第51話 巴
思い出した……。俺が初めてゲームに参加した時のことを)
そして俺が最初のゲームで願ったことがなんだったのかも。
(どおりでクソ親父も母親もいないわけだ……)
広いタワーマンションに暮らしているのは俺一人。父も母親もいない。毎日朝ご飯を作ったり、掃除洗濯などしたりする家事労働は、何度目かのゲーム参加の願いで、家事労働する精霊を召喚したことによる。
「思い出してきたよ。ばある……」
俺の言葉にばあるがくすくすと笑っている。そんな俺にばあるが意味ありげに話かけてきた。
「どうやら記憶を取り戻しかけたようじゃぞよ……。それで一時は逃避した現実に向き合う気分はどうじゃの?」
「あまりいい気分じゃない。ばある、お前も本当の俺に戻るのを待っていたのだろう?」
「そうじゃのう……。本来のお前に戻らないと悪魔としては殺しがいがないぞよ」
「友人の仇だからな」
「そうぞよ……ぱずずはわちきの友だったぞよ」
ばあるはそう言ったが、本気で友の仇をとるような感じではない。悪魔は悪魔だ。友達想いの悪魔などいるわけがない。ばあるは俺の魂を欲しがっている。悪魔に取って、人殺しの汚れた魂ほど価値があるのだ。
多くの参加者を葬り、そして悪魔までも葬ってきた俺の魂を合法的に獲りたいだけなのだ。
合法的とは、このゲームによっての死だ。こいつらナビゲーション役の悪魔は直接人間を殺せないのだ。
「長らく悪魔をしておるが、お前ほど狡猾で残忍な人間はおらぬぞよ。いくらクズな親だとて、ゲームの願いで殺してしまうとはまさに悪魔ぞよ」
「子供の幸せを邪魔する奴は親じゃない」
俺の父親はクズだ。父親はエリート会社員。年収は3千万円を超える。だが、愛人を囲い、母や俺を顧みなかった。たまに家に帰って来ると俺と母にモラルハラスメントをした。暴力は振るわない。エリートである父は、暴力をして怪我でもされると面倒なことを知っているのだ。
それは陰湿で残酷であった。生活費は世間の体面を考えて最低限度は渡されていた。最低限度である。日に日に母が精神的に壊れていくのを俺は見ていた。俺の小学校時代は母を励まし、支えていた。
そんな母は新興宗教にはまった。巧みな偽の神の教えに救いを求めたのである。本当の地獄が始まった。
なけなしのお金も浄財と称し、教団が持っていく。飲まず食わずの生活が続いた。中学校時代の俺の生活は生活苦と母の狂気じみた説教で覆われた。
そこで出会ったのがゲームだ。最初のゲームで俺が願ったのは、父の死。しかも巧妙な俺はその死に方まで指定した。
父の死でまともになると思った母親は、相変わらず新興宗教に救いを求める。俺はもうためらわなかった。
現実的な金だけではない。クソ親父と狂った母親の魂をゲームのいけにえにすることで、心に刺さった棘が抜けた。だが、直接ではないにしても殺したことは間違いがなく、それが現実の俺を消極的な生き方へと誘った。空気となった俺である。
そんな俺がますますゲームにはまっていったのは、ある女の子との出会いであった。
「巴……君はいまどこに……」
俺は2回目のゲームで大切な人を失った。その子はダンジョンマスターとして参加し、卑劣な男の罠で命を奪われそうになった。俺は彼女を助けるためにあらゆる手を尽くした。
その過程で記憶を無くしたのだ。
「それにしても、今日のゲームは詰めが甘かったようじゃのう。まさか、あのドルイドの女が脱出アイテムを持っていたとは……」
「ククク……バアル、俺がそんなミスすると思うのか?」
「……お主、わざと逃がしたのかや?」
「このダンジョンのゲームはあと2日だろう。その2日を戦うための作戦だよ」
バアルはクスクスと笑った。俺の意図が分かったのであろう。
「さすが、666の数字持ちぞな。戦いに慣れている」
666の数字持ち。
それはこのダンジョンの遊びを何回も生き延びた者の証である。
生き延びたものには、2つの選択肢が与えられる。1つは一切このゲームに関わらないこと。もう一つは再び、このゲームに参加することだ。
再び参加すると前のゲームで手に入れたトラップやガーディアンを引き継げる。そしてゲームのルールもだ。
デスゲームを生き延びた人間は普通はもう関わらない。二度としないはずだ。
それでもこのゲームから生還した人間は、またもや参加してしまう。
なんでもかなうという報酬は人間の欲望をくすぐる。それを知ってしまった人間はあがなうことができない。それほど魅力的な報酬なのだ。
しかも2回目は有利な状況だ。そして何も知らない初心者を犠牲にする鬼畜な心があれば、生き残る可能性は非常に高いのだ。
(俺の場合は報酬だけにつられたわけじゃないけどな……)
俺が2回目のゲームに参加したのは、報酬目当てではない。母親の抹殺はおまけであったが、巴という少女の運命を変えたくて参加したのだ。
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