第二話『生き抜くための方法』
「……さて、これからどうするかな……」
ご丁寧に酒代を踏み倒していきやがったクラウスの分も含めた代金だけテーブルに残し、俺は酒場を後にする。俺が立ち去るのを見てその空気が明確に緩んだのは、きっと気のせいなんかじゃないだろう。あの場にいる誰もが、『双頭の獅子』に関わることを恐れていた。
どこか懇願するようなその視線たちから逃れられたのは良い事なのだが、別に外に出たところで行く当てがあるわけでもない。幸いなことにみぐるみをはがされることは無かったからしばらく生きていくのには困らないだろうが、問題は持ち金が尽きた後だ。
そう遠くないうちに、クラウスは俺の事をこの町全体に触れ回るだろう。パーティに引き込むだけ金の無駄になる、『詐欺術師』として。そうなったとき、冒険者としての俺の信用は地に堕ちると言っても過言ではなかった。
「詐欺師――ねえ」
クラウスに斬りつけられた手首を見つめながら、俺は思わず苦笑する。犯人の手によって治療が済んだはずのその傷は、どうしてだかまだじくじくと痛むような気がした。
俺が外傷の治療に長けてないのは事実だし、クラウスが俺にその役割を期待していたんなら期待外れもいいところだろう。……だが、俺の追放によってクラウスに人を見る目がない事はもっと多くの人に知れ渡ってしまうんではないだろうか。なんせ個人的なスカウトで半ば強引に加入させたメンバーが詐欺師だったんだからな。
「……ま、流石に何か手は打ってるか。どうせろくでもない方法ではあるだろうけど」
クラウスは直情的かつ傲慢ではあるが、決して頭がないわけではない。作戦立案だってできなくもないし、俺を追放するにあたって今日この場所を選んだのは明確な意図があってのことだろう。ただ俺を追放したいだけなら、どっかのダンジョンの奥底にでも捨ててくればいいだけの話だからな。それだけで俺はあっけなく死ねてしまうのに、クラウスはそれをしない。……大方、寄る辺をなくした俺が弱っていくのを見て愉しもうとでもしているのだろう。とことん性根が腐った奴だからな。
どんな狙いがあるにせよ、クラウスは俺を出来る限りの手段を使って貶めるつもりなのは間違いない。王都最強――ひいてはこの国でもトップクラスのパーティである『双頭の獅子』に目を付けられている欠陥治療術師など、拾ってくれる当てがあるとも思えなかった。
「かと言って、この金じゃどこか遠くにってわけにもいかねえしな……」
今や俺の全財産が詰まっている麻袋を軽く振って、俺は思わずため息を吐く。僅かばかりの銅貨がかすれ合うその音がやけに憎らしかった。
遠くの町まで行こうと思えば行けはするだろうが、この所持金じゃ間違いなくそこで俺の食い扶持は尽きる。クラウスの見ていないところで終われるだけまだましな末路にも思えるが、クラウスの思惑通り野垂れ死にしてしまうという事実自体が俺にとっては癪で仕方なかった。
そんなわけで、王都を脱出する計画は却下。クラウス達のおひざ元であるこの街で、俺はどうにかして再起のきっかけをつかむしかないというわけだ。
「……結局、俺は俺のできることを売りにしてくしかないんだろうな」
一通り考え終わって、俺の結論はありきたりなものに落ち着く。俺のできること、つまり『修復』の力を使って、俺は何とか一日一日を生きていかなきゃいけないってわけだ。
クラウスは『詐欺師』と呼んだこの力だが、決して能力がないという訳じゃない。ただ、アイツは俺の力をはき違えているだけなのだ。まあ、それを説明しなかった俺にもいくらか非はあると思うのだが――
「アイツにこの力の全容を教えても、ロクなことにならないだろうしな」
最悪俺自身が過労死する羽目になる。そんな最期を回避できたと思えば、『詐欺師』呼ばわりもまだマシなんじゃないだろうか。今の状況より下を見つけたところで、別に今の環境が塗り替わるわけでもないのが悲しいところだけどな。
「何をするにしても、仲間を探すのは最優先事項ってことか……」
直接スカウトなんか今の状況じゃおよそ無理な話だが、俺一人で冒険に出ることの方が危険度としてははるかに上だ。今まではクラウス達『双頭の獅子』のメンバーがいたから何とかなっていただけであって、俺の戦闘能力はそこらの駆け出し冒険者と比較してもいい勝負になるくらいだろう。
つまり、これから先俺が稼いでいくためにはともに戦う仲間がいる。それも、『修復』の力をフルに生かすことが出来るような仲間が。――問題は、それをどこで見つけるかというところだった。
断言してもいいが、まっとうな方法じゃ多分集まらない。それはクラウスの仕込みの結果でもあるし、ある程度の実力者と組まないと『修復』の術式はその力をフルに発揮できないのだ。そんでもって、一定以上の能力を持っている冒険者はもうすでにどこかしらのパーティに所属してしまっている。そんな奴らを他パーティから引き抜けるような好条件を、一週間後には食い扶持に困っていそうな俺が提示できるはずもなかった。
「……思ってたより追い込まれてんだな、俺」
どこまでも自分勝手で理不尽な理由であるとはいえ、『双頭の獅子』を追放されてしまったという事実はあまりにも痛い。『あの』クラウスと深く関わっていた人間ってだけで割と嫌がられるのに、そいつのパーティから最悪な抜け方を俺はしてしまっているわけだからな。あの酒場にはかなりの人がいたし、すぐにでもその噂はこの町全体に広がってしまうはずだ。
悪い意味で時の人である俺と今関わろうもんなら、それだけでこの街全体から白い目で見られるリスクは避けられない。困っているからと言って知り合いをそんな状況に晒すのは嫌だったし、クラウスに目をつけられると分かって俺に手を差し伸べてくれるお人好しな冒険者なんているはずもなかった。
そんな事情もあって、正攻法で仲間を増やすことが不可能なのは明らかだ。それでも仲間が必要な俺は、邪道ともいえるやり方を探っていくしかなくなってしまう訳なのだが――
「……あ」
邪道、という言葉の響きに引きずられるようにして、俺はとある場所の存在を思い出す。かつてまだ俺を丁重に扱っていたころのクラウスに強引に連れられて目の当たりにした、ひどく悪趣味なこの国の暗部。思い出すだけで気分は悪くなるし、出来るならばとりたくない手段ではあった。
「……けど、今は四の五の言ってらんねえよな」
一度連れていかれただけのそこにたどり着くため、俺は脳内に必死に地図を描く。目指すは王都の陰の部分、酷使され擦り切れ心身ともにへしおれかけた存在が行きつく場所だ。まあ、今となっては俺も同じような立場なのかもしれないけれど――
「俺の力も、役に立ってくれるかもしれねえし」
そういう者たちにこそ、『修復』は必要とされるものだろう。そんな風に自分に言い聞かせながら、俺は王都にしてはひどく薄暗いその場所へと向かっていくのだった。
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