ジニア-1

 ジニアチェインのブリューナクは、腕もしくは体全体が獣化して発動するだろうとタキサイキアは予測していた。事前にスフィアソニードから話を聞いていたからだ。


 魔力量が少ない猫人少女が一気に強くなるほどの魔力増幅。油断などするわけもなく、即座に対応する予定だった。


 だがブリューナクを発動した彼女の姿は、予測とはまるで違っていた。


 身に纏っているのは紺色に近いパーティドレスだった。フロントの丈が短く、後ろが長めになっている前上がりのデザイン。いわゆるフィッシュテールドレスというやつだ。

 肩と腋を大胆に出し、谷間も見せつけている。太ももからチラと見えるガーターベルトが扇情的な印象を与える。


 身長や体格、髪型などは変わっていない。だが目の前にいるのは、さきほどまでの野暮ったい少女ではなく、妖艶な雰囲気を身に纏った女性だった。


 。タキサイキアの瞳に映るジニアの魔力量は、発動前からまるで変化していない。


「なんだそれは、不完全なブリューナクなのか?」


 変身中でありながら勝利を確信したように呟く。一瞬光が放たれると、赤志と戦った時と同様、巨大な狼男になり白銀の甲冑を身に纏った。

 以前と違うのは、その鎧が全身にしっかりと装備されていることだ。


【だとしたらガッカリだ、ジニアチェイン。少しばかり美麗になっただけで満足か? ファッションショー気分なら今すぐ退場してもらおうか! だいたい、ブリューナクを発動したということは周囲にいる人間は────】


 タキサイキアの言葉が止まる。

 周囲には変色した大量の白空魔力エーギフトが舞っている。にも関わらず、人間たちは相変わらず争いを続けている。


魔力酔いドランクになってない……? どういうことだ】

【気づいた?】


 ジニアが凛とした声で言った。彼女のギザギザの歯が、タキサイキアには不気味に映った。


【大量の魔力が舞っているのにどうして人間は大丈夫なのか。どうして……】


 タキサイキアが膝を折った。


【あなただけがそんなに苦しんでいるのか】


 急激に呼吸がし辛くなったタキサイキアは焦る瞳を向ける。


【なにを、した】

【運が無いね。私の力と同時に解放しちゃうなんて】

【何をした!!】


 血走った目を向ける相手に対し、ジニアは人差し指を立てる。


【全員、私と同じ魔力量にしたの】

【……なに?】

【それが私の能力ブリューナク。この広場にいる人間は、全員魔力量が一定の値になっている】


 両手を広げる。タキサイキアは素早く理解した。

 そして理解するには遅すぎたことに気づいた。

 白銀の甲冑にヒビが入り、吐血する。体中が掻き回される気分だった。吐き気と頭痛が止まらない。


【あなたの魔力量は私より多い。私なんて、足下にも及ばないくらいの差がある。だからあなたは祝詞も無視してブリューナクを発動できる】


 荒い呼吸を繰り返すが一向に回復する傾向はない。


【だから魔力量を私と一緒にした。もうわかるでしょ。ブリューナクを解除しないと死んじゃうよ。2リットルのペットボトルに、10リットルの水は入らないんだから】


 言われるがままブリューナクを解除した。多少気分は落ち着いたがそれでも呼吸はし辛かった。


【ふざ、ふざける、な。お前。まさか、俺が……俺だけ……魔力酔いドランクを引き起こすなんて……!!】


 周囲に魔力量が少ない人間しかいないことがジニアに幸いした。もしジニア以上の魔力量を持っている者がいればただの毒にしかならないからだ。


 ジニアの左腕に靄が集まる。靄は鎖のような形になりジニアの腕に巻き付くと、その姿を獣の腕に変えた。

 振り被って、跳躍。美麗なドレスが翻り、爪の刃がタキサイキアに迫る。


 タキサイキアは右目に魔力を流し、情景をスローモーションにする。魔力量が減ったため、両目を使用するのが不可能だったからだ。

 カウンターを放つ絶好のチャンスだったが、今はもう指を動かすのも辛い。両足に力を込めてなんとか後ろに転がり、攻撃を避ける。


 ジニアの攻撃が空を切る。

 それが、タキサイキアが両目で見た最後の光景になった。


 バツン、という音と共に、タキサイキアの右目が弾けた。


【ぐ、ああああああああっっ!!!】

 

 片目を押さえる。鮮血が指の隙間から垂れ落ちる。

 その影響で頭に血が昇ったのか、それとも冷静になったのか。狼の歯を食いしばり、立ち上がると、拳を振り被った。


【殺してやる!!】


 これでタキサイキアはブリューナクも使えず、目による効果も使えない。武器を奪ったことになる。ジニアの狙い通りだった。


 が、問題はここからだった。

 ジニアは両手でタキサイキアの攻撃を防ぐ。その一撃は重く、ジニアは軽く吹っ飛び、スクリーンパネルに叩きつけられる。


【目ぇ、俺の、目を潰しやがって!!】


 悪態をつきながら嘔吐した。


【俺が、気づいてねぇと、思うか! クソ女が! テメェの弱点によ!!】


 ジニアは歯噛みした。自身が持つブリューナクの最大の弱点とは、ジニア自身の戦闘能力が飛躍的に向上するわけではないという点だ。

 同じ魔力量にしたからと言って、相手がすぐさま動けなくなるわけじゃない。

 結局最後は、膂力を用いた戦闘になる。


【ぶっ殺してやる!!】


 タキサイキアが迫る。その動きは精彩を欠いていた。

 ジニアが前蹴りをタキサイキアの鳩尾に入れる。相手が掴みに来たところをスライディングで避け、相手の股下を潜り抜ける。

 すぐさま立ち上がり、爪先で相手の股座を蹴り上げる。獣人とはいえオスの弱点は変わらない。


 苦悶の声を上げ口の端と目から血を流す相手の後頭部に、左腕で作った拳を叩き込む。

 巨大な獣の拳を浴びた相手は、頭から地面に叩きつけられた。


【いける……】


 呟いて追撃しようと拳を振り上げた。

 が、タキサイキアが立ち上がりつつ後ろ蹴りを放つ。狼人ライカンの長身を活かしたリーチの長い攻撃は、ジニアの体にめり込んだ。

 強烈な衝撃にジニアは息ができなくなった。腹を押さえ、蹲る。


 その隙に立ち上がったタキサイキアはジニアの頭を掴み、


【オルァアア!!】


 ボールを投げるかの如く振り上げ、近場のテラスに放り投げた。カフェテーブルとプラスチック製の椅子が弾けるように粉砕され、ガラスが派手な音を立てて割れる。


 悲鳴が聞こえた。テラスの中には避難していた一般人がいたらしい。


【隠れてて!!】


 ジニアが注意を促すとタキサイキアが目の前に迫った。顔に再び蹴りを喰らい店の中に入ってしまう。


【ぐはっ……】

【殺す……殺す……】


 タキサイキアはブツブツと呟きながらジニアに迫る。怒りで周囲が見えてないらしい。

 ジニアは店内にある物を手当たり次第に投げる。どれもこれも面白いように当たるが、相手の歩みは止まらなかった。


【んなもんが、効くがぁ!!】


 ジニアは椅子を掴み相手の側頭部目掛けて振る。屋外の椅子より硬い素材だったため、タキサイキアの首から上が横を向いた。が、衝撃で椅子も砕けた。足の部分しか残っておらず、断面が刃のようになる。


 タキサイキアが雄叫びを上げ、大口を上げた。

 ジニアも声を上げ、刃物と化した破片を突き出す。それは相手の顔を裂き、唯一無事だったもうひとつの目を貫いた。


【ぎゃぁぁああああああああああああああ!!!!】


 タキサイキアは叫び、腕を一心不乱に振り、暴れ狂い、やがて電池が切れたようにその場に崩れ落ちた。


【はぁ……はぁ……】


 ジニアは警戒しつつ近づく。相手の掠れた呼吸音を聞く限り、そして枯渇しかけている魔力量を見る限り、もう立ち上がれないことを理解する。


【タキサイキア……】

【ああ……あぁ、ちくしょう……。俺の負けか】

【……うん。ごめん】

【酷いな……僕にも……伝えたいことがあったのに】

【わかってる。でも、私も同じ……だから、負けられないんだ】

【ああ……クソ……そこに、いるんだよね。ジニアチェイン】

【うん】

【頼む……僕の、負けだから……頼むよ、約束を……僕のことを、伝えてね】


 ジニアは頷いた。


【わかってる。わかってるよ。ちゃんと、伝える……】


 そういうと、タキサイキアは安心したように意識を手放した。巨大だったからだが維持できず、元の少年の姿に戻る。

 呼吸をしているのを確認すると、ジニアは未だに暴れているグリモワールを鎮圧するために店の外に出た。

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