第50話  7日目

 昨日に密かに手に入れていた俺の切り札である。なぜ、この狭いダンジョンで機動力を求めたかは、ただのゴブリンでは転がる巨石についていけない可能性があったのと、神聖騎士団の列の中心まで突入する必要があったからだ。


「ゴブリンライダーですって。意表を突かれたけど、そんな弱いガーディアンでは神聖騎士団の前では嬲り殺しよ!」


 ジャンヌはそう言った。確かに騎士たちの中心まで進んだところで、ゴブリンライダーができることは少ない。このガーディアンは突破するだけで戦闘力は所詮、ゴブリンに毛が生えた程度である。

 普通は後に続く戦力をぶつけることでこの状況を生かす。しかし、俺には後に続く戦力はない。

 五郎丸が派遣してくれたアーマーナイトは、俺のROOM付近に待機させている。五郎丸の行為で派遣してくれたガーディアンであるが、正直なところ、使い方に困っている。

 それは五郎丸の事を100%信用していないからだ。重要局面ではこのガーディアンを使うことはためらわれる。

 前列の騎士を踏み倒して、騎士団の列の中央まで進んだ俺のゴブリンライダーは、そこで戦闘。剣を装備した騎士と魔法使いによって刺殺される。


「はい、やっぱり終わり~」


 ジャンヌの期待通り、騎士の一人も殺せず、ゴブリンライダーは倒された。しかし、これも俺の作戦であった。


「残念だけど、これもトラップ。スライム爆弾発動!」


 俺は叫んだ。ガーディアン携帯型のトラップである『スライム爆弾』を発動させた。これは装備したガーディアンが死亡したときに発動。

 仕込んだスライムが膨張して爆発する。爆発自体は大した威力はないが、その時に飛び散ったスライムの断片にいやらしい効果があった。

 スライムの肉片はスライムの種類によってその効果が変わる。溶岩スライムなら肉片は熱を帯び、触れたものに火傷を負わせる。毒スライムなら毒で汚染する。騎士団の列中央でこのスライム爆弾を爆発させたのは、騎士全体に被害を負わせるためである。


「なるほど、六三四君、考えたな」


 五郎丸が感心した。俺が爆発させるために選んだスライムは、人間の体にダメージを与える種類ではなかった。

『腐食効果』である。1匹は金属を急激に錆びさせる効果。もう1匹は革や布を溶かす効果がある。

 神聖騎士団の装備をこれで痛めつける。完全破壊はできないが、剣や槍なのどの武器は切れ味が鈍るし、鎧や盾はこれで錆びたり、溶けたりして防御力を下げる。 ドロドロのスライム溶解液を取り除くのに時間がかかるし、何よりも戦う意欲を失うだろう。

 現に騎士たちは騒ぎながら、腐食する武器や鎧をなんとかしようと動き始めた。


「そうだ。その溶解液は水で洗わないといけない」


 昨日の洪水で攻略されたジル・ドレのエリアのあちらこちらに水たまりが残っている。騎士たちは装備の洗浄のために一度引っ返していく。


「これで2,3時間は時間稼ぎができるね」


 俺の戦いぶりを見ていた五郎丸は感心してそう言った。ここまでは俺の狙い通りだ。


「はん。たかが2,3時間、死ぬまでの時間が伸びただけだわ」


 ジャンヌがそう馬鹿にする。彼女の言うとおり、装備を洗浄した騎士たちが、俺のエリアへの侵攻を再開することは間違いがない。


「あなたのトラップもそれでおしまい。あとは弱いガーディアンのみ。ああ、あんたが貸したアーマーナイトがいるんでしたっけ?」

「アーマーナイトは強いよ」


 五郎丸はそう言ったが、ジャンヌは五郎丸を挑発する。


「強いと言っても神聖騎士団を倒すほどじゃない。下手に助けてあなたのエリアの守りが弱くなってしまうんじゃないの。人助けするなんて、お・ば・か・さん」

「どうも。でも、ダンジョンマスター同士は助け合わねばね」

「ふん、ゲスが。そんなこと思っていないくせに!」


 五郎丸はジャンヌの皮肉に動じない。むしろ、余裕であしらっている。ジャンヌの指摘通り、俺のトラップはもう尽きた。あとはガーディアンで守り切るしかない。

 作戦通り、騎士たちは装備のメンテナンスのために、後方へと下がった。ガーディアンに余裕があるのなら、追撃するべきであろうが、俺には余剰戦力はない。

 よって無駄なことはしない。ジャンヌが俺の味方なら、彼女がガーディアンを派遣してさらに時間稼ぎをすることもできただろう。

 つくづくこのゲームはダンジョンマスターの助け合いが攻略の要なのだ。そしてそれをさせない設計が施されている。


「はい、そろそろ再開よ。六三四くんの処刑タイム再開w」


 うきうきとした口調でジャンヌは、神聖騎士団が動き出したことを告げる。装備を洗い流した騎士たちは、まっすぐに俺のダンジョンを目指して進んでくる。


「行け、オーク戦士団」


 俺は自分のもつガーディアンの最強戦力をぶつける。オーク戦士団を中心とした部隊だ。スケルトン弓兵とホブゴブリン戦士、ゴブリンシャーマンもいる。

 だが所詮は低級ガーディアンである。激しい戦闘が起きたが、終始劣勢で終わり、神聖騎士団の誰一人倒すことなく全滅してしまった。

 せいぜい魔法使いや神官の魔法使用回数を消耗させただけである。


「あら、残念だったわね。そもそもその程度のガーディアンで、足止めができると思った?」


 ジャンヌはそう勝ち誇った。これで俺にはROOM手前に配置したアーマーナイト2体しか残されていない。それも五郎丸の命令で動く借り物に過ぎない。

 神聖騎士団は一直線に俺のエリアを突き進み、そして俺を殺しに来るだろう。

(終わった……)

 俺はにやりと笑った。


「あれ、何も答えない。ブルって何も答えられないのね~かわいそうねえ~」

「ジャンヌ、俺の計略は全て終わったよ。俺の勝ちだ」

「何言ってるの?」

「神聖騎士団が進む方向を見てみろよ」


 まっすぐに俺のROOMめがけて突き進むはずであった神聖騎士団は途中で、右に曲がった。


「ど、どうして……こっちに……」


 ジャンヌの慌てた声。右はジャンヌのエリアである。神聖騎士団は何かを追っていた。それはゴブリンの集団。


「なぜ、ゴブリンが……いや、ただのゴブリンじゃない……」

「ゴブリン歌劇団だよ」


 俺はそう言って続けて、巴に礼を言った。


「ありがとう巴さん。おかげで九死に一生を得たよ」

「間に合ってよかったです」

 

 ゴブリン歌劇団。ゴブリン小隊の変種で役者ゴブリンを集めた集団。戦闘力は皆無であるが、巧みな演技で冒険者の注意を引くことができる。

 巴のゴブリン歌劇団は、人間の女性の声真似をしたゴブリン女優がゴブリンに連れ去られる演技をしたのだ。

 女性の悲鳴を聞いて救出に向かわない騎士団はない。歌劇団を追って神聖騎士団はジャンヌのエリアへと侵入した。


「き、貴様~っ。黙って見ていればよいものを!」


 ジャンヌは怒り狂って巴を罵る。巴は穏やかにジャンヌに語りかける。


「ゲームではお互いに助け合うものよ」

「反吐が出るようなセリフを……。お前は私の方に誘導しているじゃないか!」

「ジャンヌさんの備えなら今日1日は耐えられるのでは?」


 巴の言うとおりである。ジャンヌはこれまで冒険者の侵入を許していない。それは彼女のダンジョンの防御力が高いことを示すからだ。


「六三四を殺したら、お前も殺す。私を陥れる奴は許さない!」


 ジャンヌは悪態をついたが、自分のエリアに入って来た神聖騎士団を追い払わないといけなくなった。

 ジャンヌのダンジョンは経験者だけあって、トラップを複雑に絡ませた防御力を誇った。そして簡単には倒せないガーディアンの存在。

 神聖騎士団はジャンヌのダンジョンの半分まで進んだが、3分の1が戦闘不能となる。そして女性の悲鳴がゴブリン歌劇団の演技だと分かって撤退となった。ジャンヌは防ぎ切ったのだ。もし、この神聖騎士団が初日からジャンヌのダンジョンに侵攻していたら、恐らく耐えきれなかっただろう。

 ジル・ドレとジャンヌはゲームを知り尽くしていた。7日間の半分までは他のダンジョンマスターに戦わせ、彼らを犠牲にしつつ時間を稼ぐ。残り1,2日になったら、自分の実力で逃げ切りを図る。そういう作戦で生き延びてきたのだ。

 だが、その鉄板の攻略法も失敗することがある。今回は初心者の俺を舐めていたことと、経験者の五郎丸がいたという不運でパートナーを失ったのだ。

 しかし、それは報いというものである。彼らが陥れ、結果的に命を奪ってきたゲーマーに取ってみれば、(ざまあみろ!)という結末である。


「許さない、許さない、許さない……。ジルを殺したあんたは絶対に殺す!」


 ゲームからログアウトする時、ジャンヌは俺に対してそう罵倒した。だが、二度とこの女とは会うことはないだろう。ゲームで会わねば俺を殺すことは不可能だ。

 そしてリアルでも六三四を名乗る俺を見つけ出すことはほぼ不可能だ。


「残念でした、ジャンヌさん。ジル・ドレの冥福でも祈ってやれよ」


 酷い言い方であるが、ジャンヌにはちょうどいい。ジル・ドレとジャンヌのカップルは、これまで初心者を食い物にして好きなように生きてきたのだ。

 報いと言うものである。犠牲になった者たちを思えば、ジャンヌもここで死ぬべきであったが、彼女を倒すことは今の俺の力では無理である。

 ジャンヌは俺を罵しりながらもゲームからログアウトしていった。7日間生き残ったのだ。それは俺も同様だ。

 だが俺には心残りがあった。巴のことである。

 巴とは今日1日知り合っただけの関係だ。俺と同じ年の女子高生としか分からない相手。その女子高生ですら本当かどうか分からない。


(巴は今日から6日間生き残らないといけない)

 俺とジャンヌが抜ければ五郎丸と巴が新たに2人のゲーマーを加えてこのゲームを続けることになる。

 初心者の巴が生き残るには、相当の『運』と戦略がないといけない。そして何よりも本当に協力できる仲間の存在である。


(五郎丸……奴はなんとなくヤバい奴のような気がする)


 五郎丸は俺のために助言をしたり、ガーディアンを派遣したりしてくれたベテランゲーマーだ。普通なら信用できると思うのだが、俺の中に警戒を告げる警告音が響いている。


(何か引っかかる……それが警告音の理由)


 俺は巴が心配になった。今日であっただけの少女。ここで別れれば、そのまま二度と会わない少女。


(だが……)

「ぱずず、次のゲームでこのパーティでやることはできないか?」

「それは基本的には無理でアリマス。一度クリアしてしまった者は、原則別のゲームに行くでアリマス。ランダムにこのゲームに参加できる確率は100万分の1でアリマス」

「無理ということか……このまま継続するのは?」

 俺は落胆した。ジャンヌはそれを知っていたのでさっさとログアウトしたのだ。

「基本的には無理でアリマスとはいいましたが、全く可能性がないとは言っていないでアリマス」


 ぱずずの奴が俺の落胆ぶりを見て慌てて訂正した。


「可能性があるのかよ!」

「継続して同じメンバーでこのダンジョンで戦うには、このゲームに割り当てられたURLを知る必要がアリマス。そして残るダンジョンマスター全員の同意が必要でアリマス」


 ジル・ドレとジャンヌはカップルでこのゲームに参加していた。恐らく、どちらか一方に送られてくるURLに参加していたのであろう。

 俺は慌ててキーボードを叩いた。そして巴にメッセージを送る。


「巴さん、俺を招待してくれませんか?」

「おや、せっかく生き残ったのに延長するのか?」


 五郎丸が巴の返事の前に口をはさんで来た。その言葉の文字にはなぜか、俺がそう言うと予想していたような臭いがある。機械的にならんだ文字にそのような

ものは実際にはないが、五郎丸がマイク越しに話し、それが文字変換したものだからか。


「巴さんには助けられたから、その借りを返したいだけ……」

「そんな……わたしのことはいいです。せっかく生き残ったのですから、六三四さんは生還して……」


 巴はそう断ったが俺の意志は変わらない。明日からは違うダンジョンを舞台にゲームが行われる。俺はそこに今の装備をもって参加することになるから、今回よりも有利なはずである。

(だが…)俺には懸念があった。五郎丸の存在だ。彼は経験者である。この詩にゲームに生き残ったにも関わらず、また参加しているのだ。

 その理由が分からない。ジル・ドレやジャンヌは『富』という明確な理由があった。しかし五郎丸は不明だ。そして俺には何だか嫌な予感がするのだ。


「まあ、僕的にはよくわかっている君が参加することは賛成だ。巴さんはどうする?」


 そう五郎丸は明るく巴に尋ねた。巴はしばらく黙っていた。しかし、早く決めねばゲームから強制ログアウトされてしまい、俺が再びゲームに参加しても巴と五郎丸に出会う確率は低くなってしまう。


「分かりました」

 巴はそう言うと同時にURLを送信してきた。俺はそれをコピーして記録する。

2人の同意があるのだから、明日から俺が参加することが可能となった。

(ふう~っ)俺は息を吐いた。


「全く意味が分からないでアリマス。明日からまたサバイバルでアリマス」

「……生き残ればいいんだよな」

「そうでアリマス。あ、明日からまた願いを一つ叶えるでアリマス。参加した時に聞きますから、決めておいてくださいでアリマス」

「ああ……そうだったな」


 今回のゲームで俺はあることを願った。それによって、俺の生き方に大きな変化が巻き起こった。


 俺の最初の願い……。それはクズな父親の抹殺であった。

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