第8話◇正義とは何か。矜持とは何か。俺の目はいったい何を映しているのだろうか。
デュークSide
問題の西側の国境の戦は日を追うごとに激しさを増していった。各地で魔物の発生を確認しているものの、それらは冒険者たちが討伐をしていた。だから、騎士たちは隣国との戦闘に駆り出されていった。事務職の副官である俺ですら剣を持ち戦場を駆けていたのだ。俺は戦場というものに立って、これが妹が言っていたことだったのかと身を持って感じた。弱ければ命を落としてしまう戦いとはこれ程のことだったのかと。
そう、弱い者から命を落としていく戦場。だから、俺は必死で団長の背中を追って行った。その死と血の匂いが入り交じる戦場で俺は団長に指示を出す。
「このまま行けば、南方の谷からの敵の侵入を許すことになるそうです」
「了解した」
俺の言葉に端的に言葉を返した団長は第3騎士団を率いて南に進路を変えた。団長の行動を確認した俺は
これは妹が拾ってきたジェイドという者が持ってきた妹の指示書だ。
ジェイドは俺がどこにいるのか把握しているように突然現れ、紙を渡して去っていくのだ。『お嬢の指示通りに動くように』と言って。一度俺が用を足している時に現れた時は流石にビビった。勿論時と場所を考えろと怒鳴ってみたが、『あ、ごめんごめん』で済まされてしまった。あいつは一発殴っておくべきだった。
渡された紙に書かれいる妹の指示は的確だった。まるで未来視でもしてるかのように完璧だったのだ。
この街道は罠が張り巡らせてあるから通るなとか、崖の下に伏兵がいるから気をつけろだったり、森を抜ける時に天候が崩れればその地は泥濘化するので回避するようにという指示がされていた。
最初は不信に思ってはいたが、あの妹は無意味なことはしないと、団長に相談してみれば、心に留めておくと言われた。そのおざなり風の返答だったにも関わらず、団長は妹の言葉を疑うことはなく、指示書通りの行動をとったのだ。
結果的にはこれがよかったのだろう。他の騎士団がその数を減らしていき、再編統合されていく中、第3騎士団は少々犠牲は出たものの、その存在を維持し続けていた。
しかし、戦況は悪化の一途をたどっていた。それに伴い王族で
その護衛として、中隊規模の近衛騎士と未だ騎士団として形を成している第3騎士団が当てられることとなった。護衛と言っても護衛任務は基本的に近衛騎士が行うが、王女メリアングレイス様が戦場に立たれた時の護衛の任務が俺たち第3騎士団に課せられた。しかし、王族とはいうものの剣すら持った事が無い王女様だ。戦場に出ても後方に陣取るぐらいだろうと、俺は考えていた。
しかし、妹からの指示書にはこう書いてあった。『その内、王女メリアングレイス様に付いて戦場で戦うことになるだろう』と。王女が戦場で戦うってなんだ?。
そして、第3騎士団が王女の護衛として付くことになった頃から、
『リラシエンシア・シュテルクスが国を裏切って敵国側についた』
という話だ。信じられない噂話だった。幾人かに妹の事を聞かれたが俺は知らないと答えるだけだった。
事実、俺は何も知らない。もう、3ヶ月間は西の国境で戦場を駆けているのだ。王都にもシュテルクス邸にも戻れていない。元々俺には知るべき手段はなかったのだ。
しかし、人というものは好きな様に解釈をするようで、俺が『知らない』と答えれば、『やはりな』と返ってくるのだ。やはり噂通りに裏切っているのかと。
そもそもだ、妹
考えようによっては敵国に潜入し、俺たちに情報を与えているとも考えられる。いや、しかし、だが·····。
妹が雲隠れしてから半年が過ぎようとしているが、妹の居場所も目的も何もわからないのだ。ただ、人経由で指示書が送られてくるだけ。
そして、最後の指示書という物がジェイドから渡された。
「これで最後だってよ」
ジェイドはいつもと変わらず軽い感じで声をかけてきた。俺が一人になるタイミングを見計らって。
「おい、妹はどうしているんだ?あの噂は何だ!」
俺はジェイドを問い詰めるように聞いた。この機を逃すと聞ける時がないからだ。
「え?いつも通り『ヴァン様に会いたい。ヴァン様に会いたい』と言い続けているよ。ほっんとーに鬱陶しいよなぁー」
ああ。まぁ···大体屋敷でもそんな感じだった。
「妹は変わりなく過ごしているようだ···それで、噂の件はどうなんだ?」
「あの噂だよねー。ほっとけばいいって言われている。ぶっちゃけあの噂に何の意味があるのか、こっちが聞きたいよー。ただの侯爵令嬢でしかないお嬢に何の力があると言うのかなぁ」
その通りだ。その噂を流した人物は何の意図があってそのような噂を流したのか。
例えば国を裏切ったのが、王族の誰かであったのなら。はたまた、英雄の如き力を持った父上であればその意味を成したのかもしれない。しかし、妹は世間的に英雄の血族であるが俺と同様に無能者と思われている。いや、思わさせている。
「噂は所詮噂だということでいいのだな」
俺がジェイドに確認するとジェイドはニヤリと笑うだけで、俺の質問には答えず俺が持っている指示書を指して言った。
「それ今回は急ぎだってさ。あちらさんも上手く行かなくて焦っているんだってよ」
あちらさんって敵国のことか?ジェイドに尋ねようとすれば、その姿は忽然と消えていた。きっとジェイドみたいな奴を神出鬼没というのだろう。
そう思いながら妹の指示書の封を切り、中身を確認した。
「は?」
俺は慌てて団長の元に行き、指示書に書かれていたことを報告した。
「団長!妹から最後の指示というものが来ました。撤退命令が出れば直ぐに行動できるようにしておくようにと」
「撤退命令?この状況下でか?」
そうこの状況下で撤退なんてありえない。いや、停戦の申し出があったということか?それはない。絶対にないだろう。
何故なら押されているのはこちら側で、隣国が一気に····決着をつけようと一気に畳み込んで来るのか?
「他に情報は無いのか?」
「これだけです」
「·····」
「·····」
団長と俺しかいない天幕に沈黙の間が生まれる。そもそもだ。そもそもこの戦いの正義とはなんだ?
この騎士団としての旗を掲げず、国の御旗も掲げていない戦に何の意味がある?いや、国の御旗代わりに王女メリアングレイス様がいるのだろうが、はっきり言って意味がない。逆に足を引っ張っていると言っていいだろう。
その沈黙を破る者が天幕に侵入してきた。
「ヴァンフィーネルさまぁー」
件の王女メリアングレイス様だった。
ああ、団長の機嫌が急降下していく。その団長の機嫌の悪さがわからない王女メリアングレイスは団長に突進するように近づこうとするのを、俺は身を呈して止める。俺はまだ妹に殺されたくはない。
「王女メリアングレイス様。如何がなさいましたか?」
「お前には用はないのよ!このモブが!」
モブ。俺にはその言葉の意味は理解できないが、恐らく貶されているのだろう。しかし、アリアの罵倒に比べれば、大したことはない。
「自分はダヴィリーエ団長の副官でありますから、先に自分が伺います」
「そこにヴァンフィーネル様がいるのだから、モブのお前が聞く必要はないよね!」
「それは王女メリアングレイス様もお付きの侍女を通さずに我々と話をするということに等しいのです。そもそもお付きの方は如何がされたので「あーもぅ!煩いわね!」」
王女メリアングレイスは俺の言葉を遮ってきた。それも王族の姫君とは思えない言葉を使っている。母上でもイラついていても、王族の姫君のプライドを捨てることはなかったというのに、この姫君は聞いていた噂と全く違う。
「レイモンドみたいにお前は口うるさい!私は王女なのよ!もうすぐ女王になるのだから!」
レイモンドとはレイモンド・ファエンツァ公爵令息のことだ。婚約者の彼も王女メリアングレイスと共に戦場に来ていたが、安全な後方にいたにも関わらず、何故か最前線の戦場で命を落としたのだ。
俺は又聞きしただけなので、何が起こったのかわからないが、王女メリアングレイスが我儘を言ったらしいと小耳に挟んだ。
『私は唯一の王族なのだから、戦場に出て皆を鼓舞するべきだわ』
と言って護衛である近衛騎士を振り切って飛び出して行ったそうだ。因みにそのとき第3騎士団は王女様はその日は戦場に立たないことが決定されていたので、別の戦場に行かされていたのだ。
その言葉を聞いた俺はこの王女は駄目だと思った。言ってはいけない言葉を言うは、王族が前線に出てなんの意味があると思っているのか。まぁ、この後も似たことが起こり、結果的に王女様が戦場を駆け出し、戦場を引っ搔き回してくれたため、王女様の騎獣は戦場から遠く離れた古城に送られたのだった。
「王女メリアングレイス様。ここにはどのようなご用件でこられたのでしょうか?」
俺は王女の癇癪には対応せずに、ただこの場に来た理由を聞いた。だが、返ってきたのは別の言葉だった。
「私に逆らうお前はクビよ!前線に行けばいい!」
ああ、母上もこうして使用人たちの命を粗末にしてきたのか。俺はそう思いながら、首からとあるペンダントを引っ張り出してくる。
そのペンダントを見た王女は信じられないという目で見つめてきたのだ。
「王族の血族を示す紋様が刻まれたペンダントだ。これは女性王族には与えられず、男性王族のみに与えられる。この意味がわかるか?因みにこれを持つ者は私が知る限り10人はいる。だから王女メリアングレイス様が女王に立つことはない」
それにまだ国王陛下が健在であらせられるのに女王になるとか口にする時点で正気を疑ってしまう。この国は直系の男性王族が存在しなければ、血族の男性王族に王位が譲渡される。これは建国以来決められ、守られてきたことだった。形式的には王女にも王位継承権を持たされるものの、建国以来、女王が存在した時代はない。これは母上ではなく叔父上から聞いた話だ。
俺の言葉を聞いた王女は真っ青な顔をして慌てて天幕を出ていった。本当に何をしに来たのだろう。
「シュテルクス副官、それを持ち出してよかったのか?」
団長が俺にずっと隠し持っていた王族の血族の証を表に出したことを言っているのだろう。別に俺は王族が誰も居なくなったとしても王になる気はない。俺にはその器がないことは重々承知している。
「団長。俺、あの王女様苦手なんですよ。母上とカトリーヌ様を足して割ったような感じが」
王族として自分の思うように権力を振るう母上と気に入った者に媚びるカトリーヌ様。正に王女は、かの女性たちと同じだった。
「それに俺は妹に殺されたくありません!」
これは妹には絶対に言えない事だが、俺は頑張った。俺はあの王女から団長を守ったと言っていい。何かに付けてあの王女は団長に近づこうとしてくる。毎日の戦闘で疲れているというのに、どうでも良い雑談で呼びつけたり、団長に自分の寝ずの警護をしろだとか、怖いから側に居てほしいだとか。
お前はここに何をしに来たのだと何度口から出そうになったことか。
「それに今回は口に出してはならないことを言われておりましたので、牽制させていただきました」
「ああ、そうだな。この場には俺達しかいなかったからいいものの、王城であのような発言をされたのあれば、幽閉されていただろうな」
団長も俺と同じ意見のようだ。あの王女の考えは危険視されてしまう対象だ。よくあの妹は王女メリアングレイスと仲良くできたものだ。いや、違うか。
妹は元々王女に貢いで良いように手のひらの上で転がしていただけだ。王女が欲しい物を与え、王女が気分良くなるように褒め称え、見返りの願いと言うものをただ一筆紙にしたためてもらうことのみ。どちらの方に利が多くあったのか、それは勿論王女の方だろう。
だが妹は王女誕生祭を最後に姿を消した。それによって実害を受けたのも王女の方だろう。王女の貴族達を求心する力の元をたどれば、妹から与えられたモノばかりだったのではないのだろうか。
その妹が消えたとなれば、王女にとってはかなりの痛手になり、戦場に出て点数稼ぎでもしようとしていたのだろうか。
王女が去っていった数時間後に妹が予見していたとおり、撤退命令が出た。本当に全騎士団の撤退命令だった。
それも情報が錯綜しており、混乱を極めていた。一番の問題が近衛騎士たちと共に王女は既に帰路についており、護衛として指名していた第3騎士団を置いて行ったのだ。わがままにも程がある。
「団長、この事態をどう思いますか」
俺は団長と轡を並べ帰路となる街道を進んでいた。
「それは第3騎士団長としての意見を聞きたいのか?」
どうらや、団長も思うことがあるようだ。
「両方で」
すると団長はまっすぐ前を向いたまま答えてくれた。
「騎士団をまとめるものとしては、国の命令を実行するそれだけだ」
確かにそのとおりだ。騎士の剣は王に捧げる。それが騎士の掟。では、ダヴィリーエ個人としてはどうなのだろうか。
「一番この事態の理解をしているのは、リラだ。そして、恐らくギルバート顧問も何かしら掴んでいるだろう」
妹はわかる。こちらからは連絡が一切取れないというのに、こちらの動向を知り、指示をしてくるのだから、だがギルバート顧問も知っているというのだろうか。
「ギルバート顧問がですか?」
思わず聞き返してしまった。
「恐らくこの戦争を引き起こした者は10年以上前から動いていたのではないのだろうか」
10年以上前からだって?なんと気が長い話だ。だが、今回の戦は敵国の宣戦布告が戦争のきっかけになったのだ。団長は何が引っ掛かっているのだろう。
「レイシス王国は今は亡き王妃様の母国だ。はっきり言って同盟国と戦争をする意味がない」
それは俺自身も思っていたし、周りの者達も議論していたことだ。この戦いの意味はなんだと。
「それに···いや、このことは口に出すべきことじゃないな。戦争の事もそうだが、今回の事も不可解な事が多すぎる。大量の魔物はどこから現れたのか、普通では倒し難いSクラス級の魔物がなぜ同時に現れたのか。これは何者かがこの国を根絶やしにしたいと望んでいるかのようだ」
根絶やし。それは起こっていたかもしれない未来だった。しかし、現在魔物の脅威は全て排除されていた。冒険者達のおかげであり、父上と妹と····口の悪い赤髪のメイドが国中を駆け回ってくれたおかげでもある。
そう、戦場を毎日駆け回る俺でさえ耳に入ることがあった。豪傑の魔剣士がどこどこの魔物を駆逐しただとか、豪傑の魔剣士の魔剣が吠えただとか、豪傑の魔剣士が漆黒の剣士を魔物の海に投げ入れていただとか、ほとんどが父上の噂だったが、ふざけた名前の冒険者チームの活躍があって、今現在魔物の脅威にさらされている場所はなくなった。
そして、その冒険者たちの噂はパタリと聞かなくなってしまった。
これが妹のしたかったことだったのだろうか?こんなことで、あの妹が動くだろうか?未だに俺は妹の行動に意味を見出せないでいたのだった。
もうすぐ王都に帰り着く、そんな距離まで何事もなく戻ってこれた。なんとなくだが、皆もそわそわと浮きだっているような雰囲気をまとっている。まぁ、鎧を着ているため俺がそんな風に捉えているだけかもしれないが、無事に生きて王都に戻れることは内心思っていなかった。きっと俺の死地は戦場の辺境の地になるのだろうと感じていたのだ。
王都を遠目に視界に捉え始めてきた。しかし、何か違和感を感じる。数ヶ月ぶりに王都に戻ってきたからだろうか。
いや、ところどころに黒煙が上がっているようだ。
王都が襲撃されているだと!もしかして、その撤退命令だったのか!それならそうと伝令に伝えておけよ!ただでさえ大隊規模での移動だ。辺境から王都まで10日はかかる。その辺りを幹部たちは理解していないのか!
徐々に騎獣の移動速度が上がっていく、俺がいるところは大隊の中央付近だ。前方と後方に素早く命令を伝達出来るように中央にいるのだが、前方のいる者達の移動速度が早くなってきている。王都から上がる黒煙に焦りを感じてしまったのだろう。
隣にいる団長を伺い見るが、フルフェイスの向こう側を伺い知ることはできなかった。
「団長。いかがしますか?このままだと、後方とかなり距離が開く事態になりかねません」
中央後方には、けが人を乗せた荷馬車が数台繋がっている。その荷馬車が徐々に遅れ始めている。ということは、その後方全てが遅れてしまうということだ。
「前方に伝令しろ、全部隊一時停止。数人を王都の状況把握に送り出せ」
このまま第3騎士団が王都になだれ込むことを防ぐ選択肢を団長はした。
他の騎士団より早く行動できたため、一番はじめに王都に着くことになったために、何者かわからない敵と第3騎士団だけで戦う事態になりかねなかった。
団長はけが人を乗せた荷馬車を近くの村に向かわせ、暫しそこでの待機を命じていた。
しばらくして、王都の現状を確認してきた者達が戻ってきた。
「報告します!王都の外壁・外門等に戦闘のあとはなく、王都の街も平常通りの様子でありました。ただ、貴族地区からと王城から黒煙が上がり、魔術であろう爆発が起こっておりました」
····ちょっと、俺の頭の中が停止してしまった。なぜ、その状況で王都の中の街は平常通りになんだ?
目に見える黒煙が上がっているのだろう?何かしらの爆発が起こっているのだろう?
「少し前に王女メリアングレイス様がお戻りになったようで、すごい勢いで王都の中を馬車が駆けていったようです。門兵の話ではありますが、戦を勝利に収めた王女様が戻ってきたから安心だと言っておりました」
「は?」
思わず、声が漏れてしまった。戦を勝利に収めた王女って何のことだ?俺達は防戦一方で押されていたと言っても過言ではない状況だったんだぞ。殆どの騎士団は編成に編成を重ね所属なんて意味がなさない状態だった。そして、一番肝心なことは、俺達に出された命令は撤退命令だったということだ。
「あ、自分も不思議に思って聞いてはいたのですが、いったいどうなっているのでしょう?」
それは俺が聞きたい。王都では何が起こっているんだ?
「シュテルクス副官。小隊規模で隊を編成しろ。北門から王城に向かう」
団長が俺に小隊規模で王城に乗り込む人選をしろと言ってきたが、北側からか····。俺は王城の地図を頭の中で描く。
北側から王都に流れ込む川から乗り込むということか。あれは途中から地下に潜って、第1騎士団の詰め所の建物内に出てくる通路がある。いや······王城の中の離宮に繋がる通路があったな。叔父上から侵入するにはここがいいと教えてもらったことがあるが、叔父上は何の為にそこから侵入していたんだ?まぁ、今は関係ないことだ。
地下はそこまで広くないから精鋭40人ほどを選ぶか。
「団長。第1騎士団に出るのと、王城の中の離宮に出るのとどちらがよろしいですか?」
「その2択だと離宮に決まっているだろ」
決まっているのか。確かに、王城で黒煙が上がっているのなら、王城に一番近い場所に出るのが望ましいだろう。
ということは、俺も付いていかないといけないということか。離宮の出口では俺の首にかかっている王族の証が必要になってくる。俺、そこまで強くないのになぁ。
王都の北側に流れる川が地下に潜る場所から地下道に入る。この地下道は騎士団の上層部や副団長以上が知っている道だ。そして、教えられる道はただ一つ。第1騎士団の詰め所に出る道だけだ。
だから、必然的に俺が先頭に立って地下道を進まなかればならない。この暗くカビ臭く水の音に紛れてカサカサ音がし、叔父上から探検に行こうと幼い頃に誘われた同じ道を通って俺は進んでいる。
俺の不安な心を支えるのは、薄暗い魔道光のみだ。足元を照らすだけの光る魔石だ。
ただ、俺は足を進めるたびに、俺の心に不安が支配してくる。この先にいる敵というものは何だ?と。王城に黒煙を上げている者たちは何者だろうかと。
俺は離宮に続く道にを曲がって、思わず足を止めた。
「どうした?シュテルクス副官」
団長が警戒した声色で俺に聞いてきた。
「蜘蛛の巣が」
そう、俺の視界を蜘蛛の巣が塞いだのだ。フルフェイスはただでさえ、視界が不良となるのに、蜘蛛の巣に塞がれるなんて····あれ?
「地下だから蜘蛛の巣ぐらいあるだろう。驚かせるな」
団長はそう言うが、俺はあまりの衝撃に冷や汗が背中を伝った。
「団長。敵は何者なんでしょうか?」
「シュテルクス副官、今ここで話すことか?」
この状況下で話すことではないかもしれない。だが、俺は進まなかった先の道に視線を向ける。
「蜘蛛の巣。今まで一つもなかったのです。この方向は恐らく王城の何処かに繋がっているのでしょう。俺が知っているのは、先々代の王妃様が晩年を過ごした離宮へ繋がる道のみ。ですがここ最近、王城から北側の川に抜けるこの地下通路を使った者がいるようです。敵は誰なのでしょうか?」
この地下道は普通なら王族が敵から逃れるために使うものだ。だが、今現在王族に属する方々は国王陛下と王女メリアングレイス様、その母君であらせられる第四側妃様のみ。他の方々は理由は様々だが王城にはおられない。
国王陛下が王城を捨てた?いや、そのような考えを持つお方ではない。王女メリアングレイス様は先程戻ったというが、王女メリアングレイス様も第四側妃様も王族の証をお持ちでは無いはずだから、地下道は使えない。この地下道を使えるのは王族の男性のみだ。
「シュテルクス副官。急ぐぞ」
団長に促され、俺は足を進める。進めながらも俺は頭の中であの道を使えるもの達の顔を浮かべるが、扱い難い性格の持ち主ばかりで、脅されて王家の証を使う者たちではない。
離宮の出口から美しく整えられた庭園に出る。王城の北西に位置する離宮からは、ところどころに壁が壊された王城の姿が見える。そして、爆音と共にまた一つ新たに壁が破壊され煙を上げる。あの辺りは確か玉座の間の背後の壁になるはずだ。その上部には色とりどりの色ガラスがはめ込まれた大きな明り取りが存在している。
「今、空いた穴から突入する」
団長の命令で俺たち40名の騎士は玉座の間に空いた穴から王城に突入した。
そこには白髪に喪服のような黒いドレスを身にまとった者が剣を振り上げ、床に倒れて振り上げられた剣を見つめる金髪碧眼のきらびやかな衣服をまとった壮年の男性に、とどめを刺そうとしていた。
「リラシエンシア!!」
俺は叫んでいた。国王陛下に剣を振り下ろそうとしている妹に向かって、名を叫んでいた。
『リラシエンシア・シュテルクスは裏切って敵国についた』
あの噂は本当だったのか。
妹は剣を下ろしこちらを見て笑った。この状況で微笑みを浮かべたのだ。
「お兄様、お久しぶりですわ。ですが、挨拶は全てが終わってからでよろしいでしょうか?」
「リラ!お前は本当に裏切っていたのか」
俺はあの噂が本当であるかどうか、妹に直接聞いた。だが、返ってきた言葉は俺を落胆させる言葉だった。
「何を持って正義とするのか。それは自分自身で決めること。私がこの場で剣を振るうことを、英雄シュテルクスの血族として、この国に誓いました。それが裏切りというならば、私は裏切りものなのでしょうね」
妹はこれこそが己の矜持だと言わんばかりに、誇らしげな笑みを浮かべたのだった。
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