婚約破棄しようがない

白羽鳥

読み切り短編

「アンリエット、貴様との婚約を破棄する!」


 学園の卒業式後に行われるパーティーにて、ばかでかい声で名指しされた私は、楽しんでいた立食を止め、声の主を振り返った。

 そこに立っていたのは、この国の第一王子ドゥーン殿下。……信じたくはないが、これでも王太子候補筆頭なのである。これでも。傍らには儚げな雰囲気の美少女を抱き寄せ、親の仇のようにこちらを睨み付けている。


「はひほほっひゃっへひふほへふは、ふーんへんは?」

「皿を置け、食いながら喋るな! 全く、こんなガサツな女が婚約者面で王妃の座を狙っていたなどと、こっちまで恥ずかしくなってくる……これだから剣を振るうしか能のない家の出は」


 おい、ちょっと待て。私はともかく家の事までバカにされて黙っていられるか。私は口の中のものを全部飲み込んでから皿を置くと、嫌味なくらい完璧なカーテシーをしてやった。


「これはこれは、ドゥーン第一王子殿下。この度はご卒業、誠におめでとうございます。わたくしのような、剣を振るうしか能のない家の者に、わざわざ何の御用でしょうか?」

「ふん、今更取り繕った態度はよせ、気色の悪い……貴様が、我が愛しのリジョーヌに嫌がらせをしてきた事は知っているぞ!」


 言われて『リジョーヌ』と呼ばれた令嬢を見ると、こちらに目を合わせぬよう、さっとドゥーン王子の後ろに隠れた。あら可愛い。


「なるほど、リジョーヌ嬢とおっしゃるの。それで、殿下はそちらのお嬢さんとのご結婚を考えておられるのでしょうか? それとも、ただの一時的な交際を?」

「結婚に決まっているだろう!! 確かに彼女は男爵令嬢だ……将来の王妃となるには難しい身分。だが愛があればどのような障害であろうと乗り越えられる。そう、貴様と言う障害もな」


 今日が卒業式とは言え、もうお酒を召されたのかしら。ご自分の台詞に酔っていらっしゃる。


「話が見えませんが、わたくしがどのような障害になると言うのでしょう? リジョーヌ嬢と婚約したいのであれば、わたくしではなく陛下にお伝えするところでは?」

「とぼけるな!! 婚約者である事を笠に着て、リジョーヌに嫌がらせをしていたのは知っているぞ! もう貴様のような女が妃になるなど、耐え切れん! 婚約を破棄させてもらう!!」


 嫌がらせ、と聞いて再び視線が『リジョーヌ』に向く。その表情は俯いていてよく見えない。王子は彼女を庇うように、私の視線を遮った。


「嫌がらせとは、穏やかではありませんわね。詳しく伺ってもよろしくて?」

「貴様、まだ白を切……」

「こちらが、殿下が独自に調査したものでございます」


 ずい、と書類の束を差し出すのは、第一王子の部下のウェルヴ。彼との付き合いも長いのよね。


「ウェルヴ、貴様勝手に……」

「アン様が認めなければ、この場で突き付けてやるのだとおっしゃっていたではありませんか」

「私が合図すれば、だ。使えない奴め!」


 がなる王子をよそに、自称『いじめリスト』を捲っていく。出るわ出るわ……これだけの事をされて、学園はさぞ行き辛かったでしょうね。そう、内容は全て、学園で起こっていた。


「殿下……」

「どうだ、認める気になったか!?」

「わたくしの年齢を覚えておいでですか」


 これまでの流れと全く関係ない質問に、ドゥーン王子は「はぁ?」と間抜けな声を上げた。


「バカにしているのか、貴様は。私より五つ年上の二十三歳だろう……全く、リジョーヌの事がなくてもこんな年増を宛がうなど、父上は何をお考えなのか」


 おい今、年増っつったなガキャ……覚えたからな。私は引き攣りそうになる表情筋を無理矢理笑顔に変えて取り繕った。


「その通りですわ。殿下が学園に入学された時には私は二十歳……とっくに卒業しています。そんな私がどうやって学園での嫌がらせをしていたのでしょう?」

「そんなの、取り巻きを使ってやらせたに決まっている! 現に実行犯を捕えて吐かせたところ、私の婚約者に命じられて仕方なく従ったと言っていたぞ!!」

「その婚約者とは、一体どなたの事なのですか?」


 私の問いに、王子の目は見開かれる。顔が真っ赤になり、立てた青筋がピクピクしていた。


「貴っ様、言うに事欠いて、それを私に言わせるか……良いだろう、このパーティーの参加者全員に聞かせてやる。未来の王妃リジョーヌを迫害したのは、第一王子の婚約者で現将軍の妹アンリエット=ルソワ……貴様だ!!」


 ビシリと指を突き付けられ、時が止まったようにその場に静寂が訪れた。しばらくして、ざわざわと会場に音が戻り出す。うん、みんなポカーンとするしかないよね。

 ドゥーン王子はもう言い逃れできないだろうとドヤ顔をしているが、もうこれ、種明かししちゃってもいいかな?


「……恐れながら殿下、今の発言にはいくつか誤りがございます」

「ふん、往生際の悪い……いくつか、だと?」

「ええ。まず大前提として、わたくしは殿下の婚約者ではございません」


 私の指摘に、王子は最初、何を言われているのか理解できないようだった。指をこちらに突き付けたまま、呆気に取られている。


「う、嘘を申すな! 貴様が婚約者でなければ誰だと言うのだ!?」

「知りませんよ……自称取り巻きの方々にお尋ねになったら? ついでに申し上げますと、現在殿下の婚約者は正式には決まっておりません。数年前に辺境伯令嬢をご紹介した際にも断られていたではありませんか」

「あ、あんなの豚を側妃にして自分を良く見せようという、貴様の浅ましい魂胆であろう!? 大体、私を愛しているのであれば、側妃を嬉々として勧める正妃がいてたまるか」


 だから正妃とか側妃とかでなく、婚約者自体がいませんって話だってば。


「二つ目の誤りですが、わたくしはルソワ将軍の妹ではございません」


 バトー=ルソワ侯爵。現在三十歳の今を時めく若き将軍。

 たくましい鋼の肉体と、爽やかな風貌、謙虚な性格と、たくさんの御令嬢から熱い眼差しを送られているイケメンである。かく言うわたくしにとっても自慢なのだ。


「また見え透いた嘘を……貴様は幼い頃からバトーを『お兄様』と言っては追い回していたではないか。あいつからもたまに妹の愚痴を聞かされた事があるぞ!」

「その妹の名を、将軍からお聞きになられましたか?」

「いや……だが、どう考えても貴様の事であろうが!」


 はあ……仮にも婚約者だと思い込んでいたのなら、相手の家族構成くらい頭に入れておけよもう。まあ、こいつにとって私なんぞそれくらい適当にあしらってもいい存在だったんだろうな。


「将軍の妹君は、ルイーズ殿です。あまり仲がよろしくないため、一緒にいるところをご覧になる機会はなかったのでしょうが、正真正銘お二人はご兄妹ですよ」

「ルイーズ=ルソワだと!? 私のクラスメートではないか……何故今まで将軍家だと言わなかった!?」


 いや、家名で分かるでしょうよ。確かに見た目はインテリっぽくて肉体派の将軍家のイメージとはかけ離れてるけど。今も注目されて不機嫌そうに眼鏡を直す様からは想像できないだろうけれど、素顔は割と似てるんだよね。(指摘すると両方から嫌がられるが)

 当然だけど私の顔立ちとも違うので、将軍の妹である私(誤解)に似ていない=将軍の妹じゃないって図式に、あのバカの中ではなってたんだろう。


「ちなみにわたくしが『お兄様』と呼んで慕っていた理由ですが、幼い頃は病弱だったため、健康な体作りをしておきたかったのと」

「病弱!? 誰がだ」

「お黙り下さい、幼少期の話です。それと殿下がお生まれになった事で、わたくしは剣をもってお守りするのだという使命感から、陛下に頼み込んで将軍家で鍛えてもらう事にしたのですよ。バトーお兄様とはそれ以来、兄妹のように育ちました」


 ドゥーン王子は十歳の時に初めて引き合わされたと思っているが、私の方は赤ん坊の頃からよく知っている。殿下のために、と言われて悪い気はしないのか、気持ちの悪い笑みで踏ん反り返られる。


「ふ、ふん……そんな幼い頃からこの私に惚れているのではないか。いくら愛されていないからと言って、女が淑やかにせず剣に走るなど、妃として方向性は間違っているがな」

「ですからわたくしが惚れているのは殿下ではなくですね……いえ、愛がないのかと言えばない事もないのですが、男女のそれはあり得ないと言いますか」


 いい気分になっているところをバッサリ叩き落され、王子の額に青筋が走った。この男、自分から捨てるのはいいが、女の方から自分に気はないと言われるのが我慢ならないのだ。どこからそんな自信が湧いてくるのやら。


「無礼者! さっきからおかしな事ばかり言いおって、婚約者でも将軍の妹でもないのなら、一体貴様は何だと言うのだ!?」

「ままー」

「!!?」


 激昂した王子の喚きに、可愛らしい幼児の声が重なった。見るも天使の如く愛らしい男の子が、精一杯おめかししてトコトコ歩いてくるではないか。


「ソージャ!」

「ままー、抱っこ!」

「はいはい」


 あー、もう世界一可愛い! いやアリコも可愛いけど。

 抱き上げて頬擦りをしていると、王子が毒気を抜かれたように呟く。


「何だ、その子供は? どこから入った?」

「そう言えば殿下とお会いするのは初めてでしたか? 近々お城に挨拶に伺うつもりでしたが、ちょうどいいですわ。バトー=ルソワ侯爵の嫡男ソージャです。さ、王子様にご挨拶なさい」

「おじちゃん」


 ぶっ! と噴き出しそうになるのを堪える。おじちゃんと言われてしまった方は、真っ赤になってプルプル震えている。


「き……貴様」

「殿下、子供の言う事です」

「そっちじゃない! さっきそいつは貴様を『ママ』と言っていただろう」


 指を差してはいけませんと習わなかったのかしら。まあソージャもやってるんだけど、小さい子と同レベルってどうなのよ?


「はい、わたくしがこの子のママですから」

「!? あがっ」


 衝撃のあまり、顎が外れそうになっている。そこまで驚かなくても……あ、でも直前まで私の事、婚約者だと思ってたんだっけ。


「アン、何の騒ぎだ?」


 そこへルソワ将軍が赤ん坊を連れて人混みをかき分けるようにして近付いてくる。キャーッと黄色い歓声が上がった。相変わらずおモテになる事で。


「殿下が何やら思い違いをなさっていたようなので、改めてわたくしの家族を紹介していたところです。殿下、将軍が抱いている超絶可愛らしい女児がわたくしの第二子で長女のアリコですわ。将軍との愛の結晶ですの」

「あ、愛の……結晶……将軍、との」


 王子の顔が真っ青になった。赤くなったり青くなったりと忙しい御方だ。一方、彼の隣で縮こまっていたはずのリジョーヌ嬢はキラキラした瞳で拍手をしている。


「とてもお似合いだと思いますわ!」

「ありがとう、嬉しいわ」

「ふ、ふざけるな! バトー貴様、よくもぬけぬけと! アンも私の婚約者でありながら、これは不貞だ! 密通は重罪だと分かっているのか!!」


 婚約破棄したいんじゃなかったのか。結婚したい相手がいて、忌々しい婚約者だと思っていたのが実は違っていて、何が問題だと言うのだ。


「殿下、ご自分のおっしゃっている事がどれだけおかしいか、お気付きにならないのですか? わたくしは貴方の婚約者ではないと、申し上げているではありませんか。いえ、はっきり言いましょう。天地が引っ繰り返っても婚約はあり得ない!!」

「黙れ、この汚らわしい女を牢にぶち込め! 将軍共々密通の罪で処刑してやる!!」

「いい加減にして下さい!」


 私たちの言い合いに、鋭い声を割り込ませたのはウェルヴだった。


「殿下、アン様が婚約者などとわたくしは初めて聞きましたよ。何だってそのような思い込みを?」

「貴様も無礼だぞ! 十歳の時に引き合わされて、『これからは貴方様を立派な王にするため、おそばで支えさせて頂きます』と言ったんだぞ? 私を愛しているのかと聞くと、それも肯定した。婚約者以外の何だと言うのだ」

「はあ……」


 ウェルヴは天を仰ぎ溜息を吐く。ルソワ将軍……夫のバトーも呆れたように耳打ちしてきた。


「あれはお前も悪いぞ。誤解されるような言い回しをして」

「だってぇ……」


 ショボンとすると、ソージャが頭を撫でてくれる。うちの子マジ天使。


「あのですね、ドゥーン殿下。アン様は……アンリエット殿下は、貴方の姉上ですよ」

「……は?」


 ウェルヴにそう説明され、王子――弟のドゥーンは信じられないと言いたげに目を見開く。周囲を見渡しても、頷く者、気まずげに目を逸らす者、などなど……学園の生徒はドゥーンが吹聴するのを真に受けていたが、知っている人は知っている。


「嘘だ……私に姉などいない」

「おりますよ。肖像画を何度もご覧になられていたし、姉君だとご説明したではないですか」

「あの、母上に抱かれた赤ん坊の絵だろう? だが、姉上は死んだと……」


 あー、そこから勘違いが始まってるのね、なるほど。将軍家に世話になってからドゥーンに引き合わされるまでの間、肖像画が描かれていなかったのも悪かったか。


「あれは現王妃アルジェ殿下ではなく、わたくしの母ローラですわ。お母様たちは双子で揃って王家に嫁したのです」

「で、では死んだというのは……」

「母です。出産して体が思わしくなく、そのまま……わたくしも未熟児で、いつ死んでもおかしくないと言われておりました。その後、アルジェ殿下が男児を御産みになられた事で、遠慮もあってわたくしは城から距離を置いていたのです。もちろん、弟を支えるための協力は惜しまないつもりでしたわ」

「弟……」


 呆然と床を見つめたまま、がっくりと項垂れるドゥーン。元々嫌がってたんだから、そんなにショック受けなくていいじゃない。まあ、私もまさか実の弟に婚約者だと思われていたなんて気付けなかったんだけどさ……もしも疎まれる事なく勘違いされた上で受け入れられていたら……ブルブル、ないないない!


 その時、国王殿下と妃殿下、それに第二、第三王子がご入場された。まあ私の父イーブルと義母アルジェ様、腹違いの弟トロワにカトルなんだけど。ざわつく場内に何事かと訊ねられているが、答えにくいよなあ。


「やあ姉上、何があったの?」

「答えたくもないわ」

「お、お前たち知っていたのか!? この女がその、あ、姉だと……」


 当たり前のように姉と呼んでくれるトロワとカトルの頭を撫でてやると、ドゥーンが弾かれたように顔を上げてまたも指差す。


「兄上、なに寝言言ってるの?」

「知っていたも何も、最初から姉上って呼んでるじゃない」

「そ、それはてっきりこいつが俺の、こ、こん……」


 言いかけて口ごもるドゥーン。そりゃ言えませんよね、こんな恥ずかしい事……まあ遅かれ早かれバレますけども。早速耳に入れた父が大きく溜息を吐き、アルジェ様は扇子で口元を隠し「何て事…」と嘆かれている。

 私が最初に姉だと名乗らなかった理由は、腹違いでややこしかったのと、姉としてではなくとも家臣としてお仕えする所存だったからだ。ただ、立派な王になって欲しいと四六時中そばにいて口喧しくしてしまったのが、ドゥーンの目には恋愛的な意味でしつこく付き纏ってくる婚約者に映っていたようで。

 いや、それにしても……人に聞くなり調べるなりしろよ。知りたくもないほど嫌いか。


「国王陛下に申し上げます」

「発言を許可しよう、アンリエット」

「ありがとうございます。ドゥーン第一王子殿下の十歳の誕生日以来、おそばで……二度ほど抜けさせて頂きましたが――仕えてきました結果、この御方は王太子に向かないのではないかという結論に達しました」

「な……っ」


 いきなり王太子としての資質を問われ、絶句しながらドゥーンは私と父と見比べる。そう、私は何も可愛い弟を守りたいという姉心だけでそばにいた訳じゃない。国王陛下直々に、勅命が下っていたのだ。


「そうだな、姉と婚約者の区別もつかないようでは、さすがにな……」

「ま、待って下さい父上……おいアンリエット!」

「申し訳ありません、殿下。力及ばず……ですが、ご安心下さい。殿下には辺境伯家の婿として、跡継ぎを残されるという道がございます。御令嬢のジャネリス様は聡明な御方。姉を婚約者と間違えるような殿下でも領地経営の傍ら、立派に養ってくれるでしょう!」


 晴れ晴れとした笑顔を向けると、ぽかんとしていたドゥーンはハッと我に返った。


「ジャネリス? 辺境伯だと!? ふざけるな、私には心に決めた女性が……」

「ええ、ですからそちらのジャネリス嬢とご結婚なさるのでしょう?」


 私の言葉に、ビシッと固まったドゥーンが、恐る恐る振り返る。今まで弟の袖を掴んで俯いていた『リジョーヌ』嬢が、ぺろりと舌を出した。


「あら、ここでバラしちゃいますか」

「このままでは自棄を起こして駆け落ちしかねないですからね」

「リ……リジョーヌがジャネリスだと? あの豚が? 男爵令嬢と言うのは嘘か?」


 豚って、仮にも貴族令嬢に向かって……そうなのだ、十二の時にドゥーンに拒絶されたジャネリス嬢に、私は弟を見返してやらないかと声をかけ、五年かけてダイエットした後、偽名で近付けさせた。「Lisjauneリジョーヌ」は「Janeliusジャネリス」のアナグラム。どこに住んでいるのかも「男爵家の世話になっている」とだけ答えさせたので嘘ではない。彼女はドゥーンを落とすまでは実家に帰らない覚悟だったのだ。

 地位とそこそこの見てくれ以外で、こんな弟の何が良かったのか。単に見返すだけにしては執念……もとい、ガッツがあり過ぎる。まあ王太子の資格を失った弟の行く末が心配だったので、ひと安心だが。


「よかったですね、殿下。愛し合っている相手と結婚できて。わたくしも殿下のお守りから解放されてホッとしています」

「ちょっと待て、納得していないんだが! 私は騙されていたのか? これで本当にいいのか、なあ!?」

「いいって事にしといて下さい、わたくしは自分の子供だけ育てたいんですよ。可愛くない弟はもうこりごりです。という訳でジャネリス嬢、あとはよろしく」


 パン、とハイタッチすると、リジョーヌ改めジャネリス嬢は百合のようにたおやかに微笑む。


「お任せ下さいな。さ、殿下……無事婚約も認めてもらえましたし、向こうにいる父に挨拶に行きましょう。この五年で言いたい事が山ほどあるようなので、ちょっと長い話になりますけど」

「ま、待て引っ張るな……ウェルヴ、おい助けろ! 何してるアン、婚約者だろうがー!!」


 見た目に反した怪力でズルズルと引きずられていったドゥーンの姿が見えなくなると、私は残り二人の弟たちの肩を抱く。


「これから大変だと思うけど、頑張ってね」

「はあ……全く姉上は勝手なんだから。あのまま兄上に国を任せる事にならなくてよかったけどさ」

「言えてる、兄上には余計な事に首を突っ込まず、可愛くてしっかり者のお嫁さんに養われてさえいればいいんだよ。それでみんな幸せになれるんだから、ねぇ?」


 左右からフォローしてくれる王子たちに、苦笑するしかない。

 私だって、弟の幸せを望んでいた。だから文句のつけようのない、誰もが讃えるような名君になって欲しかった。だけどその願いが却って反発を招いたのであれば責任を感じるし、あそこまで憎まれていたのは姉として寂しい。


「ままー、かえろ」

「うん、そうね。みんなで帰ろっか」


 腕の中のソージャに言われ、感傷を振り切ると、アリコを抱いている夫と二人並んで義父母の待つ家へ帰る。幼い頃から、母と城での居場所をなくしていた私を、育んでくれた温かい家へ。


「なあ、ドゥーン殿下はアンに一目惚れしていたんじゃないのか」

「はあ!?」


 夫が突然変な事を言い出したので、目を剥いた。あのえらっそーな態度が婚約者に対するものだとすれば、ジャネリス嬢との今後も先が思いやられる。


「決められた婚約であれば、愛しているかどうかなんて、普通気にしたりしない。

お前はどこまでも弟としか思ってなかったし、家じゃ昔から俺に求婚しまくってたから、殿下も何となく感じ取って、想いが歪になっていったんだろうな」


 何それ……私のせいなの? そんな事言われても……

 夫も私を責めている訳ではなく、ただドゥーンを憐れんでいるだけなのは分かる、けど。何となくモヤッとして、反論するため口を開いた。


「私だって、あんな弟でも愛してたわ。だけど姉弟なんだから、婚約しようもないでしょ」

「ああ、その通りだ。今度から、ちゃんとそれを言葉にしろよ」


 子供たちには同じ事して欲しくないだろ、と指摘され、うっと言葉に詰まる。それは、困る……

 反省した私の頭を、夫は優しく叩いた。ああ、私も弟のバカっぷりを笑えないのね……でも、幸せ者だ。


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婚約破棄しようがない 白羽鳥 @shiraha

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