大好きだよりっつん

 ホームステイも最終日。


 居候のアルは布団の上でごろごろしながら考えごとをしていた。


(んー、まずい。りっつんと進展がない件)


 キャミソールに短パンという超ラフな格好で、目を血走らせて。


 彼女、とても焦っていた。


 なぜなら莉子の誕生日から、少しだけ李津に距離を取られている気がするからだ。


 それでも十分、親切にはしていただいているのだが。


 だけど彼女が求めているのは、親切ではない。


 率直に言って、男女の関係である!


(だって夏休みを逃すと、次に会えるのは文化祭の当日だけじゃん!?)


 夏休み明けの実力テストが終わって、9月の中旬が文化祭だ。それが終わるとまた画面越しのお付き合いに戻ってしまう。


(やば〜! 今までなにのんびりしてたんだろ〜!)


 布団の上で頭を抱えながら、高速ごろごろする。


 有宮家での思い出を振り返れば、ゲームゲームのゲーム三昧。自宅にいたときと大差なかった。


 せめて手くらいはつないでドキドキしたいし、してほしい。


(こうなったら、実力行使するしか!)


 考えていても埒があかないと判断したアルは、立ち上がり和室を出た。


 行き先は、妹たちに立ち入りを禁じられていた2階だ。


「りっつーん、入っていい?」


「アル? いいよー」


 ドアを開ければ、部屋で李津がデスクから振り返った。


 夏休みの宿題は前半で終わらせるタイプの男は、夏休みの課題はもちろん初っ端で終わらせた。新学期の支度も早いうちに済ませているような男だが、念のために持ち物を確認していたところである。


 アルは自分の部屋かのように、ためらうことなくベッドに腰掛けた。それに関しては李津も慣れていたので、そのまま支度を続けている。


「あのさぁ、りっつん〜」


「んー」


 キャミソールの肩紐を片方落として、チラチラと視線を送るアル。


 しかし、ラッキースケベチャンスに気づかない主人公。ぶつぶつ言いながらバッグの中をのぞきこんでいた。


「……むぅ。やっぱハッキリ言うしかないかぁ」


 アルはため息をついて立ち上がった。そして李津の座る椅子の背に手をかける。


「ハッキリって、なにを?」


 李津が顔を向けたところに。


「りっつんが好きだってこと!」


 がばりと抱きしめた。


 それもう、がばりと。


 まるで猫でも抱くように頭蓋骨を胸に抱いて、ぐりぐりと愛おしそうに頬擦りするアル。


 おっぱいに埋もれる李津は、衝撃的な経験に目を白黒させていた。


 何か言おうとするとおっぱいが口を塞ぐ。窒息するかも!!と真面目に焦った。


 でも、おっぱいで窒息死するのって、男として割と名誉な死に方では?とも、どこか冷静な自分もいる。


「大好きだよりっつんー、離れたくないよぉー」


 気持ちを吐露するアルの声は、恥ずかしさと愛しさとでぐちゃぐちゃで、もう泣き声に近かった。


 酸欠で昇天しかけていた李津だが、ハッと我に返る。


 丁寧に押し返してアルのハグから離れた。


「えと、りっつん?」


 目に涙を溜めたアルが不安そうな声を漏らす。


「どうしたの? 何度もさ、その……あったよね? 襲ってくれてもいいのにさぁ」


 うつむいて息を整えていた李津だが、ぴくりと肩が跳ねた。


 え? まじで? 何言ってんの? え? ちょ? なんで? え? ちょ? まじで? 何言ってんの? と、頭の中はスマホの予測変換を続けているみたいに、同じ言葉を繰り返している。


「りっつんもぼくのこと、嫌……じゃないよね?」


 そう言ってアルの視線がゆっくりと下がっていく。そしてパッと目線をそらしたとき、顔は真っ赤になっていた。


 ――やだ、死にたい。


 健全な高校2年生男子である李津は思った。


 しかし生理現象はどうにもできない。


 心と体は別物なのだけれど、それが女子に伝わるかどうか。




 ◆




 告白とは恥部の見せ合いだと、李津は思った。


 もちろん物理的な恥部ではない。


 本当は伝えたくない、知られたくない、人に見せたくない心の中をお互いがオープンにして照らし合わせる作業。


 アルがそこまでさらけ出してくれたなら、自分だって開示しないといけないだろう。


 恥ずかしい。


 どちゃくそ恥ずかしい。


 だって、ずっと仲良くなんでも話していた兄弟みたいな相手だったもの。


 それにこんなの自分のガラじゃない。


 だけど……。


 顔に熱を持つのを感じながらも、李津は覚悟を決めた。


「アル!」


「うん」


「正直、バキバキに勃起してる」


 李津、開かなくていい情報を開示する。


「う、うん」


「本当に好きなタイプの女の子が現れて、最初はびっくりしたし」


「え、えへへ」


「なにより、アルのことはネットでずっといいやつだと思ってたし、友だちのいない俺の唯一の友人だし親友と思ってた」


「あう」


 李津が「友人」と言ったところで、アルは分かりやすく落ち込んだ。


 彼女は「友人」ではダメなのだ。


 もう一歩先に。


 本当に欲しい言葉は別に。


 李津に言ってほしかったのは。


「俺、アルのこと好きだよ」


「…………えっ」


 李津が椅子から立ち上がる。そして驚くアルの瞳の中をまっすぐ覗き込むように見つめた。






『ちょちょ! ちょちょちょ!! 押さないでくださいバカむぎ!!』


『莉子ちゃんばっかり見えててずるいぅ〜〜! 今、おにーちゃんなんて言ったの?』


『おまえが押すから聞こえなかったじゃないですか! ちょっとあっち行っててください、ことが済んだら教えますから!』


『そんなぁ〜〜〜〜〜』


 李津の部屋の外では、妹たちが聞き耳を立てていることを当事者たちは知らない。






 

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