第9話◆私はお兄様に微笑み、地べたを這う女を足蹴にし、王女を牽制し、騎士には…


「リラシエンシア!!」


 兄デュークの声が聞こえましたわ。この忙しい時に来るなんてタイミングが悪いです。それも、何処から入って来ているのです。開けられた窓から侵入するようなことをしないで欲しいですわ。


 しかし、あちら側は出口はない離宮の中庭のはず。もしかして、あちらにも地下道が繋がっていたのですか?

 それに、彼女と共に行動をしているかと思っていたのですが、当てが外れてしまいましたわ。全てが終わるまで足止めをお願いしていたことが、無駄になってしまいました。


 ああ、廊下の方が騒がしくなってきました。はぁ、時間切れですわ。


 私は剣を下ろし、壊れた壁から侵入してきた者たちの方を見て剣を持ったままニコリと微笑みます。皆さん完全武装の鎧の姿ですので、兄が何処にいるかさっぱりわかりませんわ。


「お兄様、お久しぶりですわ。ですが、挨拶は全てが終わってからでよろしいでしょうか?」

「リラ!お前は本当に裏切っていたのか」


 あ、兄は先頭に立っていたようです。その兄の言葉に私はますます笑いを深めます。


「何を持って正義とするのか。それは自分自身で決めること。私がこの場で剣を振るうことを、英雄シュテルクスの血族として、この国に誓いました。それが裏切りというならば、私は裏切り者なのでしょうね」


 廊下側からバタバタと足音が聞こえてきます。さて、あなたは何処まで携わっていたのでしょうか?


「ここでしょ!」


 その言葉と共に玉座の間の正面の扉が開きました。開かれた扉の先にはふわふわとしてピンクゴールドの髪をなびかせて薄紅梅色の瞳を睨みつけるように私に向けてくる、真っ赤なドレスを身にまとった王女メリアングレイスが肩で息をしておりました。


 そして、カツカツと踵を鳴らして私の方に向かってきます。王女メリアングレイスは私に右手で指を差し、腰に手を当てて堂々と言い切りました。


「この裏切り者のリラシエンシアを打ちなさい!王を弑逆しようとする隣国の犬です!」


 王を弑逆しようとしているですか。


「そこの騎士!何をしているのです!さっさとこの女を殺しなさい!」


 私を殺す命令を出している王女メリアングレイスに私はいつもどおり声をかけます。剣を持ったままドレスの裾を少し上げ、右足を引き腰を下げる。


「王女メリアングレイス様。お久しぶりですわ。前夜祭の日以来ですわね」


 カーテシーをして王女メリアングレイスに挨拶をします。その私をキッと睨みつける王女メリアングレイス。


「この裏切り者!よくものうのうと私の前に顔を出せるわね!」

「裏切り。それはどれのことをおっしゃっているのでしょう?」


 私は身体を起こし、笑顔のまま首を傾げます。私の背後が動く気配を見せましたので、氷の矢を放ち。衣服と床を縫い止めます。


「ひっ!」


 女性の悲鳴が聞こえます。


「え?お母様?」


 ようやくこの場に誰がいるか気がついたようです。確かにこの場には国王陛下もいらっしゃいますが、第四側妃様も国王陛下の背後にいらっしゃいます。私が氷の矢を放ったのは勿論側妃様にです。


「お母様まで!!なんて酷い!そこの騎士!何をしているの!さっさとそこの女を殺しなさい!」


 王女の言葉に誰ひとり動く様子はみられません。それはそうでしょう。兄デュークがそこにいるということは、この場にいる騎士は第3騎士団の者たちだということです。

 幾度となく私と父の親子喧嘩を見ている彼らにとって、私はきっと触らぬ神に祟りなしという感じなのでしょう。


 しかし、ただ一人そこからこちらに向かってくる者がいました。


 騎士の鎧を身にまとった者が腰の剣を抜いて私に向けてきます。これは困ってしまいますわ。私はここで時間稼ぎをしなければならないといいますのに。


「貴女の正義とはなんだ?」


 剣を向けてきた騎士が尋ねてきました。それは勿論、貴方ですわ。ヴァン様。

 だけど、これは私だけがわかっていればいいだけのこと。


「それは貴女が剣を取るほどのことだったのか?」


 ふふふっ。そんなことを言ってくださるのも貴方だけですわ。


「なぜ、何も話さないまま去った」


 なぜですか。なぜでしょうね。頼ることも考えましたが、貴方は騎士として国に準ずる方。父のように英雄の矜持というものでゴリ押しするわけにはいきませんもの。え?魔剣で釣っていたではないですかって?あれは先払い報酬ですわ。ゲームの知識を駆使して私自身がわざわざ取りに行った魔剣ですもの。私が父に払う報酬としては妥当だと思っております。


 私とヴァン様が話している····いいえ、ヴァン様の問いかけに答えない私の横をすり抜けようとする女の足を引っ掛け、背中を踏みつけます。


「ぎゃ!!」

「お母様!」


 本当に何をしているのですか。いつまでかかっているのです。使えませんわ。本当に。


 私に向かって魔術を使おうとしている女の顔の横に剣を突きたてます。


「ひっ!」

「お母様が何をしたと言うの!その汚い足をどけなさい!」


 そう言いながら王女が更に近づいてきました。これ以上はいけない!


「こっちに来てはなりません!」


 私の忠告も虚しく、王女は近づいてこようとしますので、足止めに魔術を使おうとしますと背後から腕を押さえられてしまいました。思わず背後の金髪碧眼の男性に肘鉄を食らわします。


 ごめんなさい。陛下。肋骨折れてしまったと思いますわ。


 玉座の背後の壁まで飛んで行ってしまった国王陛下に心の中で謝り、私は王女メリアングレイスに視線を向けると、彼女の瞳は漆黒の色に染まっていました。

 なんていうことでしょう。これまでの私の苦労は水の泡ですわ。


 私は足元で干からびた女性の亡骸を放置して、私に剣を向けているヴァン様を背にして王女メリアングレイスに向かって剣を構えます。


「ああ、やっぱり若い身体っていいわねぇ」


 王女メリアングレイスは口が避けたかのような笑みを私に向けてきます。


「流石、王族ねぇ。このあふれる魔力。全盛期には程遠いけれど、いいわねぇ」


 その言葉と共に地面が揺れた。

 間に合わなかった。何が任せておけですか!


「さっきは油断したけれど、今度はこちらの番ね」


 くー!第四側妃を油断させて魔力を消費させて、無力化していましたのに、また始めからですの!


「リラシエンシア嬢。これはいったいどういうことだ?」


 ヴァン様が聞いてきましたが説明をする暇がありませんわ。一言でいうなれば


「シュテルクスが英雄となったきっかけの人物ですわ。女王イーラティーミア。若しくは魔女イーラと言えばわかりまして?」


 私の背後からハッと息を飲む音が聞こえてきました。恐らく理解してくれたのでしょう。子供に『悪い事をしていると魔女イーラに食べられていまうよ』という昔話をなぞらえていう脅し文句に出てくる名前です。


「あら?わたくしを女王と言ってくれるのね」


 王女メリアングレイスは····いいえ、魔女イーラは歪んだ笑みを向けてきました。その背後には無数の炎の塊が!!


「お兄様!何処かに王子が二人いるはずですから、早くしろって言ってきてください!」


 私は結界を展開しつつ、未だに数人の騎士を背後に連れた兄デュークを追い出す為に用件を言いつけました。このままだと、兄の面倒までみることはできません。


「王子だって?お前が殺したんじゃないのか?」

「失敬ですわ!王太子と第二王子です。魔女に近づくと操られますので、お兄様が操られたら容赦なく殴りますので、さっさと何処かに行ってください」

「失敬なのはお前の方だ!」


 兄デュークは近くに飛ばされてきた国王陛下を回収して騎士たちと共に去って行ってくれました。


 それと同時に放たれる炎の刃。結界を張ってはいるものの、ミシミシと結界が悲鳴を上げています。あまり保ちそうにありませんわ。

 先程と同じ手は使えなさそうですし、どうしようかと思案していますと、ヴァン様が近づいてくる気配を感じました。


「俺はリラに何も相談されないほど頼りないということなのか」


 ヴァン様のその言葉に思考が停止します。

 そ···そんなことは、一度も思ったことはないですわ。


「そんなことはないです!」


 背後を振り返るとすぐ側にヴァン様が私を見下ろしていました。

 ぐふっ!心が折れそうです。半年ぶりのヴァン様のご尊顔が目前に!

 今まで鎧を着込んで顔を見れなかったので、耐えれていましたが、まさかこの状況でフルフェイスを取ってくるなんて、ヴァン様ズルいです!


「ヴァン様。リラはヴァン様のお嫁さんになるために頑張っているのです。それで私をお嫁さんにもらってくれる気になりました?あ、さっき聞き逃したので、もう一度リラって呼んで欲しいですわ!」


 ヴァン様に詰め寄る私の頭に衝撃が走ります。その元をたどると赤い目が私を見下ろしていました。


「馬鹿娘。お前はこの状況がわかっていないのか?」


 父でした。私の頭を思いっきり殴って、私とヴァン様の時間を奪った罪は大きいですわ!


「なんですか。お父様。墓地のエルダーリッチは倒して来たのですか?」

「あんなもの相手にもならん。暗黒竜の餌だ」


 そうですか。瞬殺だったということですね。


「仕切り直しだ。いったん引くぞ。宝物庫に無かったらしい」


 え?宝物庫に無かった?それでは勝てませんわ。仕方がありません。


「王子たちはどちらに?」

「聖堂だ」


 それが無難ですね。聖堂は国典がない限り人の出入りはありませんので、被害を抑えられます。私は転移の陣を敷きます。そして、結界をそのままにして私達は聖堂に転移をします。

 魔女さん。そのまま魔術を放って魔力を消費しておいてくださいな。




「それで、説明してくれるのだろうな」


 聖堂に転移をした私はヴァン様に上から見下ろされて説明を求められています。


「クソ虫。お前は知る必要はない。お嬢様にはこのアリアがいればよいのです」


 合流したアリアに睨まれているヴァン様。


「おい!宝物庫になんて無かったぞ。怪力女!」

「フェル。命の恩人にそのようなことは言ってはいけないよ」


 私に突っかかる第二王子のフェルグラント殿下と第二王子を諫める王太子殿下。そして、眉間にシワを寄せながら肋骨に添え木を巻かれている国王陛下に、その手当をしている兄デューク。


 王族特有の金髪碧眼率が高いですわ。


「リラどうするつもりだ?」


 私の横で腕を組んで赤い目で見下ろしてくる父。


 はぁ。カオスですわ。そもそもあれはゲームの情報ではなく、古文書を調べて得た情報だったので、初めから『あるかも?』ときちんと疑問符で言っていましたわ。


「取り敢えず、お茶にでもしましょうか?アリア。皆様のお茶の用意をお願いできるかしら?」

「かしこまりました」


 アリアは私の言葉に返事をして、空間に手を差し込みます。そして、大きな円卓を取り出して床に置きます。次いで椅子を人数分取り出し、設置していきました。亜空間収納ですわ。

 アリアはそこまで攻撃魔術に特化しておりませんが、補助魔術が得意なのです。アリアの亜空間収納には色々助けられましたわ。


 席につき、アリアが入れてくれたお茶を一口飲みます。相変わらず美味しいですわ。


 そして、私は目の前に座っている金髪碧眼の男性に向かって頭を下げます。


「陛下。申し訳ありませんでした」

「何のことで謝っているのだね」


 うっ!それを言われると答えにくいですわ。


「肋骨を折ってしまったことですわ」

「君の計画が破綻したことではなく?」


 破綻···まだ、破綻はしていません!ここまでは順調に進んでおりました。そう、順調に。




 あれは11年前のお茶会の日。第二王子をギャン泣きをさせたあと、5つ歳上のエルヴァルト王太子殿下に一室に呼び出され、ニコニコとした笑顔で、小言を言われていたときでした。


「シュテルクス侯爵令嬢。君が英雄の末裔だとしても、やって良いこととやっては悪いことがあるとは思わないですか?」

「私は剣を振るう練習をしていただけですわ。それでなぜ泣かれるのか私にはわかりませんわ」


 私は王太子殿下に、ただ剣を持つ練習をしていただけだとうそぶきます。その時、ふわりとなんだか嗅いだことがある匂いが鼻をかすめました。しかし、一瞬すぎてわかりません。


「練習?君はあの第3騎士団長と対等に戦っていたと噂を耳にしましたが?」

「まぁ、父と対等になんて無理ですわ。私は剣術は全く習ったことありませんもの」


 またですわ。頭がクラリとする匂い。そこに侵入してくる者が現れます。


「俺は絶対に負けを認めないからな!」


 第二王子のフェルグラント殿下が、部屋の扉を勢いよく開け放ち、入ってきました。そして、その後ろには天色の髪をゆるく結い、同じ様な蒼天の色をしたドレスを身にまとった王妃様が第二王子に付き添うように立っておられました。

 もしかして、私は王妃様直々に怒られるのでしょうか?


 そして、そのお二人が入ってきた瞬間、思考が霞むほどの甘ったるい匂いが部屋の中に充満しました。

 これは!私は私の背後に控えているアリアに視線を向けます。アリアもその匂いに顔をしかめていました。


「窓を開けていただいてもよろしいかしら?今日は少し暑いですわね」


 お茶会をするにはよい天気だったので、私の言葉に不自然を覚えることもなく、この部屋づきの女性と思われる人が窓を開けてくれました。風の魔術を使い、外からの空気で部屋に充満した匂いを薄めます。


「王妃様、おつけになっている香水はとても良い匂いがしますわ。何処の香水を使っていらっしゃいますの?」


 王妃様はこの国の方ではいらっしゃらないので、お国の物を使っているのかと、確認しました。すると王妃様は首を傾げて否定されました。


「香水の匂いがしましたか?わたくしはあまり得意ではないので強い香水は使っていないのですよ」


 となると、これは確定です。ゲームでは王太子も第二王子も第三王子も出てこないので、おかしいとは思っていたのです。ゲーム開始時点で彼らはもう····。

 しかし、これだと根本的に考えを改めなければなりません。情報の整理が必要ですが、今の状態をどうにかしなければなりませんわ。


「王妃様。国王陛下と交えてお話したいことがあるのです。早急にです。お時間を私にいただけないでしょうか?シュテルクスの名を持つ私が願います」


 シュテルクスの名に掛けて王と話しがしたいと、王妃様に願いました。これは命をかけることと同意義に捉えられる言葉です。

 私が騒ぎを起こしたために、国王陛下は早々に私達がいる部屋に来てくださいました。また、何かをしたのかと思ったのでしょう。

 しかし、目の前にいる王族の方々はキラキラして私の目には痛いほどですわ。それに国王陛下に全く萌え要素がありません。叔父と同じですわ。


「それで、シュテルクス侯爵令嬢は人払いまでして何が言いたいのかね?」


 国王陛下から尋ねられたので私はずばっと答えます。


「王妃様と王太子殿下と第二王子殿下は毒を盛られていますわ」


 私の言葉に息を飲む音と国王陛下の背後にいる近衛騎士団長の剣を抜く音が重なります。


「最近弟が植物に興味を持ち始めましてね。陛下の妹君であるマーガレット様の置き土産の毒草だらけの温室がきっかけではあったのですが」


 私は一番下の弟が興味を持ったのは、王族のマーガレット様が持ち込んだものだと、きちんと説明をしておく。そうでないと色々面倒なことになりそうだからです。


「そこには多種多様な毒草があるのですが、葉自体は匂いはしないのですが、体内に入ると甘ったるい匂いを発する物があるのです。それは徐々に思考能力を低下させ、体を蝕み死に至る毒です。甘い匂いは周りの者に影響します。その昔は宗教的な儀式に使われたりもしたそうです」

「魔女の誘惑か」


 おお、国王陛下はご存知でした。流石ですわ。


「話が早いですわ。この毒を抜くことは一筋縄ではいかないこともご存知でしょうか?」

「知っている」


 国王陛下の言葉を聞いて私は考えます。一番毒を盛られているのは王妃様でしょう。そして、次に王太子に第二王子ということになります。普通なら王位継承のゴタゴタだと思うところですが、現在いる3人の王子の母親は王妃様なのです。ですから、そこで王位継承の争いという話ではないと切り捨てられます。あと、二人王女がいらっしゃいますが、その母親は第二側妃様と第四側妃様であり、第三側妃様は現在身ごもっていらっしゃます。私としては妻が4人もいるのかと突っ込みたいところですが、王族としては必要なことなのでしょう。


 話がずれましたが、この国に王女に王位継承権があるものの、女王は立つことはないと父から聞かされておりますので、やはり、王位争いではないでしょう。では私怨でしょうか?


 女王は立たない。しかし、未来では王女メリアングレイスしか・・生き残らなかった。

 そう、裏切りの英雄の兄として存在している兄ですら、ゲームに出来なかったのです。王族の血族であるにも関わらず。


「国王陛下。例えばの未来の話をしてもよろしいでしょうか?私は敵は隣国だと思っていたのですが、もしかしたら、敵はこの国の奥深くに存在しているのかもしれません」

「ほぅ。シュテルクスの名を出してまで私を呼び出したのだ。その例えば・・・の話を聞かせたまえ」


 私は名前は濁し、とある王女の話をしました。王女は国の為に動くけれど、裏切りにあい、ただ一人生き残った王女が見た風景は瓦礫になった王都の姿だったという話をです。


「そこで、未来の私は王女に剣を向けるのです。英雄の血統である私が立ちはだかることで、王女が守るべきものが全て灰燼化するのです」

「お前が悪いってことじゃないか!」


 私の言葉に第二王子が遮ってきました。まだ、私の話の途中です。


「そこには両殿下がおられないのです。フェルグラント殿下はこの意味がおわかりになりますか?」

「ふ···ふん!お前が怖くて逃げたって言いたいのか」


 第二王子は私のことが怖いのですか。あれは少しやりすぎたようです。もう少し剣の量を減らすべきだったのですね。


「フェル違うよ。そのときには私達は生きていない。シュテルクス侯爵令嬢はそう言いたいのだよ」

「え?」


 流石王太子殿下です。私の言いたいことがおわかりになったようで。


「シュテルクス侯爵令嬢。もしかして、君は魔女の復活を示唆しているのかね」


 国王陛下がそのようなことを言ってきました。その言葉に私は首を振ります。ここまで話しながら私は考えをまとめて行きましたが、国王陛下の言葉には肯定の意を示すことはできません。


「現状では、その答えに行き着きません。ただ、この場に『魔女の誘惑』に侵された方々がいらっしゃるのです。肯定もしませんが、否定もしません」


 ただ、私は気になっていたのです。なぜ、英雄の血統の私は王女に剣を向けたのかと。それも突然にです。


「ただ、その物語の過程で、村人の突然の消失。そして、魔物の大量発生。その後に起こる倒し難いSクラス級の魔物の発生。それが一定の時期が経つと王都に向かって死の王と共に王都を蹂躙しだす。これはまるで·····」

「まるで魔女イーラが王都を取り返そうと襲ってきた話と同じだと?」


 国王陛下が私の言葉を引き継ぐようにおっしゃりました。


「細かいところは違うが、王族を己以外を抹殺しようとし、人の死体から魔物を作り出し、人の命を使って深淵に住む魔の物を呼び出し、死の国を作り出そうとした女王イーラティーミアが復活したと言いたいのかね」

「ええ、シュテルクスは初代国王がこの地を取り戻すために世界の果てまで行き、契約を交わした者。魔女の魅了に掛からない者。唯一魔女に対抗できる者。だから、未来の私は王女に立ちはだかった」


 ああ、これならしっくりときます。あのゲームはあれで王女の勝利だったのです。王女という地位で王位を手にするにはどうすればいいのか。

 王族の直系を全て消し去ったあとに、叔父や兄を含めた王家に連なる者。そして、王家に近しい血を持つ公爵家の者。王女が幾度か降嫁している侯爵家の者。辺境と王家の繋がりの強化の為に婚姻が繰り返された辺境伯の者。上位貴族の殆どを滅ぼそうとした行為だとみれば、あの物語は成り立つのです。


 いいえ、違いますね。あれは魔女の勝利だった。殆どの貴族を滅ぼし、民を滅ぼし、国という形を無くした国の王に普通は価値を見出しはしません。


 恐らく王女は途中まで王女自身でした。王女が王女でなくなる瞬間が何処かにあったはずです。その時からシュテルクスは王女の敵となったのです。

 しかし、コントロールしている主人公の中身がいつ魔女に変わったのか、それは全くわからりませんでした。何かそのきっかけがあったはずです。


「そう言えば、過去に倒した魔女をどうしたのか。物語にはありませんでしたわ」


 かの世界では魔女狩りとして火炙りが一般的だったようですが、初代王とシュテルクスはどうしたのでしょう。


「ああ、古い文献には魔女の身体は火で燃やそうしても燃えなかったから、身体を水晶化して細かく割って地下深くに埋めて、その上に中央教会を建てたと記してあった」


 陛下が教えてくださいました。そのような文献は我が家の書庫にはありませんでしたわ。王家の禁書というものに当たるのでしょうか?


「水晶化ですか?」


 肉体を水晶化する魔術とはどういうものでしょうか?


「今はどこにあるかわからないが、クリスタルドラゴンから作り出した肉体を魂の牢獄にするというアイテムらしい」


 なんて、恐ろしいアイテムですか!自分の身体が魂の牢獄だなんて。しかし、中央教会ですか····


「あっ!」


 そう言えばと、ふと脳裏によぎるモノがあります。


「どうした?」

「中央教会に喋る絵ってありませんか?」

「そんなものないだろう」

「行ったことありますけど、なかったですよ」

「お前、馬鹿だろう。絵が喋るはずない」


 第二王子。一言多いですわ。

 しかし、ないのですか。ゲームでは困っているとヒントをくれる天使の絵がその中央教会にありましたの。ですが、あるイベントが終わってから全く話さなくなったのです。病が流行っているという村に薬を届けるというイベントです。薬を得るにはその天使の絵に話かけないと貰えないので、必然的にそのイベントを攻略するには、絵に話かけることになるのです。


「その話聞いたことありましてよ?」


 なんと王妃様がご存知でした。


「私が嫁いできた頃に、肝試しみたいに言われていました。なんでも、月の光に当たった天使様の絵が話し出すと。最後まで話を聞く者は願いが叶えられるなんて言われていましたわ」

「え!母上その話本当ですか!」


 第二王子が願いが叶えられるという言葉に反応しました。そんなわけないと思いましてよ?王妃様もそんな第二王子の姿を笑って答えます。


「ふふふ、話をしてくださった方は叶わなかったとおっしゃっていましたわ。その代わり色々な知識は手に入ったらしいです。まぁ、今ではその知識を領地のことに使われているのでしょうね。マーガレット様は」


 ん?マーガレット様?毒草の温室を持っていた第一夫人のマーガレット様?獣を意のままに操るように使用人にけしかけていたマーガレット様?


「アリア!マーガレット様を確保するようにして!そして、お父様に速攻戻って来るように連絡!」

「かしこまりました。お嬢様。暫しお側を離れます」


 アリアは私に頭を下げて、その場から消え去りました。


「え?消えた?」

「エルヴァルト。あれぐらいで驚くことはないアルフェードなら当然だ。マーガレットか。あれも中々の野心を持っていたから、シュテルクスに押し付けたのだが。しかし、マーガレットが王妃と息子たちに毒を盛る意味はない」


 その通りですわ。マーガレット様では王位継承権は無いに等しい。そして、息子である兄デュークはシュテルクス家の嫡男として存在しているのです。現状で兄デュークに王位が回ってくることは皆無です。


「例えばですが、マーガレット様は実験だったのではと考えるとどうでしょう。我が国で女性王族が王位に立つことはできません。その意に反する者がいるかどうか。その者が野心の為に言う通りに行動が出来るかとかですね。はっきり言って、私が先程言った未来の話は一人では無理なのです。協力者が必要だと思いませんか?」


 私の言葉に国王陛下は難しい顔をしております。


「私はシュテルクスとしてこの国の為にを振るうと父に誓いました。しかし、主は持たずシュテルクスとしてです。敵が王族の中にいるかもしれない現状では妥当だと考えます。ただ、私個人の力は些細なもの。この後どう動かれるかは国王陛下にお任せします」


 私は陛下にシュテルクスとして剣を持つことを言いましたが、王族の為に振るうのではなく、国の為に振るうことを宣言しました。

 国王陛下は難しい顔をしたまま深くため息を吐きました。そして、王妃様と二人の王子を見ます。


「国の為に死んでくれないか?」


 国王陛下は選択をしたようです。その言葉に二人の王子は驚きの表情をしておりますが、王妃様はニコリと微笑んでいます。


「ええ。喜んでお受けいたします」


 死を望んだ王に対して王妃はそれに応えた。個人的な意志など関係なく、全てはこの国の為に。




 その後王太子であるエルヴァルト殿下は貴族の嗜みである『狐狩り』に行ったところで流れ矢に運悪く当たり、落馬してそのまま命を落とされました。

 王太子を失った王妃様は体調を崩し、第三王子と共に療養するために王家所有の王都から離れた離宮に住まいを移されたものの、そのまま儚くなられ、第三王子も流行り病で命を落とし、第二王子は馬車の事故で命を落とした。

 という筋書き通りに事が運び、国王陛下は貴族の達に喪に服して国葬をするべきだと言われたにも関わらず、国王陛下はする必要はないと一蹴したそうです。

 まぁ、皆様は生きており、現在王妃様の母国で解毒の最中ですもの。

 ですが、その頃から国王陛下はおかしくなったと、噂をされるようになりましたわね。



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