第7話◇妹よ。なぜお前は、モノに釣られてふらふら出てくるのだ?


デューク Side


「ということがありました」


 俺はあの日にあった出来事を団長とギルバート顧問に話をした。すると団長からは呆れたようにため息を吐かれ、ギルバート顧問は伝説の剣に暗黒竜が封印されていることに驚いていた。まぁ、普通は封印されているような物を自分の父親に持たそうとはしないだろう。


「相変わらず、あの親子は仲がいいのか悪いのかわからないよね。それに今回のことはリラちゃんが何かをするために動いているっていうことがわかったよ。ランドルフまで動かして何をしたいのだろうね」


 だから、俺に聞かれても知らないものは知らない。


「シュテルクス副官。リラシエンシア嬢が昨日屋敷に居たということは、今もいるっていうことでいいのか?」


 団長が妹の所在を聞いてきたが、俺は妹ではないので、知らない。だが、屋敷にいるかどうかぐらいはわかる。


「妹は俺が出ていくよりも早く屋敷を出ていったので、数日は戻ってこないでしょう」

「数日?どういうことだ?」


 だから、俺は妹じゃないって!


「大体数日置きにぬいぐるみ切れを起こして屋敷に戻って来ていると我が家の執事が言っておりましたので、昨日戻ってきていたということは、ぬいぐるみ切れを起こすまでは戻ってこないのではないのでしょうか?」

「ブハッ!ぬいぐるみ切れってリラちゃんもう16歳だっていうのに、そういうところは可愛らしいね」


 ギルバート顧問は耐えきれず吹き出していた。あの妹のぬいぐるみの収集癖は使用人の中では常識だが、他人から見れば幼く映ってしまうのだろう。

 父上の剣の収集癖もそうだが、最近は一番下の弟の収集癖が問題になってきている。一番下の弟は植物を愛で始め、温室から始まり今は屋敷の庭全体が弟の監視下に置かれているのだ。だから、妹が魔術を使って水やりをしていて幼い弟に怒られているという姿をよく目にしていた。そう、一番下の弟も普通ではなかったのだ。


「では、シュテルクス副官。リラシエンシア嬢が戻ってきたら私に連絡をするようにしてくれ」

「了解しました」


 団長は3ヶ月の間、妹が現れないということで、とうとう折れたのだろう。俺の心の平穏の為に、いや、この国の平穏の為に妹と団長は上手くいって欲しいものだ。



 この時はそう思っていた。妹が戻ってきた時に団長が妹ときちんと向き合って気持ちを伝えることができれば、全てが丸く収まると。俺はやっと肩の荷が降りる思いでいたのだ。

 俺は忘れていた。妹が言っていた言葉を忘れていたのだ。


『そのうち、戦が始まります。1年、2年の話ではありませんから安心してください。しかし、それまでにお兄様の剣の腕を上げておかないと命を落とすことになる大規模な戦ですわ。だから、お兄様のためでもあるのです』


 妹と取引したあの時の言葉を忘れていたのだった。


 そう、結局団長の言葉を実行する機会は与えられなかった。それどころではなくなったのだ。隣国レイシス王国からの宣戦布告が出されたのだ。そして、それに合わせるように各地で魔物の被害が増えていった。

 この国に存在する騎士団を全て投入しても解決出来ないほどのことが一度に起こった。


 北側の国境でレッドグリズリーが暴れているだとか、西側の国境付近は隣国との戦が混戦を極め、死者が大多数に上っているだとか、南の湖に氷魚が現れ湖を凍らせているだとか、東の国境でヒュドラが現れ、毒の大地を作りだしているだとか、東西南北全ての国境に問題が発生しているのだった。

 だから、国は中央に王都を守る最低限の騎士だけを配置して、それ以外の騎士団の全てを国境に向かわせたのだ。


 そして、俺たちは毒の大地と化している東のヒュドラの討伐の担当になってしまった。

 はっきり言って無理だ。現地に立ってみて、それがヒシヒシと感じられる。俺たち第3騎士団と第4騎士団が充てがわれたが、戦力が足りなすぎる。

 いや、国の思惑もわかる。隣国との国境である西側に大多数の人数をさきたいということも理解できる。


 だが、一騎士団は団と名が付いているものの、大隊規模にすぎない。各騎士団によって人数にバラツキはあるものの五百人から千人規模だ。そのバラツキは守護する場所によって異なる。王都周辺ともなると第1から第10までの騎士団が存在しているため、騎士の人数は最低限のおおよそ500人。だから、ここには千人の騎士と二千人の従騎士が存在している。これを多いと捉えるか少ないと捉えるか。俺は少ないと感じてしまった。


 ヒュドラは遠目で見てもその大きさは100メートルはありそうだ。身体の長さではなく長い首を持ち上げている高さの話だ。あの首を誰が切り落とせる?それが4つもあるのだ。そこまでたどり着く地面は毒の沼になっており、進むだけで毒に侵され死に至るだろう。


 ここにいる者達も逃げ腰だ。本当にこの魔の物を倒すのは自分たちだけなのだろうかと。


 俺たちはヒュドラからかなり離れたところで、天幕を張り、そこで第3騎士団と第4騎士団の者達と、どうすべきかと話し合いの場をもってはみたものの、解決策は見いだせず、俺たちは途方にくれていた。いや、ダヴィリーエ団長だけが、さっさと頭を潰してしまえばいいと言っているのだ。だから、それができないから、第4騎士団長も頭を抱えているのだろう。それに、この場でそんなことができるのはダヴィリーエ団長だけだ。


 空気が沈んだ通夜のような天幕に入ってくる騎士がいた。その騎士曰く、どうやら冒険者たちが手を組まないかと言ってきているらしい。こちらとしてはありがたい話ではあるが、まずはどのような作戦を立てているのか聞いてみるべきだと、代表者というものを天幕に呼び寄せたのだ。


「お初にお目にかかります。自分はラウドシャルというクランの代表をしております。ベルウッドと申します」


 優男の剣士という風防の男であった。防具としては最低限胸当てだけを身につけ、あとは恐らく魔術的な防御が施されているであろう衣類と外套を身にまとっていた。冒険者とは荒くれ者たちの集まりという印象が強いが、そうでない者もいるようだ。


「実はですね。冒険者ギルドからの依頼を受けてこの場に来たのですが、相手が相手だけに戦える者がクランの中でも私だけというのが現状なのですよ」


 使えなかった。冒険者と言ってもあのヒュドラを前にして怖気づいたということか。ダヴィリーエ団長以外の人たちに落胆の色が見えた。期待をしていた分その落差が顔に出てしまったようだ。


「そこに今巷で噂になっている『お嬢様に付き従え糞虫共が!』のチームが来ましてね」


 俺はその名前に思わず、茶器が置かれているテーブルに頭を打ち付けてしまった。因みに俺は副官の立場なので話し合いには混じらず、団長と副団長のお茶くみ係に徹していた。


 アリア!二人がチーム名に興味がないからと言ってなんていう名をつけているんだ!


 俺は直様団長に視線を向けると、腰を上げそうになっている団長の側にすぐさま駆け寄り、時間はありますので最後まで話を聞いてくださいと出ていこうとする団長を諌める。


「赤髪のメイドが言うには、同時に4つの首を切り落とさないと直ぐに肉体の再生が始まるため、あと2人の人員を出せと言ってきたのですよ」


 そう話しながらベルウッドと名乗った者はクスクスと笑い始めた。きっとアリアに人間以下に扱われながら、人手を貸すように言われてきたのだろう。


「ですから、あのヒュドラの首を切り落とせる者を一人、騎士団からお借りできないかと思いまして、勿論お礼は致します。今回の冒険者ギルドからの報酬と『お嬢様に付き従え糞虫共が!』からも報酬をいただくことになっていますので、そこから4分の1を渡すというのでいかがでしょうか?」


 まぁ、人一人を貸す報酬としては貰いすぎなような気もしないが、首が4つで4等分と思えば妥当かもしれない。しかし、良くそのふざけた名前を笑わずに言えるものだな。


「こちらからは私が行きましょう」


 そう言ってダヴィリーエ団長が立ち上がった。そのことに異論を唱える者はこの場にいなかった。きっと内心自分を指名されなくてよかったと思っていることだろう。副官の俺は無関係なのでそのような考えは初めから持ってはいない。俺は戦力外通告を受けているからな。


「それで、冒険者の····残り二人と話をすることができますか?」


 あ、うん。団長がアリアが付けたチーム名を言いたくない気持ちはよくわかる。散々アリアからけなされてきた言葉だ。


「ええ、それは必要なことでしょう。同時に首を斬るとは些か無理難題と思っておりますから」


 ベルウッドという冒険者とダヴィリーエ団長は細かな作戦を決めるために天幕を出ていこうとする背後に俺も付き従う。一応、俺はダヴィリーエ団長の副官だからな。決してアリアにチーム名の文句を言うわけではない。


 天幕から出て、少し離れたところに冒険者らしき集団と少し離れたところに、とても違和感のある存在がいた。


 俺たちの存在を目にしてこちらに歩み寄って来たのは、クランの者と思われる者と赤髪のメイド服を着た者だった。


「ネズミがいるということは、もしかして第3騎士団なのですか?」


 妹至上主義のアリアから冷たい視線を向けられた俺は、頷くだけにとどめた。因みに俺は戦闘には関わらないので、騎士の隊服のままだが、団長を含め他の騎士達は全身に魔鉄の鎧を身に着けている。そのため、個人の特定は難しくなっている。長年共にいれば背格好や行動の癖で個人の特定はできるものだ。そして、ここ数年で俺はアリアの中でやっと哺乳類まで昇格できたのだ。ただしネズミ呼びだが。


 本当ならどこの騎士団がいるのか騎士団の旗を掲げるのだが、今回何故か国からの命令で騎士団の旗を掲げることを禁じられたのだ。この命令の意味はどういうことなのか未だに俺は理解できないでいた。


「まぁ、いいでしょう。取り敢えず、4人で同時にあの首を切り落としてください」


 アリアのその言葉にベルウッドは困ったような表情をした。


「いくらなんでも作戦もなしに突っ込むのは、よろしくないと思いますよ」

「ふん!お前とそこの羽虫が息を揃えれば、あとは、あの方々がタイミングを合わせますので問題はありません」


 アリアはそう断言した。確かに父上ならそれも可能だろう。だが、妹はどうだ?

 俺はその妹の方に視線を向けるが、白銀の巨体の後に隠れているのか姿が見えない。


「彼らと話をさせてもらえますか?」


 羽虫呼ばわりされた団長は、そのことを気にすることもなく、後方にいるフルプレートアーマーを身にまとった二人と話をしたいと言った。


「羽虫にはその資格などありません!」


 アリアはばっさりと切り捨てた。団長はその言葉を聞いて俺に視線を向ける。はぁ、わかってますよ。

 いつまで俺がこれを持ち歩かなければならないのか、不満に思っていたが、今日でその役目とおさらばできるのなら、清々するものだ。

 俺は常時背負っていた背嚢から紙袋を取り出して、団長に差し出す。背嚢の容量の大半を占めていた大きな油紙の袋だ。その行動にアリアから不可解な視線を向けられるが、俺は団長の命令を聞いているだけだ。


 団長はその油紙の袋から中身を取り出す。


「あ!うささん!」


 馬鹿な妹が反応した。妹が初代うささんと呼んでいたピンクのうさぎのぬいぐるみを、執事クロードに頼んで同じ工房で作ってもらっていたのだ。勿論本人にはプレゼントにするので黙って欲しいと念押しをするのは忘れなかった。


妹は隠れていた父上の影から出てきて、ふらふらとこちらに寄ってきた。その姿にアリアのため息が聞こえてくる。団長は俺たちと距離を取るように場所を移動するが、妹がふらふらとうさぎのぬいぐるみ追いかけて移動しているので、必然的に団長の元にたどり着くのだ。


 妹はうさぎのぬいぐるみ受け取ろうと手を伸ばすが、団長はぬいぐるみを頭上に掲げ、妹に何かを話しているようだ。遠くで声が聞こえないというのもあるが、二人共全身を覆う鎧を身につけているので、その鎧の動きで予想するしかない。

 しかし、妹は団長の言葉に答えているようではないので、ぬいぐるみを受け取れないでいた。そして、妹はぬいぐるみを取ろうとジャンプまでしだす。

 これで鎧を身に着けていなければ、微笑ましい絵面にはなったかも知れないが、色違いの鎧同士がピンクのうさぎのぬいぐるみの取り合いをしているのだ。どちらかといえば気味の悪さの方が勝ってしまう。


 そして、団長は妹が動きを止める何かを言ったようだ。それにより妹がフルフルと震えだす。


「あの妹も泣くことがあるのか?」


 いや、わざと人を陥れるために泣かれたことがあるが、それ以外で妹が泣いた姿など見たことなかった。


「何を言っているのですか?あれはお嬢様が萌えているだけです」


 背後からアリアに解説されたがモエているってなんだ?


「燃えている?」

「萌です」


 ····ちょっと俺には理解不能な言葉が出てきた。俺にはきっと一生わからないことだろうと、その言葉は頭の隅に追いやっておく。


「アリア。君に聞きたいことがあるのだが」

「今ですか?」

「そうだ。いつも君は妹の側にいるから聞けないでいたのだが、母上を殺したのはアリア、君なのか?」


 俺はここ数年のモヤモヤしていたことを聞いてみた。


「何をおっしゃっているのです。マーガレット様は嵐の日に川の氾濫が心配だと出ていかれて、そのまま川に流されてお亡くなりになられたではないですか」


 もう、それ自体が不可解なのだ。俺の母親は正に貴族の鑑と言っていい人だった。そして、いつまでもこの国の姫君のままの人だった。誰もが自分の言うことを聞くのが当たり前だという考えの持ち主だった。

 そんな母上が嵐の日にわざわざ自ら足を運んで氾濫しそうな川を見に行くだろうか。絶対に行かない。それなら、誰かに行かせて、自分はその報告を待てばいい、そういう考えを持つ人だ。


「母上の上がってきた死体にはミミズ腫れの跡や獣の噛み傷、足の腱を切られ、右手の爪は剥がれてなかった。そして、片目がえぐられたのか空洞だった。事故にしては不自然過ぎる。父上に取り合ってもアレは事故で死んだとしか言わなかった。アリア、君じゃないというなら、いったい誰が母上を殺したというのだ?」


 俺は振り返りアリアの顔をみた。だが、その表情はいつもと変わらず真面目な顔をして、妹と団長の攻防を目にしているのだった。


「ムチ打ちはよくありました」


 アリアがぼそりと話始めた。確かに母上は使用人に対して、よくムチを振るっていた。


「屋敷でマーガレット様の目に入ってムチを打たれなかったのは、貴方と旦那様ぐらいでしょう。

 気に入らないからと言って木に縛り付けて獣に襲わせていることもありました。その使用人は首を噛み切られ亡くなっております。

 腱を切られたのは私の姉ですね。幼いお嬢様を守ろうとしたのが気に食わないと動けないように足の腱を切られました。

 爪を剥がれたのは私の母です。ミランダ様を擁護することを言ったので罰として、両手の爪を剥がされました。

 目をえぐられたのは執事クロード様です。マーガレット様に命令するとは生意気なといわれ、片目をえぐられました。クロード様の右目は義眼ですよ。気がついていませんでしたか?

 あと気に入らないと言われて殺された者が5人、マーガレット様に意見をして生意気だと言われて殺された者が6人。

 お陰で、シュテルクスの方々に仕えるために存在するアルフェードの数は激減しました。旦那様が必要ないと判断されれば、我々にとっても必要ない存在。貴方はまだお嬢様に必要とされているから生かされているということをお忘れなく」


 そう言って、アリアは俺の横を通り過ぎていった。


 母上は使用人たちを換えのきく道具のように扱っていたことは知っていた。母上は己が行ってきたことを自らの身で体験して死んでいったのだろう。表向きは民を思いやる侯爵夫人としての名誉を与えられ死んでいった。


 そして、時を同じくして次女のローラも流行り病で死んだ。ライは騎士団に入団する最後の試験で落馬して打ちどころが悪く死んでしまった。

 考えすぎかも知れない、子供が成人を迎えるまで生きることができるのは半分だと言われている。だから、ローラの事もライの事もよくあることの一つに過ぎないのだ。だが、母上の不審死に疑問が湧いてくればローラの死もライの死も俺は疑ってしまうのだ。

 二人とも殺されたのではないのかと。

 だが、今の俺には真実を知るすべはない。なぜなら、俺は父上の子ではないからだ。ここまで叔父上と似ていれば····いや、王族特有の金髪碧眼であれば、父上の血は引いていなのは明白。そう、叔父上の母上も先代国王の妹であり、俺の母上は現国王の妹だ。二人の血縁関係は再従兄妹ということになるだろう。今現在存在している国王の子よりも俺は王族の血が濃く流れているのだ。皮肉なものだ。


「まさか、漆黒の剣士殿があれほど、面白い方だとは思いもよりませんでした」


 ベルウッドがクスクスと笑いながら俺に声をかけてきた。面白いというより子供っぽいというかんじだろう。

 そして、妹は漆黒の剣士と呼ばれているようだ。では···


「あちらは白銀の剣士とでも呼ばれているのですか?」


 父上の視線は俺がここに来たときから、ヒュドラから一時も離されてはいない。あれは己の敵を見定めたときの父上の姿だ。


「あの御仁は『豪傑の魔剣士』殿ですね。あの御仁が一人いるだけで、戦況をひっくり返すことができる。我々が初めて出会ったのは中核都市シャルドンのスタンピードでしたが、強者という者はこういう御仁の事をいうのかと見せつけられた戦いでした」

「わかりますよ。自分では決してたどり着けない高みですね」


 俺の言葉にベルウッドは人の良さそうな顔でニコリと笑った。その笑みに俺は内心警戒感を強める。妹が何かを企んでいるときと同じ笑顔だ。


「彼らはどこの何方なのでしょうか?」


 何を探ろうとしているのだ?俺はいっそ警戒感を高める。


「突然現れた凄腕の冒険者。そんな者はその辺に転がってはいないでしょう。国の思惑で動いていらっしゃる方々でしょうか?」


 国の思惑?ああ、それぐらいなら答えられる。


「それは違うでしょう。恐らくただの私利私欲です。あのように、場違いにも甚だしいぬいぐるみをもらって喜ぶようなヤツです。国の思惑に踊らされるようなヤツではありませんよ」


 逆に国王陛下でさえ、そうとは気づかせないように動かしてしまう妹だ。どちらかと言えば国の命令を受ける側ではなく、国をさり気なく動かそうとすることだろう。ん?国を動かす?何かが引っかかる。だが、モヤがかかったように要領を得ない。まあ、いいか。


「おや?あのチームの主導権は魔剣士殿にあるのではないのですか?」


 どこをどう見れば父上に主導権があるように思えるんだ?父上は魔剣というエサで釣られて良いように扱き使われているだけにすぎない。チーム名からしてもわかることだろう。


「ベルウッド殿はチーム名を言っていたではないですか。そのままですよね」

「え?あのチーム名は冗談で付けられたのですよね」


 そうか、世間的には冗談として捉えられていたのか。アリアの本心がダダ漏れのチーム名を。


 そのアリアは妹にピンクのうさぎを渡されて絶対に汚さないようにと念押しをされていた。笑顔を妹に向けて『ようございましたね、お嬢様』と言っているものの、団長に向けて殺気をぶつけている。器用なものだ。


 そして、俺はそのアリアの横で四人の背中を見送った。

 黒い鎧を着た者が、騎士の鎧を着た者に何か話しかけているが、一人ウキウキ気分だということが見て取れる。そして、白銀の鎧を着た者に頭を叩かれているが、気にする事無く話し続け、無視をされた白銀の鎧の者は大剣を抜き横一線に振るった。

 それに対し黒い鎧の者は長剣を抜き大剣を受け止める。その行動に四人の中で唯一衣服をまとっている剣士が驚き、二人から距離を取るが、騎士の鎧を着た者はいつものことと歩むペースを乱さない。


「チッ!羽虫の癖にお嬢様のご機嫌を取るのだけはお上手なようです」


 俺の隣ではぬいぐるみを抱えたアリアが舌打ちをしていた。


「何故、アリアは団長のことを羽虫呼びをするようになったんだ?それまで、普通に話していたよな?」


 以前から疑問に思っていたことを聞いてみた。確か俺が従騎士だった頃は団長の事を普通に“ダヴィリーエ様”と呼んでいたはずだった。しかし、いつの間にか『クソ虫』だとか『羽虫』などと団長を虫けら呼びをするようになっていたのだ。


「ふん!ご自分の気持ちに素直になれない愚か者は虫扱いで十分です」


 アリアにも団長の妹への気持ちはバレバレだったようだ。


 そして、前方の4人はというと、白銀の鎧の者が黒い鎧の者をヒュドラに向けて投げ飛ばしたため、騎士の鎧の者が慌てて追いかけていき、それにつられ剣士も駆けていく。作戦も何もあったものじゃない。いや、元々アリアは作戦という作戦は口にはしていなかった。

 父と妹は似た者同士であるがゆえに、相性が悪いのだろう。同族嫌悪というものだ。


 だが、共闘するには互いの力を利用している。ヒュドラが向かって来る黒い鎧の存在に気が付き、4つの口が大きく開けられる。しかし、黒い鎧の魔術で茨の様な蔦で頭部を覆われ口を閉じられたかと思えば、巨体がひっくり返った。

 遠目にはひっくり返ったとしかわからないが、どうやら白銀の鎧の者が足場を崩したらしい。毒素が染み込んだ大地のかけらが宙に舞い散った。それを機に他の二人が剣を抜く。

 決着は一瞬だった。4つの首が同時に切り離され、叫ぶことも許されなかった魔の物は、そのまま巨体を毒の大地に沈めていった。


 そして、黒い鎧の者が長剣を大地に突き刺したかと思えば、黒と紫が混じったような濃色だった大地が赤茶けた大地の色に変化をした。

 相変わらず妹の魔術はめちゃくちゃだ。普通という常識を何処かに置き忘れてしまったようだ。


 毒素が消えたことで、冒険者達が巨体に群がっていく。恐らく素材の採取でもするのだろう。

 白銀の鎧の者はなんだか物足りなかったと言わんばかりに、不服そうな雰囲気を醸しながら戻ってきており、黒い鎧の者は騎士の鎧の者の腕を捕まえるようにして抱きかかえている。


「ヴァン様、リラは今日はとても幸せです。会えると思っていなかったヴァン様に会えて、うささんのぬいぐるみまでいただくことができたのですもの」


 数ヶ月間、団長と会っていなくても、妹は妹のままだった。本当に団長しか見ていない妹のままだった。だったらこの数ヶ月間は何だったんだ?


「リラシエンシア嬢。いい加減に私の質問に答えてくれないか?君はいったい何をしているんだ?」


 どうやら、団長は妹に妹の行動の理由を聞き出していたようだ。しかし、妹は団長の質問には答えてはいないようだ。


「ふふふっ。それは秘密です」


 妹は含み笑いをしながら言葉を濁した。そして、妹は団長から手を離して距離をとる。


「ヴァン様。私はヴァン様のことが大好きですわ」


 妹はそう言って父上の隣に立った。その背後にはいつの間にがアリアの姿もあった。そして、瞬きをした瞬間。3人の姿が消えた。今までそこにいた3人が忽然と姿を消したのだ。


「もしかして、転移というものを使ったのか?」


 団長が困惑したように言った。『転移』それは失われてしまった伝説級の魔術だった。


 その後、妹と会うことはなかった。本当に偶然だったのだろう。

 

 

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