第52話 豹変

「そこは壁を動かして地形を変えればいい。それで冒険者は僕のガーディアンのところへ誘導される」


 ゲーム4日目。五郎丸と巴、そして新たに加わった『仙谷さん』という初心者プレーヤーと俺はダンジョンマスターとして生き残っていた。

 五郎丸をリーダーとしてゲームのノウハウを教えてもらいつつ、効果的に冒険者を排除していったのだ。

 ここまでは順調であった。俺の心配をよそに五郎丸は巴や仙谷さんを手厚くサポートしている。冒険者はここまで完璧に撃退されていた。


(しかし、今日から5日目。冒険者は確実に強くなる……それに……)


 最初のゲームでは最終的に神聖騎士団というゲームバランスを崩しそうな連中が送り込まれてきた。今回もそうなる可能性がある。そうなれば、最初のメンバーが1人も死なないなどという奇跡は起きない。

 俺が気になることがもう一つある。それは五郎丸の動向。確かに彼はよくサポートしている。ジル・ドレやジャンヌのような初心者を犠牲にして自分だけ生き残るようなクズではなさそうだ

(しかし……)

 俺は五郎丸に尋ねた。


「ここまで冒険者は撃退してきたけど、1人も殺していませんね」


 このゲームが2回目の参加である俺には違和感しかない。五郎丸は巴や仙谷さんに指示し、トラップで行く手を阻んだり、援軍を送って冒険者を撃退したりすることに貢献していたが、実はここまで冒険者たちを1人も殺していない。

 これは巴も仙谷さんも同様だ。そして俺もだ。殺していないからキルポイントが稼げていない。


「殺さずにクリアできればいいだろう。彼女たちも残酷な光景を見たくはないだろう」


 五郎丸だけと話すプライベート機能を使って話した俺に、五郎丸はそう返した。確かに巴にも仙谷さんにもそんな光景は見せたくない。なんとなく、このゲームの恐ろしさに気づいている巴はともかく、仙谷さんはこのゲームの本質を知らない。


「しかし、五郎丸さん。冒険者を逃がすのはリスクがありませんか?」

 

 冒険者を逃がすことはダンジョンマスター側に不利だ。ダンジョンの情報が外に漏れるからだ。一番よいのは皆殺しで誰一人生きて帰さぬことだ。


「確かに情報が漏れるのはリスクだよ。けれどね。このゲーム、冒険者を殺さないことであることが起こるんだ」

「あること?」


 俺は五郎丸の言葉に驚いた。冒険者を殺さないのは、ダンジョンマスター側にとって不利でしかないと思っていたが、どうやら違うようだ。


「1つは6日目から出てくる神聖騎士団が現れないという話だ」

「ほ、本当ですか!」


 それが本当ならば朗報である。反則級の強さをもつ神聖騎士団が現れないのなら、7日間生き延びることができる可能性が上がる。


「考えて見ろよ。誰一人死なないということは、攻略が難しいというダンジョンに認定されないだろう。つまり、いつまでも冒険者レベルのダンジョンだと認定され続ける」

「……なるほど」


 五郎丸の説明はもっともらしく聞こえる。確かに誰も死なないダンジョンなら危険視はされない。

 ただ、俺には五郎丸の狙いがそれだけではないような気がした。彼にはいい人を装っている感じ否めない。俺にはいい人の仮面の下に何か邪悪なものを隠している気がするのだ。


「さあ、始まったよ。今日の敵はベテラン冒険者のようだ。気を付けて対処していこう」

「はい」

「はい、五郎丸さん」


 巴と仙谷さんが元気よく返事をする。彼女たちの五郎丸への信頼は揺るぎないようだ。

 だが俺は、もし五郎丸が悪い奴であったのなら、この5日目に何かやってくるはずだと思っていた。そして俺の懸念は現実となる。

 この日も五郎丸の指揮の元、侵入してきた冒険者を撃退する。罠を発動し、行く手を阻む。

 しかし、さすがは5日目にやってきた冒険者は手強い。これまでは動く壁で道を遮っても、その壁を破壊して進むのだ。

 仙谷さんの方へ向かった冒険者の一団は、先頭を行くスカウトに火薬のスキルがあったので、すぐに爆破することで先へ進むようになったのだ。

 そうなると仙谷さんはガーディアンを使うしかない。リザードマン戦士で構成されたガーディアン部隊を向かわせて足止めをする。


「いいか、防御に徹して時間を稼ぐんだ」

「わ、分かったわ……」


 そう五郎丸は仙谷さんに指示をした。仙谷さんは頷くが、発した言葉に余裕がない様子を感じる。

 通路いっぱいに盾を構えて陣取るリザードマンの部隊。後方には魔法を使うリザードマン呪術師が2体配置している。

 これに対し、冒険者たちは弓と魔法による遠距離攻撃を仕掛ける。盾で防御された陣形を戦士2人では突破できないと判断したのだ。

 時間稼ぎという点ではこの作戦は有効であった。これだけ分厚い防御陣を崩して通路を突破することは難しい。

 だが、冒険者には思いがけない切り札があった。それは魔法使いが持っていたスクロール。スクロールは魔法が封じ込められたマジックアイテムで、高位の魔法使いや賢者によって作られたレアアイテムであった。

 そしてこの時に使われたスクロールは『エクスプロージョン』。小爆発を起こすレア中のレアアイテムである。

 魔法使いが使ったエクスプロージョンは、通路を守るリザードマン部隊をi旬で壊滅させるのに十分であった。


「五郎丸さん、通路が突破されました!」


 仙谷さんの悲痛な叫びが続く。俺も巴も援軍のガーディアンを差し向けたいが、こちらはこちらで冒険者が侵攻してきている。仙谷さんを助ける余裕はない。


「大丈夫です。向かってくる冒険者に反撃はしないでください」


 変なことを五郎丸は言った。反撃しなければ、冒険者は仙谷さんがいるROOM8に侵入し、そしてダンジョンマスターである仙谷さんを殺すだろう。


「そ、そんなこと……できません!」


 仙谷さんは抵抗した。エクスプロージョンで爆殺されたリザードマン部隊であったが、後方で待機していたリザードマン呪術師の1人は辛うじて生きていた。近づいてきた冒険者を巻き込む起死回生の魔法を使う。


「自爆!」


 自らの命を引き換えに大爆発を起こす魔法だ。通路を突破してROOM8へ突進しようとしていた冒険者たちは巻き込まれた。

 重装備の戦士は辛うじて死にはしなかったが、軽装の魔法使いや僧侶、スカウトは地面に叩きつけられた。


「な、なんてことをしたんだ!」


 そう叫んだのは五郎丸。今まで丁寧なもの言いをしていた五郎丸とは思えない荒々しい言葉だ。


「死んでしまったじゃないか、このまぬけ!」


 五郎丸はそう仙谷さんを罵倒する。吹き飛ばされた魔法使いが仲間に看取られて息を引き取ったのだ。もっとも近いところで自爆攻撃を受けたから、不幸であった。


「ま、まぬけって……反撃しないのなら私が殺されてしまうじゃない!」


 仙谷さんもそう五郎丸に抗議した。自爆攻撃で冒険者パーティは相当な被害を受けている。大けがをした仲間を助けるために、ROOMへの突入を諦め、ここから撤退する可能性もある。

 俺からしたら仙谷さんの判断は間違ってはいない。

 しかし、五郎丸はこう言った。


「君は自らの可能性を摘んでしまった。冒険者を殺してしまった。もはや、用済みだ」

「用済みって?」


 ここで五郎丸の派遣したガーディアンが到着した。クレイゴーレム2体である。ここでクレイゴーレムが冒険者に襲い掛かれば、もう冒険者たちは撤退するしかない。

 しかし、五郎丸はそうしなかった。ありえないことにクレイゴーレムに撤退を命じたのだ。


「う、うそでしょ!」

「五郎丸さん、どういうこと!?」


 仙谷さんと巴が驚きの声を上げた。


「用済みだよ、仙谷さん。冒険者を殺してしまった君には興味がない」

(やはりな……)


 俺はどこかでこういう結末を予想していた。クレイゴーレムが撤退していくのを見た冒険者は、ROOM8へと進む。

 あとはダービーと同じである。仙谷さんは殺された。

 俺と巴は仙谷さんの無残な姿を見て吐いた。しかし、五郎丸は狂ったように叫んでいる。


「美しい……やはり、人間はこうでないと……」

「一体何を言っているのだ!」


 俺は五郎丸に食ってかかる。彼は紳士の仮面を被っていただけだ。


「何を言っているとは心外だな。僕は忠告したはずだよ。冒険者は殺してはいけないと。殺せばその代償は己の命」

「言っていることが支離滅裂だな。仲間を助けずにその死を喜ぶ異常者が。どうして冒険者を殺さないように仕向けるのだ。自分はこれまで多くの冒険者を殺めてきただろうに!」


 俺は叫んだ。五郎丸の意図が理解できない。親切に初心者をサポートしていたのにこの豹変はない。そして冒険者を殺さないように誘導していたのも。


「おや、疑問があるようだね」

「全くだ。あんたのやっていることは俺には理解できない」

「なに、簡単なことだよ。初心者の女性ゲームプレーヤーには2つの役割がある。1つは冒険者にどのように接するとその運命が変わるか。大抵はROOMに踏み込まれて犯されて死ぬね。だが、冒険者を一人も殺さなかった場合はその運命が変わる可能性がある」

「それで巴と仙谷さんを実験台にしたのか?」

「そうだよ。それなのにあの女は台無しにしやがって。まあ、殺される様子は僕に快感を与えてくれる。彼女は役に立ったよ」

(狂ってやがる……)俺は吐き気と怒りで手が震えているのに気が付いた。

「ああ……ちなみに君たちともここでお別れだね。僕の正体を知ってしまったなら、証拠隠滅のために消えてもらうしかない」

「本当にクズだな……。だが、仙谷さんが冒険者を殺したのなら神聖騎士団が出て来る。俺たちを無意味に殺すことはお前自身も困るんじゃないか?」


 俺は一応交渉してみた。常識人ではない五郎丸にそれは無駄だと分かってはいたが、俺一人ならともかく、巴を守りながら戦うのは難しい。

「くくく……。君は生かしてもいいよ。男が死ぬのを見ても興奮しないからね。だけど、巴ちゃんはダメだ。美しく、華々しく散ってもらうよ」

「……この変態野郎!」

 俺は声を荒げたが、五郎丸は苦笑しただけであった。冒険者たちは仙谷さんを殺し、この日は撤退していった。

 明日はゲーム後半の6日目だ。仙谷さんのエリアが攻略され、明日は俺と巴のエリアが攻略対象となる。五郎丸のエリアももちろん対象であるが、守りが見るからに固い彼のエリアは後回しにされるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る