R-1

 私は目の前に横たわる矮小な存在を見て溜息を吐く。「贈り物」が送られてくるのはこれで何度目だろう。こういうのを見る度に辟易する。


 人間共は、私を何だと思っているのか。バケモノ?モンスター?宇宙人?それともロールプレイングゲームの中盤辺りで出て来るボスキャラだろうか?


 自分で言ってて悲しくなる。意外と私は、今の姿を気に入っているのに。

 だがこの横たわっている者は、そうでもないらしい。ずっと私を睨んでいる。化外のモノを見るような瞳を向けている。


 ただ私からすれば、


【まるで畜生だな】


 お前の方がよっぽど獣だ。その思いを込めて言った。

 見たところ、年は10くらいか。私とはかなり離れている。きっと話も合わないだろう。

 

 とはいえ、来てしまったからには歓迎くらいしておこう。なるべく怖がらせないよう、なるべく声色を高くして。


【はじめまして、人間。バビロンヘイムには観光で来たのかい?】


 無論、相手の姿を見れば、そうではないことをくらい理解できる。観光客が後ろで縛られ顔を殴られているものか。

 同様に理解してるだろう相手は何も答えない。


【口は利けるか? 人間であれば話して欲しい。お前のことを知っておきたいんだよ。どうせ最後になるんだからね】


 最後、というワードを聞いた瞬間、彼は目を丸くした。

 そして何かを期待するようにこちらを見上げた。


「殺してくれるの?」

【……なに?】

「あなたは……僕を、殺してくれるの?」


 相手の瞳は透明だった。その瞳に目を奪われてしまい、言葉を少し失ってしまった。


「答えて。僕を、殺してくれるのかどうか」


 彼の声は上擦っていた。


【自分の立場を理解しているはずだ。お前は死んでも構わない人間。餌として、こちらの世界に送られてきた哀れな存在。そうだろう?】


 相手は黙ってしまった。さきほどとは違い、こちらを睨まず、顔を伏せてしまった。


【私は長い間ここにいるからね。そちらの……現代の世界とでも言えばいいか。そっちの話に興味がある。なぁ、以前はどこに住んでいた? その顔は日本人だろうから……東京か? 大阪? 福岡や神奈川か? それとも愛知? 北海道か】

「そんなこと、聞く意味ないでしょ……どうせ、これから殺すくせに」

【そうだな。お前が本当に無価値な人間なら殺してしまうが】

「……え?」


 相手が呆けた顔を向けた。それがどこか可愛らしく見えた。

 そうだ。この子は……似てるのだ。


【お前、どういう経緯で送られてきた?】

「……両親に売られた」

【いくらで】

「……1000万」

【1000万!!】


 ハハ、と笑ってしまう。


【小銭だな! ファミレスでお腹いっぱいになれるぞ】

「……小銭?」

【人間ひとりの値段としては低すぎだ。お前、人間の平均生涯年収がどれくらいか知ってるか? 男性は約3億、女性は約2億だ。つまり10歳程度の人間を1000万円で売るなどあまりにも低い。お前相当な嫌われ者だな】


 相手が涙ぐんだ。


【待て待て。泣くんじゃない。ここからが重要なんだ。実は私もこの世界の嫌われ者でね。本能のまま自由に生きていたら、こんな場所に閉じこもる羽目になってしまった。このままだと殺されてしまうのだよ。まったく嘆かわしい】

「そう、なの?」

【ああ。だから考えた。私はまだ生きたい。そのためには姿必要がある。そのためにはまず、魔力が高い人間が必要だった。だがそういうのは中々来ない。お前も含めて。能無しばかりだ本当。反省しろ】

「そんなこと、言われても」


 彼は困り顔になった。


【そうこうしているうちに20年だ。だがな、私も無駄な時間を過ごしていたわけではない。思索という名の暗雲を晴らす画期的なアイデア稲妻に打たれたのだよ】


 両手を広げ背筋を伸ばした。どこか芝居めいた動きが面白かったのか、相手にクスリと笑われる。


【慌てるな。聞きたいか? 聞きたいだろう? 私の考え】

「うん」

【ならば答えよう、逆転の発想だ。世界から必要とされておらず境遇最悪、才能無し、存在理由の弱い者が、もし私を使いこなせたら……それは最高に面白く、最高に気持ちがいいのではないか、とね】


 相手が口をあんぐりと開けた。


「ダメな奴を、目立たせるってこと?」

【そうだ。ばかりなら、それを一級品に磨き上げてしまおうという発想だ。私ならできる。あとは相方次第さ】

「……その相方って」


 私は人差し指を向ける。


「ぼ、僕には無理だよ!」

【そうか! なら違う奴にしよう。邪魔だこの家から出ていけ!】

「えぇっ!!?」

【ハッキリ言っておこう。お前以外でも別に構わん!! むしろもっと気概のある人間に頼みたい! 私は自分の命を賭けて全てを託すんだぞ? 命を賭けて私を使いこなす相棒が来るかどうかなんていう大博打、無駄に賭けるわけにはいかない!】


 尻尾を立てて自分を大きく見せる。


【これが最後のチャンスだ。お前は今、分水嶺に立たされている。いいか、こういう時に頼りになるのは直感だ! 未来がどうなるかは運次第! さぁ、お前は今、最高に面白い舞台にいるぞ!】


 腕を伸ばし、彼を抱え持ち上げる。視線が合わさったところで歯を剥き出しにする。


【私を使う生き方を歩むか、私に噛み殺されるか! それとも自由気ままに異世界を旅するか! どうする!?】


 目の前の少年は固まっていた。手から伝わってくる微かな震え。


「なんで……? なんで、僕なの?」


 至極真っ当な質問だった。よかった、それを聞いてくれて。

 これを聞かないで私を欲しがっていたら、握りつぶしていたところだった。

 生きることは選択の連続なのだ。彼はここに至るまで、すべての選択で正解を引いている。


【お前、名前は?】


 だからこれも選択なのだ。私の望む言葉を待つ。彼なら、きっと答えてくれる。


「……よ」

【なに?】

「ないよ……名前なんて……僕にはない」

【それが答えだ】


 どうやら、私の選択にも、間違いはなかったようだ。

 少年を抱きしめる。


【今日から私がお前の”ブリューナク”だ。お前を必要とする者だ。共に生きて】


 生きて。


【────】


 その言葉を聞いた瞬間、少年は泣き出した。

 私にはそれが歓喜の雄叫びのようにも聞こえた。

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