追放術師の逆転計画――居るだけ金の無駄な『詐欺術師』と言われたので、修復術の力を使って最強パーティを作ります――

紅葉 紅羽

第一章『他称詐欺術師の決意』

第一話『とある修復術師の追放』

「……正直さ、お前がいるだけで金の無駄なんだよ」



 俺が所属するパーティのリーダー、クラウスが俺にそう話を切り出したのは、あるよく晴れた日の事だった。酒場の窓からのぞく光はまぶしいが、それと対照的にクラウスの表情は険しいものだ。――今まで何度となく感じてきた寒気が、背中に走った。



 クラウスは全身を高級な装備で包み、酒場だってのにこの国一番の鍛冶が打った世界に一本の愛剣を見せびらかすように背負っている。さながら金が服を着て歩いているような人間から『金の無駄』とは、この世にはどうやら面白い冗談がまだまだ残っているらしかった。



「……はい?」



「だから、金の無駄なんだって。宿代、食費、装備代。お前が生活するために使ってるその金は俺たちが稼いだ報酬から出てること、忘れたなんて言わせねえぞ?」



 だが、そんな思いを込めた俺の一言はクラウスに届くわけもなく。指折りしながらテーブルを挟んで向かい合っている俺にじりじりと詰め寄って来る様は、お世辞にもこの国トップクラスのパーティのリーダーには見えなかった。


「お前たちが頑張ってるのも、その金から俺への給料が出てるのも知ってるさ。……だけど、俺の仕事はお前たちが頑張ってからが本番なんだよ」


「そうだな。お前の力――ええと、『修復』とか言ったか?」


「そうそう、修復。なんだ、お前も俺の能力ちゃんと覚えててくれたんだな」


 できるだけ明るく、機嫌を損ねないように俺は必死に気さくな奴を演じて見せる。だがそれが逆にクラウスの機嫌を損ねることになったのか、クラウスはひきつった笑みをこちらに見せて来た。仮にこの街で殺人が許されていたら、俺は次の瞬間にでも切り殺されていただろう。そうなった場合、一介の治癒術師である俺に勝ち目なんてあるわけもない。それくらいの殺気が、クラウスから放たれていた。


「……ああ、はっきりと覚えてるよ。能書きだけは立派な、詐欺師の能力だって――な!」


 そう言うと、頬を紅潮させたクラウスは俺にいきなりつかみかかって来た。さすがに街中で殺しはできないにしても、せめて俺に暴力の一つでも振るわなきゃクラウスの気は収まらないようだ。――つくづく、人間的に終わっている。



「ちょっ……暴力沙汰は、治癒術師として見過ごせねえぞ――」



「治癒術師? はん、舐めた口きいてんじゃねえ‼」



 俺に向かって汚い唾を飛ばしながら、クラウスは俺を掴んでいるのと反対の手で机に備え付けられていた爪楊枝を手に取る。そのままそれを俺に向けて振りかぶると、何の躊躇もなくそれを俺の手首に向かって振り下ろしてきた。


「あ、がっ……⁉」


 いくら爪楊枝だとは言え、先の尖ったそれを熟練の冒険者が本気で振るってしまえば立派な武器に変貌する。剥き出しになっていた俺の手首はあっけなく切り裂かれ、赤々とした血が真昼の酒場に飛び散った。あまりにいきなりなその出来事に、平穏に酒を飲み交わしていた人々からも悲鳴が上がる。


 そりゃそうだ、酒場は冒険者だけのものじゃないんだから。普通だったら憲兵かなんかが呼ばれていてもおかしくはないところだったが、そうなるより先にクラウスが大きな声で酒場に向けて怒鳴り散らした。


「これは俺たち、『双頭の獅子』の問題だ! 部外者に手を出させようとしたらどうなるか、知らないとは言わせねえぞ‼」


『双頭の獅子』。その名前を聞いて、酒場の面々は今までしていた行動を一斉に停止する。そして、十秒後には誰もが俺たちの問題を黙殺し、酒場は普段通りの賑わいを取り戻した。


「……この、腐れ外道が……」


「この国は力が全てだ。『双頭の獅子』にはアイツらを黙らせられるだけの力があるってだけの話だよ。……そんでもって、お前はその一員に相応しくねえ」


 俺の言葉をあざ笑うかのように、クラウスは尊大にそう宣言して見せる。それを否定したくても、今起きた一連の流れがこの国の縮図を表しているかのようだった。


 過程がどうであろうが、力を付けた冒険者というのはそれだけで正義になりうる。ある意味で言えば、クラウスはこの国のシステムを知り尽くした強者だということだ。……個人的には、絶対に認めたくないが。


「『この力は使える』って、俺の事を強引に連れて行ったのはどこのどいつでしたっけ……?」


 決してこちらから視線を外さないように言い聞かせつつ、俺はクラウスにそう問いかける。アイツの中でもう結論が決まっているのだとしても、ハイそうですかと二つ返事をしてやるわけにはいかなかった。


 俺だって、こんな汚さに塗れたパーティに入りたかったわけじゃない。『修復』という一風変わった術式に価値を見出したクラウスに引きずられるような形で、俺はずるずるとここまで一緒に居させられただけなのだ。


 だが、そんな事情はもはや関係がないらしい。クラウスにとっての俺は、最早何の価値がないところまで成り下がっているようだった。


「ああ、だから俺は怒ってんだろうが。見掛け倒しの詐欺術師だったお前に、な!」


 言い終わると同時、クラウスは傷ついた俺の手首を無遠慮につかんでくる。傷口に指が触れて、突き刺さるような痛みが俺の脳を焼いた。


「それとも、今ここで詐欺術師じゃねえって証明してみるか? お前が本物の治癒術師なら、この程度の怪我なんか一瞬だもんなあ?」


「ぐ……それ、は……」


 それが出来るなら一番いいのだが、俺にその能力がない事は俺自身が一番わかっている。俺の使う『修復』は、外傷なんかに使って効果があるわけじゃない。


「……ほらな、やっぱりできねえじゃねえか。前衛である俺が片手間でできることを、治癒術師であるはずのお前はできない――これ以上、理由が必要かよ?」


 俺が無言でうずくまっているのを降参と見たのか、クラウスは手をかざして俺の傷を治療する。ほどなくして傷が完全に塞がったのを見届けると、クラウスは下卑た笑みを浮かべた。


「――あれ、感謝の言葉が聞こえねえなあ? 簡単な外傷の治療もできねえ治癒術師に代わって治療してやったってのに、この詐欺師は『ありがとうございます』の一言も言えねえのかあ?」


 少しずつにじり寄りながら、クラウスは恩を押し売って来る。ここでお礼を言うのはとんでもなく癪だが、そうしなければもっと面倒なことになるのは分かり切った事実だった。


「……ありがとう、ございます」


「おお、よく言えたじゃねえか。――だが、お前はもうここまでだ」


 俺が渋々頭を下げると、その後頭部が暴力的に抑え込まれる。強引に体を折りたたまされたことによって、俺の腰がギリギリと悲鳴を上げていた。


 しばらくそうして満足したのか、クラウスは突如俺を大きく突き飛ばす。そして、俺に向かってどんな氷魔術よりも冷たい視線を向けると――


「今日をもって、お前を『双頭の獅子』から追放する。……そのまま誰にも拾われずに、せいぜい野垂れ死にしてくれや」


 そうなってくれりゃ、少しは俺の気も晴れるからよ――と。


 骨の髄まで屑を煮詰めたような発言を最後に、俺――マルク・クライベットは王国最強のパーティ、『双頭の獅子』を追放されたのだった。

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