赤志-終

 抵抗した者や逃げる者、子供までも容赦なく傷つける通り魔。

 もはや誰も、赤志に立ち向かおうとしはなかった。わずかに残っていた者たちも全員が会場から遠ざかっていく。


 空を見上げる。月と星が輝いている。本当に綺麗な夜空だった。

 しん、と冷えた空気を切り裂き悲鳴が木霊する。


「悪いな」


 呼吸を整え前を見据える。冷たい風がフードの奥に隠れる頬を刺した。

 人々は安全圏からスマートフォンのカメラを向けている。

 早く遠ざかってくれないかと思っていると右目の端に赤い光が走った。警察車両の赤色灯だ。


【よし、来たぞ】


 人波を割るように広場に突入した車は、赤志から少し離れた場所で停車した。

 中から2人の制服警官が出てくる。来栖は車を盾に拳銃を構え、池谷が拡声器を持つ。


 2人もまた、事前に柴田から話を聞かされていた者たちだ。2人とも協力を申し出て真実味を増そうとしている。

 それは決して、無駄なことではない。一般人に対して、より「演出ではなく事件だ」と思わせることができる。


『動くな!! 抵抗せず武器を置き両手を挙げろ!』


 緊張しているのか池谷の声が上ずっていた。

 それが必死感を出しており、赤志は思わず口角を上げた。


「撃て!! 撃ってみろ!! 俺を殺してみろ!!」

『う、動くんじゃない!!』

「あははっ!!」


 大笑いしながら、足元に転がる3人に視線を向ける。


 観客席に降りて真っ先に襲われた飯島は、仰向けで大口を開け……非常にリアルな表情で虚空を見つめ。

 切られたジニアはなぜか腹を押さえて横向きに。

 逃げろ、と叫んでいた境はうつ伏せに。


 飯島の高い演技力に感謝しながら再び意識を前方へ。


「全員ぶっ殺してやる!!」

『武器を置くんだ!』

「うるせぇ!! テメェら全員切り刻んでやるよ!」


 包丁を振ると刃に付着した赤い水が飛び散った。


「ここは俺の場所だ!! 誰にも邪魔させない!」


 拡声器を持った警察官が顔を強張らせた。


 作戦ではここまでの問答だった。これ以上長引かせれば違和感が生まれる。

 ドラクルの気配は、まだない。


「……まだか」


 小声で呟き唇を噛む。赤志の背に冷や汗が流れる。包丁を持つ手が汗ばむ。


『抵抗するな!』

「黙ってろ!!」


 池谷がなんとか時間を稼ごうとしている。

 まだなのか。赤志は歯噛みした。


「ああああああ!! 死ね! 死んじまえ!!」


 包丁を振り回しながら絶叫する。


【駄目だ。このままだと来ないぞ】


 赤志は舌打ちした。


【いったんここを抜け出して、魔力探知しよう。尾上は必ず近くにいるはずだ】


 赤志は頷き次の手に移ろうとした。


 その時だった。


 空が真っ黒に染まった。まるで天幕が張られたように外部の光が徐々に薄くなっていく。


「来た……」

【来やがった】


 暗幕が広がるように黒い靄が赤レンガ倉庫上空を包み込み始める。

 赤志は警察官の方に目を向けた。相手が頷いた。


『退避します!! あとは任せます!!』


 警察官たちは青い顔で車に乗り込むと逃げ出した。


 靄のおかげで広場の外から赤志を捉えることはできないだろう。赤志は数歩前に出ると長く息を吐き出し、包丁を捨てフードを脱ぐ。紅蓮に染まった髪の毛が夜風に揺れた。


「よし、死のうぜ」


 赤志は覚悟を決めるための言葉を吐き出す。

 

 着ていたローブを脱ぎ捨て、ガラス玉のような透き通った瞳を上に向ける。

 視界に映るのは、星も月も姿を消した無明むみょうの夜空。


「ここで死のう」


 12月24日の聖夜が悪に染まる。

 月も星も包み隠すような漆黒の翼が広がっていく。


 鼻をつく鉄の臭い。

 耳をつんざく笑い声。

 赤志は白い歯を見せ拳を握る。


 花火まであと、20分を切っていた。


「アカシーサム」


 空に影が浮かんだ。

 いや、黒いだけでそれは人型だった。

 黄瀬悠馬が笑い声を上げながら、黒いスーツを着て、浮かんでいた。


「あれ? あんたちょっと痩せた?」

「体型なんてまほうでいくらでも弄れるからね」

「よかった。小太りのままでその格好していたら、笑えて闘いどころじゃなかった」


 会話をしていると倒れたフリをしていた3人が起き上がった。


「やべぇ! やべぇって! 人浮いてるって!」

「今更人浮いてるくらい驚きませんよ! ふざけてないで逃げますよ飯島さん!」


 飯島と境が駆け出す。


「アカシーサム!!」

「行け! ジニア!! 本郷たちと一緒に動くんだ! お前がみんなを守れ!」


 赤志は肩越しにジニアを見つつ言った。


「う、うん!!」


 ジニアが背を向ける。その時、ステージで倒れていた本郷も起き上がり脱出を図っているのが見えた。

 そして、レイラはステージで膝をつき、両手を付けていた。


「おや。何をするつもりだ?」

「決まってんだろ」


 赤志が指を鳴らすと同時に、レイラの周囲の空気が金色に輝く。次いで暗幕の内側を這うように透明な膜が展開し始める。


「……ネオン・サンクチュアリ? レイラしか発動できない特殊結界か」

「ここには俺とお前だけだよ。思う存分やりあおうぜ、ドラクル」


 黄瀬悠馬はフッと笑い、地面に降り立った。


「名乗ろうか。マーレ・インブリウム。私の名だ」

「赤志勇だ。”それと”」

「ああ、名乗ってくれるか! 光栄だ」


 黄瀬悠馬────マーレ・インブリウム雨の海は恍惚とした表情を浮かべた。


「バビロンヘイムに名を轟かせた”ブリューナク”を目の当たりにするとは!! なんたる幸運! 恐悦至極とはこのことよ!」

【特別だ。全部聞かせてやろうぜ】


 赤志が目を閉じる。その瞬間だけ、空気が澄み、全ての音が聞こえるようだった。


「この世で、私が愛するのは、あの世の者たち」


 赤志の周囲が、紅蓮に染まる。


「棺の中で永久とわの暁を思い描く。未練を断ち、夢を手中に、燦然なる月に我が身を捧げん。我が魂を天地獄国に捧げん。荒ぶる神魔と共に哀れなる者達を護るために」


 拳に光が集まる。

 赤志の口許に、紅蓮の炎が纏わりつく。


「哀れな種族は多数たすうなり。儚き思いは幾多いくたなり。歪な愛は数多あまたなり。輝く世界は二つあり」


 赤志は、目を開いた。


「貫ける正義は、ただ一つ」

【我が想いに応えよ】


 使うぞ。

 赤志は叫ぶ。

 自分の名を。


 神に愛されたその魔法の名を。

 我が名その名は。



【「レッドガーベラ」】



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