第6話◇妹が騎士団に来ないことを俺に聞かれても、そもそも来ていることの方がおかしいのだ
デューク Side
「最近、リラちゃん。来ないよね」
淡い茶色い猫っけの髪に鳶色の瞳をした40歳ぐらいの第3騎士団の顧問であるギルバート様がつまらなそうに俺に聞いてきた。
「来てないですね。ギルバート顧問、暇でしたらあちらの書類をさばいてくださいませんか?」
俺はローテーブルの上に積み上がった書類の山を指し示し、ギルバート顧問に手伝って欲しいと言ってみた。まぁ、答えはわかりきっていることだが。
「それは君たちの仕事で、僕は指導したり相談を受けたりすることが仕事だからね。書類を捌くのは僕の仕事じゃないよ」
やはり、わかりきった返答が返ってきた。しかし、書類の溜まるペースが最近はとても早く感じている。捌いても捌いても減るどころか、増えていっているのだ。
「それで、リラちゃんはどうしているのかな?」
ニコニコと俺に聞いてきているがその目は笑っていない。俺に聞かれても俺はあの妹ではないので、今どうしているかなんて知らない。
「ギルバート顧問、妹は別に騎士団に関係ないですよね。ギルバート顧問が妹がどうしているかなんて知る必要はないと思います」
俺が関係のない妹のことなど、ギルバート顧問が気にすることはないと言うと、俺が先程指した書類の山を今度はギルバート顧問が指し示した。
「実害が出ているから聞いているんだよ」
実害。それは大いに出ている。俺にではなく、ダヴィリーエ団長にだ。確か、最後に妹がこの第3騎士団を訪ねてきたのは、王女メリアングレイス様の誕生祭の前日だった。団長と前夜祭に行きたいという我儘のために王族の権力まで振りかざし、団長を連れ出したのだった。
いつも思うが、妹の物事に対する基準はおかしいと思う。あの時も、世にも珍しい『人魚の涙』というものを王女に献上したらしい。一粒で国が買えるとまで言われる品物だ。誕生祭で話題になり、その日の内に妹を問いただせば、あっけらかんと言ったのだ。
『あら、お兄様。人魚の涙なんて、とあるダンジョンに沢山ありますわよ?行き方が特殊なだけで、お祖父様の専属冒険者にお願いして、マールメイラ商会に運んでもらいましたのよ?』
そう、妹の普通を逸脱した行動に拍車を掛けているのが、妹の母親の実家であるマールメイラ商会が妹のバックにいることだ。そのマールメイラ商会はここ十年で今まで以上に力をつけ、伯爵の爵位まで金で買ったと言うではないか。恐ろしいことだ。
話がズレてしまった。今の問題は団長のことだ。
今まで一ヶ月と置かず、妹は何かと用を作り出して、団長をデートに誘い出していたのだ。それが、ここ3ヶ月程パタリと来なくなってしまった。あの前夜祭の夜を最後にだ。
しかし、その後も屋敷では普通に過ごしていたから、前夜祭が原因ではないことは確かだ。
「団長はその内、落ち着くのではないのですか?ですので、ギルバート顧問、手伝ってください」
「だから、僕はリラちゃんがどうしているのか聞いているんだって!」
妹がどうしているか····。
「昨日、『初代うささんがご臨終されてしまいました』と大声で叫んでいるのは聞こえてきましたね」
「え?ご臨終?」
妹のその言葉だけ聞いても意味不明だ。だが、妹の収集癖を知っていれば予想はつく、恐らく3歳の誕生日の時に父上にねだった、ぬいぐるみのことだろう。それが、壊れてしまったと。
しかし、俺からすれば、10年以上もあの妹の馬鹿力に耐えたことの方が驚きだ。
「確かピンクのベルベット生地で作られた3歳の子供より少し小さめの、うさぎぬいぐるみです。あれは取られないように、常に持ち歩いていたから、良く覚えています」
「ああ、マーガレット様にってことだね。ヴァンフィーネル、戻ってきたのなら、さっさと、そこにある書類を片付けてくれないかなぁ。新米副官が僕に仕事をさせようとするからね」
新米って、副官になってもう3年は経つのに。はぁ。
そして、部屋の入口のところにいつの間にか団長が立っていた。団長はここ1ヶ月程、殆ど団長室には居ないのだ。いや、書類を処理しようと席には着くのだ。しかし、ため息から始まり、ふとした時に書類をぶちまけ、舌打ちをする。そして、俺が外に追い出すのだ。『
団長はいつも通り積み上げられた書類を取り、無言で俺の机の前を通り過ぎ、席に着いて書類をめくり始めた。そして、ギルバート顧問が団長に詰め寄って行く。
「ヴァンフィーネル。リラちゃんと何かあったのかな?」
ギルバート顧問、それはストレートに聞きすぎです。
「何もありません。ギルバート顧問」
しかし、団長は直ぐにギルバート顧問に答えた。団長自身は心当たりはないと。
「ふーん、喧嘩したわけでもない?」
「ありません。···なんですか?ギルバート顧問」
団長の機嫌が急降下していくのが手に取るようにわかる。
あの妹が団長と喧嘩するときは恐らく、団長に別の女の影があるときじゃないだろうか。いや、それは喧嘩じゃないな。それはきっと恐ろしいことが起こりそうな気がする。
では何だ?どうもここ最近屋敷に帰っていない日が多くあるようだ。まさか!!·····いや、止めておこう。
俺は考えるのを止めた。止めたというのに!!
「じゃ、リラちゃんの方が心変わりしたってことかな?」
「あ゛?!」
ギルバート顧問!俺はその考えは停止させましたよ!それこそあり得ないし!見てください。すごく団長が睨んでいるじゃないですか!
「君も素直になって、リラちゃんの婚約者に収まっておけばよかったんだよ。団長に昇進して伯爵位を賜ったときにさぁ。功績なんてリラちゃんは気にしないよ?」
ギルバート顧問はそう言うが、英雄の名を掲げるシュテルクスという者達は、普通ではないのだ。
昔、団長に言われた言葉の意味がわからなかったが、今ならよくわかる。『我々非才な者は努力するしか強者に近づくすべはない』という言葉。
薄々は感じてはいた。俺は父上の様には成れない。妹の様にも成れない。根本的に何かが違うのだ。その横に並び立てるかと問われれば『無理だ』と答えるだろう。
そして、妹は『功績など気にしない』のは当たり前だ。妹自身には自分の強さ、それに影響力もわかってはいない。そんな妹から
「だって、そのためにリラちゃんは第二王子との婚約を解消までもっていったんだし」
「「は?」」
俺と団長の声が重なった。妹に婚約者がいたなんて初耳だ。あの妹に婚約者!それも第二王子って···
「もしかして、妹が殺した」
第二王子って確かアレだろう?馬車で移動中に谷底に落ちて、未だに死体が上がってきていないという。あの妹ならありえそうだ。
「死んでないよ。僕は婚約解消っていったよ。それに、公にはなっていないけど、第二王子は母親の元で療養中。婚約解消になった事件はその前の話。確かリラちゃんが10歳の頃···」
「ちょっと待ってくださいギルバート顧問。今おかしな事言っていましたよね」
「シュテルクス副官。僕の話を聞く気があるの?ないの?」
ギルバート顧問に目が笑っていない笑顔を向けられて言われてしまえば、俺の些細な疑問など封印して、ギルバート顧問の話を聞かねばならない。しかし、俺は疑問を聞かなかったことを後になって後悔するのだった。ギルバート顧問は知っていたのだと。
「リラちゃんが10歳の時に3人の王子と2人の王女の婚約者候補や側近候補を集めたお茶会があってね」
ああ、確かにその様な茶会もあったな。あれが国王陛下の王子や王女が集まった最後のお茶会と言われている。
「リラちゃんの婚約者として内定していた第二王子のフェルグラント殿下がリラちゃんを試そうとしたらしんだよ。フェルグラント殿下は剣の才能に秀でていたからね、シュテルクス侯爵家の力なんて所詮噂だってね」
ギルバート顧問の話の内容はこうだ。13歳になるフェルグラント殿下は大人の剣士を倒す程の腕前をもっていたらしい。俺からすれば羨ましいかぎりだ。だから、英雄の血を途絶えさせないために設けられた婚約に不満があったらしい。英雄という過去の人物のために、老婆のような白髪と婚約をしなければならないことの不満。いや、実際に妹に言ったらしい。
『おい、お前。英雄の子孫だというなら、俺を剣で負かせてみろ!俺が勝てばお前との婚約は破棄だ!そんな老婆のようなヤツが俺の婚約者だなんて、恥ずかし過ぎる』
と、言ったそうだ。あ、団長!ペンをバキバキに折らないでほしいです。それも騎士団の備品なんで。
その時の妹は容姿をけなされたにも関わらず、フェルグラント殿下ににこりと微笑み言ったそうだ。
『フェルグラント殿下、申し訳ありませんが、私は一度も剣を持ったことがないので、剣を持つ練習をしてもいいでしょうか?』
と、答えたそうだ。確かに妹は剣を持つのを頑なに拒んでいたため、剣を持ったことがないのは本当のことだ。その妹が王族の前にして剣を持つと言ったのだ。そして、こうも言ったそうだ。
『でも、初めて剣を持ってフェルグラント殿下を怪我でもさせてしまったら、大変ですので、国王陛下から許可をいただけませんか?私が
普通であれば、持ったことすらない剣を王族に向けることで怪我をさせてしまったら
【お前など弱すぎて私の相手にもならない。お前がふっかけてきた喧嘩で怪我をして、こっちに罪があると言われては、たまったものではない。お前が国王陛下から許可をもらってくれば、相手ぐらいしてやる】
という意味にフェルグラント殿下は感じたらしい。そして、フェルグラント殿下は父親である国王から私闘の許可をもらうため、その場を離れ、国王陛下自身を連れて、その場に戻ってきた王子が目にしたものは、白髪の少女の横に大量に用意された剣の山だった。
『あ、フェルグラント殿下。そこに立って暫しお待ちください。今から剣を持つ練習をしますので』
妹は自分から少し距離が開いた正面を指して、その場に待つように言ったのだ。これは言葉通り、剣を持ったことすら無く、振るう練習をするために少し時間が欲しいとのだろうと。しかし、大量の剣の山の意味がわからない。
正面に立ったフェルグラント殿下は腕組みをして待ちの姿勢になった瞬間、顔の横に何かが通り抜けたのだ。
『お嬢様。それでは剣を握る力が弱いようです。もう少し強めに』
『わかったわ』
そう言って妹の付き人が妹に新しい剣を手渡したそうだ。これは妹の侍女のアリアのことだろう。妹至上主義の使用人だ。
渡された剣を妹は振り切ったそうだが、今度は地面に当たり
『お嬢様。それでは力が強うございます。もう少し力を抜いてくださいませ』
『剣って難しいですわ』
次に妹は付き人から渡された剣を振るうと妹の手からスポリと離れ、フェルグラント殿下の首元ギリギリを掠め、飛んでいった。
『おい、やめろ!』
フェルグラント殿下がやめろと叫ぶ足元に突き刺さる
『え?でもフェルグラント殿下が望まれたのですよね?王族が簡単に発したお言葉を取り消すのですか?』
妹の言葉に流石のフェルグラント殿下も口を噤まざる得ない。それから、剣の山が無くなるまで、フェルグラント殿下はふるふる震えながら涙目で、迫りくる剣の刃に耐えきったそうだ。
剣の山が無くなって胸を撫で下ろすフェルグラント殿下に向かって妹は満面の笑みを浮かべて言ったそうだ。
『フェルグラント殿下。やっと剣を持てるコツを掴みましたわ。
そう、妹の足元に転がっている
その場にいた国王陛下は箝口令を命じたらしいが、悲しいかな、人の不幸を喜ぶ人は少なからず存在するのだ。人の口には戸は立てられない。
13歳のフェルグラント殿下が10歳のシュテルクス侯爵令嬢に私闘を申し込み、勝負をする前にフェルグラント殿下が逃げてしまったらしいという噂が貴族たちの間に広まってしまった。
フェルグラント殿下は外に出ることがなくなり、そのまま静養という形をとり王都を出ることとなり、事故が起こったという流れらしい。そして、必然的に妹との婚約は解消となった。
このことで、国王陛下は妹に罰を与えるどころか、王女メリアングレイスの取り巻きの一人として充てがったのだ。シュテルクスの力を当てにしている采配かと思いきや、妹にはシュテルクスの力を扱える能力はないと判断されたらしい。
この話を聞いて俺は思った。全て妹の思い通りになったのだろうと。あの妹ははっきり言って恐ろしい。父上も恐ろしが、それは強者としての恐怖だ。俺はあの妹の中身が悪魔だったとしても驚かない。逆に納得してしまう。ああ、やっぱりそうだったのか、と。
この話で一番大事なことは、妹は何も悪くないということだ。王族の命令には従わなければならない。しかし、自分は剣を持ったことがない。命令どおりに行動して殿下を怪我させたことで不敬だと言いがかりをつけられ、罰せられることは避けたいので、この国で一番権力がある国王陛下からの許可が欲しいと言ったのだ。
そして、国王の目がある中。剣の練習を始め己の無能さを披露する。そんなときでも殿下に傷一つつけていないのだ。恐ろしい。折れた
あれは正にバ····いや、あれこそが英雄の力ということなのだろう。
「という話。リラちゃんの
ギルバート顧問はそう言うが、“したたかさ”というよりも、俺は恐怖しか感じない。団長、そこは頷かないでください。
「月に一度は来ていたそのリラちゃんが、この3ヶ月もの間、第3騎士団に来ていないっていうことは異常なことだよね」
ギルバート顧問、普通の部外者はそんなに頻繁には来ませんよ。妹の行動が異常なだけです。
「まぁ、気になる噂話を聞いてシュテルクス副官に確認したかったのだけど、君が知らないとなると、水面下で何かをしているってことなのかな?」
気になる噂話?いつも思うがギルバート顧問の情報源ってどこからなんだ?普通では耳に入ってこない話を良く知っていたりするよな。
「ギルバート顧問。リラシエンシア嬢の噂話とはなんですか?」
団長がギルバート顧問に問い詰めるように聞いている。はぁ、なんだかんだと言って、団長は妹のことが好きなんだよな。なぜ、妹の前ではあのように否定的な言葉を口にしているのか俺には理解できないが、団長もあの妹に対する一筋縄ではいかない想いというものがあるのだろう。
「リラちゃんの噂話じゃないけど、ここ最近話題になっている冒険者の話なんだよ。3日前に中核都市シャルドンの近くのダンジョンでスタンピードが起こったって報告が上がっていたよね」
確か、中核都市シャルドンから西に4km行った先に上級者が潜るダンジョンがあるのだ。10日前にダンジョンから魔物が溢れ出し、丸3日間の戦闘となったらしい。元々上級者が潜るダンジョンであったために、それなりの手練の冒険者が集まっていたらしい。そこで中核都市シャルドンを背にして正に戦と言っていい戦闘が繰り広げられたらしい。
まぁ、全て報告書に書いてあったことで、冒険者なんぞに手柄を取られるとは、騎士団は何をしていたのかという国からの叱咤が書かれた報告書だった。いや、第3騎士団と中核都市シャルドンは騎獣で移動しても3日はかかる距離にあるのだから、そういうことは、第15騎士団に言って欲しいものだと内心愚痴ってはいた。
そのスタンピードが問題なのか?まさかそれも妹が引き起こしたものだと?あの妹なら犯罪まがいのことも平気でしてそうだ。
「とある冒険者チームがとても活躍していたらしい。変わった者達で、一人は白銀のフルプレートアーマーを身にまとった大柄の人物で大剣を振り回して戦っていたらしい。もう一人も漆黒のフルプレートアーマーを身にまとっているが、背格好からどう見ても女性だろうと噂が立っているんだけど、その女性らしき人物も身の丈程の長剣を振り回して戦っていたらしい。そして、その二人に付き従うように赤髪のメイドが口汚く魔物を罵りながら攻撃魔術を放っていたらしい」
その赤髪メイドは絶対アリアだろう!妹よ!お前はそこで何をしていたんだ!いや、スタンピードの進行を止めてはいたのだろう。しかし、それは侯爵令嬢の仕事じゃない!
「まぁ、話からすると口の悪い赤髪メイドはリラちゃんの侍女だと思うんだよ。赤髪はシュテルクスの子飼いだってとある筋では有名だからね」
ギルバート顧問!とある筋ってなんですか!ギルバート顧問の後ろには何が付いているのですか!
「となると、漆黒のフルプレートアーマーはリラちゃんだと思うのだけど、白銀のフルプレートアーマーの人物は誰だってなるわけ、もうこうなるとリラちゃんは君に見切りをつけて新しい男に·····僕を睨みつけてもねぇ。さっさと動かなかった君が悪いんじゃないのかな?」
団長はギルバート顧問を射殺すように睨み付けているが、ギルバート顧問にとっては団長の睨みなど、脅しにも何もなっていなさそうだ。
それはそうだろう。あの父上と長年共にこの第3騎士団を引っ張ってきたのだ。父上と団長を比べて見ても、団長が凄いことはわかるが、父上は更に高き座に君臨している存在だ。
「まぁ、皆が気にするのもわかるね。その白銀のフルプレートアーマーを身につけている人物の剣が、どう見ても伝説の剣グランレイザードにしか見えないっていう噂だからね」
ん?何か聞いたことがあるぞ。物語の話じゃなく。ここ数年の話だ。
「····あ!!」
あの時に出てきた剣の名前だ。俺の漏れ出てしまった声に二人から強い視線を受けてしまった。そして、団長は席から立ち上がって俺の机までカツカツと足音を立てながら歩いてきて、天板に両手を付いて言ってきた。
「知っていることを全部話せ」
え?俺、団長から尋問されるのですか?
「シュテルクス副官。知っていることを洗いざらい話してね」
ギルバート顧問も団長の横に立ち並んで、話すように促してきたが、俺は何も悪いことをしていないのに、なぜか凄く悪い犯罪に手を染めてしまった気分にさせられている。俺は決して悪くはない!悪いは何も言わずに何かをやっている妹の方だ!
「恐らく白銀のフルプレートアーマーの人物は父上です」
「え?そうなの?当たり前過ぎて面白くない」
ギルバート顧問。そこに面白さを求めないでください。隣で団長が睨んでいるじゃないですか!父上ではなく、他の人物だった場合、団長がすぐさまここを出て行こうとする姿が予想できるじゃないですか!
「確か5年前です。丁度父上が団長職を辞任して退職すると言い出す前です」
そうあの日はたまたま父上と帰りが同じになってしまった日だった。一番下の弟が嬉しそうに出迎えてくれて、剣の先生に褒められたと話していたときだった。因みに一番下の弟は父上と同じ白髪赤目の英雄色を持っている。
『お父様!お帰りなさいませ』
珍しく、あの妹も出迎えに玄関ホールまで出てきたのだ。これはろくなことがないと、俺も父上も足早にその場を去ろうとしたが、妹の方が一枚上手で俺たちの前方を塞いできたのだ。どこの建物の柱を壊してきたのだと聞きたいほどの長く大きな木箱を抱えてだ。
『実はお父様にお願いがあるのです』
『断る!』
妹の言葉に間髪入れず返す父。しかし、妹の心は鋼鉄で出来ているため、それぐらいでは折れることはない。
『お願いというのが、私だけでは手が足りそうにないので、お父様の手も借りたいのですわ』
『断る!』
願い事を言う妹に再び拒否を示す言葉を言う父。
そして、妹は自分の背丈よりも巨大な長い箱を自分の横に立て、箱を頑丈に縛っていた鎖を解き放ったのだった。
『私のお願いを聞いてくださるというならば、千年前にこの大陸を恐怖の底に陥れた暗黒竜バハムートを倒したという伝説の剣グランレイザードをお父様に差し上げますわ』
鎖が解き放たれ蓋が開けられた箱の中には、透き通るような蒼穹を思わせる程の青い剣身に魔石が埋め込まれた柄。その大剣の横には鞘が置かれているが、魔術的な紋様が刻まれ、この大剣が魔剣だということが伺える。
魔の物を屠るために作られた大剣だろうが、一種の芸術品のように美しかった。いや、妹はこの美しさを見せつけるために専用の箱を用意して、鎖で封じてまで持ってきたのだろう。
父上はこれをどう見ているのだろう。気になって横目で見てみると、ふらふらと剣に吸い寄せられて行っていた。
『お父様。リラのお願い聞いてもらえます?』
『何が望みだ言ってみろ。私に何をさせる気だ?』
父上!変わり身が早いです!
『嬉しいですわ。詳しい話はお父様の執務室でお話しますわ』
妹は天使の様なにこにことした笑みを浮かべているが、その心の中は悪魔の様な笑みを浮かべていることだろう。
父上は箱から大剣を取り出した。魔剣の力を抑えるように作られた箱から出された大剣が叫びを上げた。この世界の全てを憎むような慟哭の叫びだ。
いや、剣が叫ぶとはおかしなことだ。だが、俺には叫んでいるようにしか思えなかった。
『なんだ?腹が減っているのか?』
父上は見当違いのことを言ったのだ。剣がお腹を空かせるなんてありはしない。
『お父様の魔力の4分の1ぐらいでいいと思いますわ』
『なんだ?たったそれだけでいいのか?』
たった?たったそれだけってなんだ?魔剣だから魔力を与えるってことなのか?
そして、父上が剣を一振りすると、怒りのような叫びから、甲高い悲鳴のような叫びに変わった。音として表現するなら「ウォォォォ」から「ギャァァァ!!」に変化したのだ。これって大丈夫なのか?
『流石、お父様ですわ。バハムートが封じられた魔剣を従わせるなんて凄いですわ』
妹よ!!なんていう物を持ってきたのだ!それはどこか地下深くに封じておくべき剣だろう。さっきの叫びは封じられた暗黒竜ってことでいいのか?父上はその暗黒竜でさえ恐怖に陥れる程の力を持っているということなのか?
屋敷の奥に向かっている親子の姿を見て思う。あの二人は何かが違うと。
『おにーさま?どうされたのでしゅか?』
俺の足元からの幼い弟の声で我に返った。この弟は父上や妹のようになってほしくないものだ。
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