赤緑-1

 12月24日、17時。


 赤志は横浜赤レンガ倉庫のイベント広場会場にいた。すでに多くの人間が集まっており全員が今か今かとレイラの登場を待ち望んでいた。


 大規模野外ライブ、という名目通り、作られたステージも非常に豪華で大きい。レイラが歌う大型ステージと1万人以上が入れるほどの客席スペースが設けられている。


「アホだねぇ。こんな寒い日に外で集まって騒ぐなんて」


 今日の気温は2度まで下がっていた。どうやらこのまま氷点下まで行くらしい。


「天気予報だと雪まで降るかも知れないと言っていたな」


 隣にいた本郷が言った。客を避け、建物近くに寄る。わずかなスペースから2人は会場を見渡した。


「降らねぇだろ。空を見ろよ。満月だ」


 赤志は人差し指と顔を天に向けた。

 太陽のように輝く満月が下界を照らしていた。


「ドラクルが来るなら絶好の天気だぜ」


 ライブまであと1時間を切っている。赤志はイベント会場入り口に視線を向けた。


 仮設にしては立派な入口で多くの警備員が手荷物検査を行っていた。巨大な荷物、ボストンバッグほどの大きさやリュックサック程度の大きさでも、持ち込むことは禁止になっている。客の何人かは罵声を上げながらも渋々従っていた。


「整理しよう、赤志。レイラさんと俺の他はステージ上でやられる。客席に行ったら最前列にいる源さんとジニア。そして境を襲え」

「境……暴対課の、武中のおっさんの相棒だな。了解了解」

「武中は避難誘導を行いつつ会場を脱出する。そのタイミングで薬対課の池谷と来栖がパトカーで来る。ドラクルが来たら逃げ出すからな」

「あいよ。あんたらもさっさと起き上がって逃げろよ」


 本郷は頷いた。


「ドラクルは必ず来る」

「言い切るな」

「昨日言わなかったけどさ。奴の狙いがレイラじゃなくても俺が目立てば必ず来るよ。俺は異世界で、奴の同胞をいっぱい殺したんだ」


 本郷は赤志を見た。じっと、満月を見つめている。


「だから俺はある意味一族の仇だし、それでいて気になる存在だ」

「気になる?」

「きっとドラクルは、黄瀬はこう思ってるはずだぜ」


 赤志の顔が本郷に向けられる。


「「俺とどっちが強いのか。仲間を倒していた奴の力がどれほどなのか。確かめたい。闘ってみたい」……って。本郷。あんたはどう思う?」

「……」

「自分は圧倒的な力を持っている。でもそれと同等かそれ以上の存在が目の前にいる。おまけにそいつは家族の仇だ。それでも計画とやらを優先するかい? その計画が結果的に仇を取ることに繋がるとしても、これ見よがしな挑発を目の当たりにしたら、どうする?」

「……自分の手で殺したくなるな」


 確信を持った笑みを、両者は浮かべた。




ΠΠΠΠΠ─────────ΠΠΠΠΠ




 18時ちょうど、ライブ会場が漆黒の闇に包まれた。集まった1万人超の観客がざわめく。

 次の瞬間、ステージに明かりが灯った。そこに立つのは異世界からやってきた歌姫。


 大歓声が轟く。

 大型モニターに、レイラ・ホワイトシールの笑顔が映る。プラチナブロンドの髪が揺れ動く。


 次元の違う可憐さを持つレイラが小さく頭を下げると小さく手を振りながら、ステージの中央に移動する。2つの猫耳を天に向け、尻尾をユラユラと動かしながら。


『みなさん、今日は集まってくれてありがとうっ!!』


 叫ぶように言った。1万人以上の観客が返事をする。演奏が始まる。

 開始時刻と同時に歌い始めるのが彼女のライブスタンスだった。会場のライトが獣人を照らす。

 直後会場を覆っていた暗幕のような黒が姿を消し、月と星々が輝く見事な夜空が姿を見せると、レイラが息を吸い歌い始めた。


 空を隠していたのは彼女の魔法だ。自身の魔力だけでここまで魔法が使えるのは、赤志の次に紅血魔力ビーギフトが多い彼女だからできる芸当だろう。


『SATが配置に着きました』

『こちらの舞台も準備完了です』


 ステージの袖で待機している赤志は、インカムから流れる声を聴いていた。


『ドラクル、黄瀬悠馬の確保は赤志勇に任せ、各位「シシガミユウキ」こと尾上正孝の確保を優先してください。尾上は魔法を使用する可能性が極めて高いです』

【ほぼ確実に使ってくるだろ】

『尾上は必ず生かして確保してください。射殺許可は出ておりません。また援護として狩人プラネットスマイルが待機しておりますが、彼が戦闘を開始したら全員退避をお願いします』

『花火はライブ開始から25分後に1段目が発射される予定です』

『了解。花火の確保状況は』

『現在業者と共に確認中です。現状数に差異はありません』

『発射場は』

『封鎖しております。ここから上げることはできません』


 数本後、爆音と共に1曲目が終わった。オープニングは毎回短い曲を仕掛けるのが彼女の特徴だ。

 レイラがこめかみから汗を流しながら笑顔を浮かべる。歓声が彼女を包んだ。


『みなさん、こんばんは! レイラ・ホワイトシールです!』


 再び歓声。「レイラ」の名を絶叫する者が後を絶たなかった。


『こんなに楽しい時間を一緒に過ごせて、感謝しかありません』


 胸に手を置き息を整える。彼女の姿が会場モニターに映る。複数台のカメラで捉え、様々な角度から映し出される。


 黒いゴスロリ風の軍服ワンピースに黒のニーソックス、そしてハイヒールという出で立ち。159センチの姿は衣装の影響か、観客の瞳には彼女が非常に大人びて見えていた。


『今日このライブが行えたのは、きっと色んな壁を、みなさんと乗り越えた結果だと思ってます』


 ペンライトが揺蕩うように動いているのが見える。

 

『私たち、獣人ヴォルフが住む世界、「バビロンヘイム」が現世界と繋がって、もうすぐ15年になります。ほんとう、あっという間です。まだ人間と、獣人私たちの間にある様々な問題は解決してません。ですがこれだけは言えます』


 会場にいる全員の視線がレイラに釘付けになる。


『私にとって世界一大事なファンのみんなは、この時が過ぎて夜が明けても、ずっと仲良しになれているんじゃないかなって、そう思います。ありがとうございます』


 歓声と拍手が沸き起こる。人間も獣人も老若男女問わず。俗世と隔離されような一体感に包まれていた。


『私ができることは、歌って踊って、時々魔法を使うことだけ。それしかできません。ステージから降りたら、猫耳が生えているだけの女の子になっちゃいます』


 けど。言葉を紡ぐ。


『私は、二つの世界を幸せにしたい。そのためには何があっても諦めません。どんな障害も苦にせず、前に進んで、戦いに挑んでいく。いつもこの誓いを忘れてません。この会場にいるみなさんが、この思いを汲み取ってくれていると信じてます』


 アリーナがしんと静まり返る。誰もが言葉の無い同意を示していた。

 右腕に意識を集中し、紅血魔力ビーギフトを活性化させる。


『だから今後も、歌い続けます! 異世界の歌姫なんて、大それた渾名を貰ってますが、それに恥じないように活動し続けようと思ってます! 精一杯歌って、声を届けていきます』


 両手でマイクを握る。


『私の歌を微かにでも届かせたい! だから一緒に歌ってください!!』


 今日一番の歓声が上がる。拍手が交わり、応援の声がいっせいに沸き起こる。

 レイラは右腕を天に掲げた。すると光の線が立ち昇り、天井に着くと同時に拳を握る。炎と雷、光の魔法で作られた疑似的な花火がアリーナ内の天井で爆発を引き起こした。

 音は派手だが熱さはなく実体もない。パレード用の魔法に会場が湧き上がる。


 バックバンドから楽器を鳴らす音が響く。音の渦が会場を包み込む。

 世界に声が届くよう、レイラは息を吸い込み、心の底から歌を奏でた。


【ああ、いい歌だな】

「もうちょっと聞きたいけど、言ってる場合じゃないよな」

【おう。派手に暴れてやろうぜ】

「ああもう。クソ緊張する。あまりふざけすぎんなよ」

【お前もな】


 ローブを着た赤志はフードを深く被ると、ステージ袖から飛び出した。

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