本郷-1
『トラブルが発生している』
通信相手は武中だった。本郷は立ち止まり、振り返って赤レンガ倉庫の方を見る。暗幕がかけられたように真っ黒だった。光すらも反射していないためか、空間にぽっかりと穴が空いているようだった。
『数は少ないが、グリモワールの残党が暴れてるらしい。連中、手当たり次第に人を襲ってやがる』
「確かなのか」
『毒ワクチンがどうこう喚きながら、いつも通りの魔女衣装だ。赤志云々は関係なく、前から計画を立てていたとしか思えん』
グリモワールは進藤確保以降、風前の灯火となっている。今暴れているのは洗脳魔法関係なくワクチンを恨む者たちによるものだろう。恐らく、連中は最後の花火を打ち上げに来たのだ。
「武中警部。応援が必要か?」
『本庁から来た連中と、覆面警官たちと鎮圧にあたる。本郷、お前は自分の仕事をするんだ』
「わかった。頼むぞ」
力強い返事が返ってきた。
連日の騒動を受け、レイラ・ホワイトシールの護衛ということもあり
『獣人が人を守るよう動いてます! 予定通り、彼らと協力して鎮圧を開始します!』
『今回ばかりは警察の威信などと言ってられん。獣連中と協力するんだ』
他の警察関係者の声が届く。グリモワールの襲撃は予想してなかったわけではない。ゆえに、こういった事態にも迅速に対応ができる。
周囲を見回す。どうやら広場付近は比較的平和らしい。
「本郷さん」
呼吸が荒いままの境が真剣な表情を向ける。何を言いたいのかは理解できる。
「わかっている。武中の援護に向かってくれ」
「はい。承知いたしました! お気をつけて!」
境はすぐに駆けだした。
「んじゃ、俺も移動するかね」
「飯島さんも、どこか行くの?」
「ああ。おじさんにもやることがあるの。ジニアちゃん、本郷のこと頼むぜ」
「うん! わかった」
「普通は逆でしょう。源さん、お気をつけて」
仲良くやれよ、と言い残し飯島は小走りで駅方面へと向かった。
本郷とジニアは仲間のことを信じ、「シシガミユウキ」こと尾上正孝の確保を優先するよう動けるようになっていた。
「しかし、中にいる赤志は大丈夫なのか」
「大丈夫。レイラもいるから」
「レイラは強いのか」
「わかんない。けど、アカシーサムと変わらないくらい魔力を持っていたよ」
魔力量によって強さが変わるのであれば、その言葉には妙な説得力があった。
「なら安心だな。俺たちで先に尾上を捕まえよう」
「うん!!」
その時だった。スマホが振動した。知らない番号だった。
「もしもし」
相手は何も答えない。かわりに、微かに聞こえてきたのは、悲鳴だった。
「……シシガミユウキか」
『そっちの名で呼ばないで欲しいな』
「なら最初からこんな名前を付けるな」
本郷は歩きながら周囲を見回す。どこかに電話をかけている者が多い。この中に尾上がいたとしても見つけられないだろう。
ハンドサインでジニアにも警戒するよう促す。
「お前、どうして俺の番号を知ってる」
『心外だな。一緒に焼きそばを食べた中じゃないか』
「今かけている番号は仕事用じゃなくプライベート用だ。教えてないはずだが」
『藍島景香から聞いたのさ』
「……てめぇ」
手の平に力を込める。相手が鼻で笑う音が聞こえる。
『落ち着け。何も脅したわけじゃない。本郷刑事に伝えたいことがあるといったら快く教えてくれたよ。少し警戒されていたがね。赤志の事や薬の事も交えて必死なフリをしたら同情してくれた。警戒心は強いが情に脆い。いい人間なんだろうな、彼女は』
「やかましい。要件をさっさと言え」
『私は横浜港大さん橋客船ターミナルにいる』
本郷の視線が動く。
『夜とはいえ、そこからでもシルエットくらいは見えるだろう? そこで決着をつけよう。私を捕まえることが、いや……殺すことが、キミの悲願のはずだ』
「……」
『仲間に連絡せず、ここに来い。最も、キミに味方する警察関係者はいるのか? 妹殺しの殺人刑事』
「……尾上正孝」
『なにかな?』
「もうすぐ恋人に会わせてやる」
『……それは、それは。感謝を伝えておこう』
「思う存分伝えておけ。もう二度と口を開けなくなるんだからな」
通話を切った。
「尾上さん?」
「ああ。大さん橋にいる」
ジニアが頷くのを見て駆け出した。野次馬を突き飛ばさないよう、合間を縫うように走り続ける。
すると目の前に、一台のパトカーと、見知った顔が見えた。
「あ! 本郷警部補!!」
来栖が手を振っていた。相方である池谷はパトカーのルーフに片腕を乗せ、空いた方の手を窓の中に入れていた。恐らく、内部に常設されている無線機を手に取ろうとしているのだろう。
「2人も逃げることができたのか」
「はい! 池谷先輩のドラテクマジ半端ねぇっす」
「変なこと言ってる場合じゃないぞ来栖」
池谷がこちらを向いた。
「あれ? 指示は?」
「錯綜している」
「マジっすか。本郷さんは?」
「奴から呼び出しを喰らった」
言い捨てて本郷は歩き始めた。
「奴? 「シシガミユウキ」か」
「どこ行くんすか?」
2人の声に、本郷は足を止めた。
「事前に明確な指示は出ているのか」
「通り魔騒ぎの後は、小柳課長から指示が出されている。お前を手助けしてやってくれ、だと」
池谷が答えた。来栖も首を縦に振った。
「ついて来い」
本郷がピシャリといった。池谷と来栖は呆気にとられたように顔を見合わせた。
「
「了解した!」
「は、はい!」
本郷とジニアが駆け出し、すぐ後を池谷と来栖が追う。新港橋梁を渡り山下臨港線プロムナードへ。
「この歩道、大さん橋前で降りられるのか」
「至る所に階段あるんで行けます!」
4人が走る最中、ジニアが立ち止まった。象の鼻パーク内にあるテラスを少し超えた先にある広場を見下ろしている。
クリスマスの夜ということもあり、綺麗に輝くスクリーンパネルがドミノのように並べられている。有名な観光スポットには微かに人が集まっていた。
他の者も立ち止まって様子を見つめる。小競り合いをしていた。片方は格好から見るにグリモワール。片方は私服警官だろう。後者の方が人数は少ないが、戦力的には拮抗しているようだ。
「本郷さん、あいつ」
ジニアが指を差す。集団の奥、そこには獣人がいた。
暗くてわかりづらいが
ジニアが立ち止まった理由がわかった。奴からは凄まじい殺気を感じる。それは本郷ではなく、彼女に向けられていた。
「……任せていいか」
「うん。本郷さんは尾上さんを……「シシガミ」さんを捕まえて。殺しちゃダメだよ」
「わかっているさ」
軽い笑みを返し本郷は再び駆け出した。
「池谷さんと、来栖さんだっけ。2人も本郷さんと一緒に行っていいよ」
「いや、それは────」
「行って。ここは。私に任せて」
真剣な表情で、吐き捨てるように言うと遊歩道から飛び降りる。
小競り合いをする連中の頭上を飛び越え、ジニアは少年の前に立つ。
「やっぱり生きてたんだ」
「当然。あそこで死ぬわけないだろ」
少年────タキサイキアは不敵な笑みを浮かべる。
「こんな状況だし、条件のこともある。もっと早く、お前を仕留める予定だったのに……決着を急がないとね」
「他の子たちは?」
「みーんな逃げちゃったよ。親の言うことをよく聞くいい子ばかりだよね。まぁ本能的に、現世界の住人を傷つけたくないってだけかもだけど。お前はどうなの?」
「……あなたと同じだよ」
ジニアは短く口で呼吸する。吐き出された白い息は紫色に染めあげられる。
「やる気だね。でもいいのかい? ここには一般人がいるよ。ブリューナクを解放したら
「関係ない。私の能力はそんなこと無視できる」
タキサイキアが疑問符を浮かべると、ジニアは右手を突き出した。
その瞬間、タキサイキアは自分の心臓が何かに鷲掴みにされる感覚に陥った。
「なに……!?」
「私はあなた、あなたは私。表裏を一対にし存在を罷り通す。今宵繋がるは罪人と善人。因果の鎖は断ち切れず、ただ華だけが残る」
タキサイキアが祝詞を無視してブリューナクを発動するが、ジニアの速度が上回った。
【ジニアチェイン。叶えろ。死で首が締め上げられるまで、共に歩む、華の名を】
紫色の空気が周囲を包む。
タキサイキアは、ジニアの姿から目を離せずにいた。
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