね☆」


「あ、う、うん……」


 一方、心ここにあらずの李津。年齢詐称していたアルがどうやってうちの高校に来ていたのか、そっちが気になって上の空だった。


「じゃあまたね、つむぎたんとりこぴん!」


「「アルさんっ」」


 一歩後ろにいたつむぎと莉子は、タイミングを見計らって同時に声をかけた。


 アルはいつも通り呑気な態度で、「ん?」と首をかしげる。


「ごめんなさい! あたし、アルさんに嫌な態度ばかり取っていました」


「あ、わ、わたしもぉ、気に触ることを言ってごめんなさいぅ〜」


 二人の妹は深く頭を下げる。


 そんな彼女たちを、アルは慈悲深く見つめて。


「んー。りっつん、妹っちかわいーね」


「え、あ……そーだな」


 話をふられた李津は、戸惑いながらも肯定する。


「ふふん。全然気にしてないよー。むしろ、こんな引きこもりを受け入れてくれてありがとねっ!」


 アルが明るく答えて、妹たちはホッとした表情で顔を上げた。


「えっと気づいてると思うけど、ぼく、女友だちがいないんだよね〜。無意識に気に障ることしちゃうみたいで、嫌われてさ。でもね、これだけは誤解しないでほしいんだけど、ぼくは二人と仲良くなりたいって思ってるよ」


 このとき初めてアルが緊張した面持ちを見せた。


 同性が苦手な彼女、心を開いたのは何年振りだろう。


 前回は開いた隙間からチクチクネチネチやられ、傷の修復に数年かけることになった。


 尋常じゃない汗が背中を伝ってどんどん落ちるが、きっと気温だけのせいじゃないだろう。


「アルさん、また遊びに来てねぇ〜」


 つむぎがアルの手を両手で包んだ。


「なに言ってんですか? すでにズッ友グループのメンバーですけどわたしたち」


 その隣で、莉子は勝気に腕組みしている。


――全員と仲良くしなくてもいい。大事な人は無理に増やさなくてもいい。


 そんな彼女の信念は自分を守る反面、人を遠ざけることが多かった。


 本当は寂しかった。


 そんな彼女の小さなコミュニティーに、新たな友人が入ってくれるらしい。


 ゴミみたいな思い出は、もう忘れていいよね。アルはへへっと笑って目尻を拭う仕草をした。


「二人とも、りっつんと仲良くね。そんで、ぼく以外の誰とも付き合わないように見張ってるんだよ☆」


「――は?」


 だがアルの余計な一言で、莉子とつむぎの顔色が変わった。


「――あれ?」


 やっちまった?と顔をひきつらせるが、もう遅い。


「なぜおまえが付き合うこと前提なんですか? バチバチに不快なんですけど」


「あ、あのぉ、肌色が多い人はぁ、有宮家ではお断りというかぁ〜」


「え、また来ていいってさっき……」


「自分の着たものの洗濯とかお皿下げるとか、トレペの芯を変えるとか部屋をお片付けするとか、ペットボトルにおしっこを溜めないとか、最低限の身の回りのことができるようになってからぁ、おととい来やがれ〜♡」


「つむぎたん!? 前半は社不すぎゴメソってなったけど、ペットボトルはやってないよぉ!? りっつん、ほんとだからね!?!?」


 莉子とつむぎに気圧されて、アルは半泣きだ。


 やりとりを見ていた李津は、口元を手で隠してこっそりと笑った。


「りっつん、なんで笑ってるんだよ〜!?」


 必死な形相のアルには悪いと思うけれど、李津は笑いが止まらない。


「いやぁ、仲良いなぁと思って」


 三人の女の子はパッと顔を赤くする。


「「「どこが!?」」」


 きっちりと重なった少女たちの声が、縦長に伸びる大きな入道雲に吸い込まれていく。






 

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俺の生き別れの妹は1人のはずが、家にはブラコン予備軍の美少女が2人もいたんだが。お前らどっちが本物だよ!? アサミカナエ @asamikanae

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