第53話 ゴスロリの少女

「ぱずず、例の行商人のアスモさんに明日のゲーム前に会えないか」


 俺はぱずずにそう聞いた。明日は死闘になる。ぱずずが提示するトラップやガーディアンを購入したところで、神聖騎士団には通用しないだろう。

 だが、行商人のアスモさんが持って来るものは違う。強力なガーディアンやトラップが混じっていることがあるのだ。

 それを購入すればもしかしたら助かるかもしれない。


「アスモさんに伝えておくデス」


 ぱずずはそう答えた。これで明日のダンジョンに潜る前にトラップとガーディアンを調達できる。神聖騎士団に勝てないまでも、てこずらせて時間稼ぎができればよい。

 俺は巴と連絡を取り合い、作戦会議をする約束をした。直接会って相談しないとゲーム上では、同じダンジョンマスターの五郎丸にばれてしまうからだ。


「いいよ。それじゃあ、今回限りの捨てメールアドレスを作るわ。そこにメールして」


 そう巴は言い残すとゲームからログアウトした。送られてきた捨てメールアドレスに俺は自分のスマートフォンからメールする。

 やがて巴からは彼女の本当のメールアドレスが送られてきた。さっそく明日の午前中に会う約束をした。

 巴とは秋葉原のネットカフェで会う約束をした。その前にネットで知り合ったジャンク屋に寄る。とあるものを受け取るためだ。

 その用事を終えてネットカフェの前に行くと、黒のゴスロリ服に身を包んだ少女が店の前に立っていた。平日の午前中。通学や通勤のピークを終えた閑散とした街並みからは完全に浮いている。


「全身黒の格好をしてますから……」


 巴のメールにはそう書いてあったから、間違いないだろう。それにしても不登校で家に引きこもっている少女にしては、この格好は大胆過ぎる。だが、利点もある。今日は平日。俺や巴の年代の若者は学校に行っている時間だ。こんな服を着た人間を声をかけようとは普通考えない。


「巴ちゃん?」


 俺は一応少女に確認を取った。黒づくめの少女はこくりと頷いた。黒い長い髪が少しだけ揺れる。表情はこれまた黒い帽子とベールで読み取れない。

 俺は巴を伴って受付に行く。空いているからカップルシート席が選べる。なるべく人が滞在していないエリアを選ぶ。

 店員は俺たちが人目をしのんでいちゃいちゃするのだろうと、少し卑猥な笑みを浮かべたが、ゴスロリファッションで顔が分からない巴を見て驚いたようだ。黙って俺にレシートをバインダーにはさんで手渡した。

 レシートには、3時間で2480円。延長は10分で100円と書いてあった。


「それじゃあ」


 俺は店員からレシートを受け取ると、巴とフリードリンクを選んでカップルシートのブースへと移動した。当然ながら漫画はもっていかない。

 カップルシートは畳3畳ほどの空間。大きなクッションが2つ。そして座卓とパソコンが置かれている。床はふわふわの絨毯が敷かれているので、ここで寝そべりながら、二人してまったり過ごせるようになっている。

 ここで巴は頭に被った帽子を取った。黒い瞳が大きく愛くるしい顔がそこにはあった。(こんな見た目が可愛い子がいじめで不登校?)

 疑問がわいたが、可愛いことは常にプラスになるわけではない。


「巴ちゃん、はじめまして……かな」


 会ってから何も話さない巴に俺は自分からそう話しかけた。巴は不登校になっている高校生と自分を紹介していた。だから表情は暗く、自分からコミュニケーションをとるような子ではない。


「はじめまして……って、変な感じ……」


 巴は少しだけ笑った。ゲームで話しているから、確かに初めましてというのは違和感がある。


「それで今日から2日間。俺たちが生き残る方法を見つけ出さないといけないのだけど」

「神聖騎士団というのはそんなに強いのですか?」


 巴は俺にそう尋ねた。俺は頷く。


「奴らは冒険者よりも戦闘に特化している。ダンジョンマスターを殺すためだけに存在する」


 冒険者はダンジョンで宝やアイテムをゲットすることも目的であるから、ダンジョンマスターを討伐することにこだわらない。だから十分な報酬が得られれば、撤退することもある。

 しかし、神聖騎士団は違う。彼らの目的はダンジョンマスターの抹殺なのだ。

財宝には目もくれず、Roomへと侵攻して来る。


「今日、直接会って作戦を考えるのは、あの五郎丸の野郎に感づかれないためだ。あいつはどうやら俺たちプレーヤーのガーディアンやトラップが完全に分かるらしい」


 プレーヤー同士はある程度の情報共有はできる。しかし、仕掛けたトラップや新しく購入したガーディアンに対する情報は分からないようになっている。

 プレーヤーは協力して生き残る仲間であると共に、ライバル同士でもあるのだ。自分が生き残るために仲間を犠牲にすることもありえる。そんなデスゲームなのだ。


「五郎丸さんにそんなことが……」

「ああ、奴はそれができる。どうやってそんなことができるのかは知らない。けれど、奴はベテランダンジョンマスターだ。なんらかの方法でそれができる」


 俺はそう断言した。これまでの五郎丸の言動を細かく観察していた俺には、核心に近いものもっていた。


(恐らく、ゲームクリアの報酬……それとも購入できるトラップやアイテム類でそういうことが可能なのかもしれない)


 俺はそう予想していた。クリアをするほど購入できるトラップやガーディアン、アイテムは増える。それに時折やってくる行商人……アスモさんは、変わったものをもってくることがある。


「そうだとしたら、私たちのトラップもガーディアンも丸裸。五郎丸さんに邪魔をされてしまう」

「そうだ」


 トラップを仕掛けても五郎丸が自分のガーディアンを使って事前に発動させたり、侵入者に知らせたりすることは簡単だ。待機させているガーディアンもそうだ。自分のガーディアンを使って戦闘力を奪うこともできる。

 奴はそうやって仲間のところへ冒険者や騎士団を誘導し、殺させることを楽しんでいるのだ。


「あのサイコパス野郎を出し抜かないと、俺たちは今晩確実に死ぬ」


 事前に仕掛けたトラップやガーディアンは五郎丸に把握される。だから、侵入者が近づいた時にトラップを仕掛けるしかない。それなら五郎丸は邪魔をできない。


「トラップは事前に設置しないといけないのでは?」


 そう巴が質問した。確かにトラップはゲームが始まる前に設置することがルールだ。ダンジョンはいくつかのエリアに分けられており、冒険者が制圧したと判断されるとダンジョンマスターはそのエリアにトラップは設置できない。

 トラップもなく、ガーディアンもいない状態では侵入者が入った瞬間に、そのエリアは侵入者の手に落ちる。


「基本的はそうだよ。だけど、ぱずずの奴に聞いたら、奴は制圧されていないエリアなら配置し直しができると言った」

「……ということは、ガーディアンがいるエリアはトラップがゲーム中でも設置できるということ?」

「それもあるけど、一度失ったエリアをガーディアンで奪い返せば、トラップを設置できる。その方がトラップの成功率が上がる」


 一度制圧したエリアにはトラップがないと侵入者は思う。当然だ。その心理を逆手に取る。


「……分かりました。でも、私は騎士団の人たちを足止めするけれど、殺さないつもりです。ゲームの中とはいえ、人は殺したくない」


 この5日目まで巴は冒険者を誰一人殺めていない。ガーディアンで威圧し、トラップで時間稼ぎをして追い払っていた。これは五郎丸の作戦でもあったのだが、誤って仙谷さんが殺してしまったので作戦というか、実験は白紙に戻った。

 五郎丸によれば、5日目までに冒険者を誰も殺さなければ、6日から神聖騎士団は現れないことが分かっている。奴は誰も殺さなかった場合に6日以降、女性ダンジョンマスターがRoomを攻略された場合にどうなるかを実験していた。

 Roomを攻略されたダンジョンマスターはその場で首を打ち落とされる。女性だとそこで凌辱されるというおまけ付きだ。死を乗り越えて興奮している冒険者や神聖騎士団の連中は、野獣のように襲い掛かる。

 昨日の仙谷さんがそうだった。よく分からないうちに彼女は侵入して来た冒険者に輪姦されて、最後は殺された。彼らにはそのような残虐行為をしなければならない理由があるのかもしれない。

 俺は今晩、巴をそんな目に合わせたくないと心から思っているのだ。しかし、ただでさえ強い神聖騎士団である。さらにサイコキラーの五郎丸の妨害まである。まだ初心者レベルの俺や巴が生き残るのは至難の業だ。

 それでも俺と巴は知恵を絞った。カップルシートで3時間。昼食を注文してさらに4時間延長した。

 互いのガーディアンを融通し合い、そしてトラップの緊急配置方法を確認した。巴は騎士団の連中を殺さないよう、完全に防御に徹した守り。そして五郎丸に邪魔をさせないようガーディアンでけん制する。俺は積極的に俺の方へ誘導する作戦を取った。そうすれば殺さずを貫く巴の負担をなくすことができる。


(これなら今晩は何とか凌げそうだ……それに……)


 俺は腕時計に目をやった。もう夕方の5時である。ゲームが始まる前に寄るところがある。そこで俺は最後の切り札を手に入れる。もう朝に注文したものが届いている頃だ。


「本当にいいのですか?」

 巴は俺のことを心配している。神聖騎士団の攻撃を俺がメインで受け止めることに対してだ。


「大丈夫だよ、任せて」


 俺はそう胸を叩いた。初めてリアルであった巴にこんなことを言う俺は変な奴かもしれない。だが、俺にはなぜか巴を助けたいという気持ちがあった。ほんの5日前にネットで出会い、今日初めて会った女の子である。

 なぜ、そんな気持ちになるのかは分からない。巴は高校1年生。俺の1つ下。彼女は中学3年生の頃から陰湿ないじめを受けていた。それは進学した高校まで続いた。

 原因は中3の時にある男子生徒から告白されたこと。その男子生徒は学校でも女子生徒に人気者であった。巴はその男子生徒が軽薄でこれまでも何人もの女性生徒と付き合っては捨てている不誠実なところを嫌って断った。

 それをきっかけにその男子生徒の取り巻き女子たちからいじめを受けるようになった。

 ひどいいじめで不登校になってしまった巴は、家に引きこもるようになってしまった。恐怖で1歩も家から出られなかったのだが、ゴスロリを知り、その格好なら出られることに気が付いた。ゴスロリ服は自分を守る鎧だったのだ。心理的なものであるが、何がきっかけになるかは分からない。

 巴はゲーム中もゴスロリ服を着る。恐怖に打ち勝つためのコスチュームなのだ。


「じゃあ、今晩生き残ったら、明日も会おうよ」

「はい」


 俺は巴を誘い、そして巴はそう返事をした。

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嘘と偽りのダンジョン 九重七六八 @roro779

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