狙撃手との邂逅

 休憩室でのお誘いの次の週末。私は職場近くのコンビニで網野さんを待っていた。雑誌コーナーから眺める駐車場には、まだ少し朝靄の残り香が漂っていた。

 動きやすい格好で、と指示されていたので無地のパーカーにジーンズを選んだのだったが、少し地味だっただろうか。

 そんなことを考えていると、黒いSUVが駐車場に滑り込んだ。外観とナンバーは事前に網野さんから聞いていたものと同じだった。

 車に近付くとちょうど網野さんも降りるところだったのか、運転席の扉がこちらに向かって開いた。

「網野さん、おはようございま――」

 運転席から出て来た彼の出で立ちを見て、私はその先の言葉を失った。

 降りてきたのは、カーキ色の目出し帽の男だった。いつもの銀縁眼鏡を外したその目は存外に鋭く、また目元しか出ていないその表情は怪しさしか感じなかった。首から下は迷彩柄のジャケットに隙なく身を包み、手首や足首など一切の肌の露出を禁じたその外観は、砂漠の国のテロリストとそう変わりなかった。

「……草木によく紛れられそうですね」

 平静を装い笑顔でそう絞り出した私は、社会人として100点満点ではなかろうか。

「ふふ、でしょう? ……ただ、強盗と間違われてコンビニに入れなくなるのが玉に瑕なんだよね」

 多分玉に瑕なのはそこじゃない。

 手には、革の指なし手袋が装着されている。凄いな、藤岡弘、とDAIGOしか付けてるところを見たことがないやつだ。

「今日はサバゲー初心者の文川さんのためにいろいろ持ってきたよ。全部揃えてあるから、安心して」

 そう言って網野さんは胸を叩くと、金属が擦れるような固い音がした。恐らく両胸のポーチに詰まっているのは弾倉だろう。しまったな、彼に比べると私はあまりにも軽装すぎる。

「サイズが合うと良いんだけど……はい、これ」

 差し出されたのは水中眼鏡のような1枚レンズのゴーグルと、厚手のネックウォーマー。ゴーグルはともかく、ネックウォーマーは3月の気候には少々暑いのではないだろうか?

「これどちらも弾除けだから、絶対着けてね。じゃないとすんごい腫れるから」

 言われた通りに着用すると、あら不思議、早朝のコンビニの駐車場にこれから強盗にでも入るかの如き2人組が出来上がった。何もしていないけれど、早くこの場から立ち去りたい。

「あとは……現地についてからのお楽しみにしようかな。さあ、乗って」

 もしかして私は、とんでもないことに首を突っ込んだのではなかろうか。そんな今更の後悔を置き去りにして、私を乗せた黒い車は山奥のサバゲー場へ走っていった。

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