ボギー大佐と小さな蠍
3、40分も走ると風景から建物が消え、ガードレールが消え、私達は山奥の目的地に到着した。オートキャンプ場のような砂利の広場に、所狭しと車が並ぶ。
何とか端の方に駐車し、大量の荷物を抱えた私達はセーフティエリアに足を踏み入れた。
丸太を切り出したようなテーブルが所狭しと並び、各々が場所取りをしている。総勢70名はいるだろうか、9割9分が男性だ。一様に木々に紛れそうな服装に身を包む彼らは、己の武器の手入れに余念がない様子だった。
春の柔らかい日差しを森の木々が程よく遮る広場には、「サル・ゴリラ・チンパンジー」の替え歌で小学生にお馴染みのボギー大佐のテーマが流れていた。だが生憎ここには見渡す限り、類人猿も逃げ出すような猛者しかいない。
「さて、準備しようか。今日文川さんに使ってほしいのは――これ!」
エリアの隅の丸太に腰掛けるや否や、網野さんは大きなボストンバッグから何かを取り出した。それは小さなサブマシンガンだった。銃口からお尻まで、30cmもないコンパクトな銃。少し大きめの拳銃と言われれば、そうとも見える。
「Vz61……通称・スコーピオン。チェコスロバキア軍に採用されたモデルのガスガンだよ。見てごらん、このシンプルかつ美しい銃身を……何と言っても軽くて持ち運びに便利で、そのくせ威力は抜群で真っ直ぐ飛ぶから初心者で女性の文川さんに断然おすすめなんだ。光学照準器が付けられないから己の目を信じて狙う必要があるけど、慣れれば4、50m先でも当たるから大丈夫」
網野さんは息継ぎせずに朗々と語った。私はそれを受け取りながら、今日一日私を救ってくれるであろう、その名前だけ覚えていることにした。スコーピオン。どうぞよろしく。
体感では2kgもないだろうその銃身は、春の陽光を鈍く黒く照り返した。
「なぜスコーピオンと呼ばれているかと言うと……ほら」
銃口からお尻までを覆い被さるような形のワイヤーを持ち上げると、それはお尻を支点にして180度回転した。お陰で30cmにも満たなかった銃の全長が、倍くらいに伸びた。ワイヤーの先は短く天を指していて、なるほど
「拳銃のように持つと手元が安定しないから、この蠍の尻尾を肩に当てて姿勢を維持するといいよ。右手でグリップを握って、右肩にワイヤーストックを当てて……左手はマガジンに添えるだけ」
言われた通りの姿勢で照準を覗くと、網野さんは感嘆の声を漏らした。
「おお……やっぱりピッタリだ。文川さん、君を誘って正解だった……」
目出し帽の目を嬉しそうに細める網野さん。残念ながら私は、彼が感動するほどハマりきれてはいなかった。何だか申し訳ない。
「今日はフラッグ戦と
フラッグ戦。殲滅戦。初キル。新規の語録に瞬いていると、彼は説明してくれた。
「2チームに分かれてお互いの旗を取り合うのがフラッグ戦、相手のチームを全員やっつけるのが殲滅戦。自分で撃った人を1キル、2キルと数えていくんだ。僕は一日で最高30キルくらいかな。文川さんは初参加だから、初めて人を撃ったらそれが初キルだね」
なるほど、サバゲーに身を投じるのは粗野な人間だとばかり思っていたが、今まで食べたパンの枚数は数えるタイプの人達のようだ。認識を改めねば。
スコーピオンの簡単な使い方を教わっていると、メガホンを持った係員が来て説明を始めた。どうやら今から、本日1回目のフラッグ戦が始まるらしい。くじ引きによるチーム分けの結果、私達は幸運にも同じチームになることができた。
お揃いの黄色の腕章を付けた網野さんは目出し帽の上からゴーグルを装着し、立ち上がる。
「さあ、行こうか」
その手に握られていたのは、全長1mを超す狙撃銃だった。細身だが重厚な銃身に短い脚が付いている。素人目だが、恐らくこれは地に伏せって遠くの敵を打ち抜くタイプの銃ではなかろうか。ゴルゴ13で見たやつ。
係員の指示に従い、セーフティエリアにいた全員が手に手に愛銃を抱え、
私は生きてここから出ることはできるのだろうか。腕の中の小銃を手繰り寄せ、これから始まる争いに思いを馳せつつ門を潜った。
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