本郷-3
医師が言うには、まだ取り調べが行えるような状態じゃないらしい。
だからといって止まるわけにはいかない。本郷のすることは決まっていた。
取調室に入ると椅子に座る進藤が顔を上げた。
「……やぁ。誰だかわからないけど」
顔の上半分に包帯を巻いている進藤は両手を挙げた。手錠の鎖が音を鳴らす。
本郷は無言で近づくと進藤の椅子を蹴り飛ばした。
バランスを保てず突っ伏した進藤の頭を踏みつける。
「っ……酷いな。目も見えてない相手に、今時こんな取り調べを」
襟を掴み引き起こすと机に顔面を叩きつける。
「お前は普通に取り調べても喋らないだろうな」
「本郷刑事か……いいのか? 時間を無駄にして」
胸倉を掴むと拳を振り被り頬を打ち抜いた。
進藤はもんどりうって倒れる。
「ごはっ……!」
「下っ端ヤクザだから大した情報を持ってないだろう? 詳しい話はジャギィフェザーから聞き続ける。お前は俺の憂さ晴らしに付き合ってもらうサンドバッグだ」
「聞き、続ける?」
進藤の声が動揺で揺れる。
「トリプルMがプレシオンの失敗作だとか。黄瀬悠馬が「シシガミユウキ」と絡んでいるとか。色々喋ってくれたよ。三鷹組の連中も引っ張ってきてる。薬物売買で美味い汁を啜ったのか優しく聞いてる」
進藤の背筋に冷たい汗が伝う。向井を尋問したことなど知る由もない。本当に兄弟分が謳ったのかと不安になるのは当然だった。
「あの獣人、「シシガミユウキ」に対する忠誠心は薄いらしいな。口が軽くて助かるよ。犬以下の忠誠心を持つお前とは大違いだ。とりあえず歯ぁ食いしばれ。喋りたくなったら適当に口を開けばいい」
「待て、待ってくれ」
「待つか。チンピラに有益な情報を渡すほど、「シシガミ」もアホじゃないだろう」
仰向けに倒れる相手の腹を踏みつける。口から胃液を吐く相手に跨り拳を振り上げる。
その時、勢いよくドアが開けられた。
「本郷!! 何やってんだあんた!」
赤志は本郷の剛腕を掴み、進藤の上から引きはがす。
「毎回毎回! 暴力ばっかじゃねぇか! 取り調べもまともにできねぇとか警察官かよ本当に!」
立ち上がった本郷の巨大な胸板を手で押すと、赤志は進藤に手を伸ばす。
「悪いな。ウチの単細胞ゴリラが。立てるか?」
進藤は顔を向けるだけだった。
「……あ、見えねぇか。手伸ばせよ」
進藤は何も言わずに手を伸ばす。フワフワと漂っていた両手が赤志の手を掴んだ。
一気に腕を引いて立たせ、設置しなおした椅子に座らせる。
「ハンカチ使う? 鼻血出てるぞ」
正面に座った赤志はハンカチを差し出す。
「いや。いい」
手の甲で鼻を拭う。
「……光栄だね。英雄に救われるとは」
「そういやあんた俺のファンなんだっけ?」
「ああ。異世界で活躍した青年の話は、聞いてるだけで心が踊ったよ」
「意外と子供っぽいな」
「こう見えても……ファンタジーの創作物が好きでね」
少しだけ緊迫した空気が和らいだ気がした。
「本郷。俺が話してみるよ。あんたは調書だっけ? 記録してくれ」
本郷は鼻を鳴らし離れた机に向かった。
「さてと、まずは……なんであんた「シシガミ」に協力してた?」
「金が欲しかっただけだ。この魔法の力を存分に使いたかった。そして魔法が素晴らしいということを、未来ある若者たちに知ってもらおうと薬をばら撒いていた」
「あんたが元締めなのか? いや、それは「シシガミ」か」
「私は支店長みたいなものだな」
進藤がクックと笑う。
「じゃあ「シシガミユウキ」のことは、なんか話す気ある?」
「君たちに負けた身だが、話す気はない」
「まだ「シシガミ」の味方すんの?」
口許に笑みを浮かべた。
「ああ。組長よりも尊敬している人だからね」
「へ~。けどお前、裏切られたじゃん」
即座に笑みが消える。
「両眼が潰れたのは「シシガミ」の魔法が原因だ。お前叫んでたもんな。自分を裏切った「シシガミ」を最後に見たから。だろ?」
沈黙が流れる。赤志は肯定と受け取った。
「そんな相手に命懸けるの? 義理があるわけでもないだろうし、義理人情で生きるような
「傷つくな。それなりに仁義という物を重んじていたつもりだが」
「カッコいいこと言うなよ。我欲で生きているだけのくせに」
赤志の声色が変わる。
「けどそっちの方がいいと思うよ。道を極めるなら欲望に忠実に生きたら?」
「欲望? キミにわかるのか?」
「わかるよ。あんたが俺のファンだって聞いた時から疑問に思ってた。あんた、俺と「シシガミ」、どっちが強いか知りたいんじゃないか?」
間髪入れずにあるワードをねじ込む。
「ドラクル」
進藤が息を呑んだのを見逃さなかった。
「「シシガミユウキ」がドラクルなのかどうかは知らんが、奴を目の当たりにしたなら気になったんじゃないか? 自分で言うのもなんだが異世界の英雄って呼ばれてる俺と、どっちが強いか」
赤志は足を組み、伸びきった毛先を摘まむ。
「どうかな? 合ってる? 俺の希望としてはハズレであってほしいんだけど」
本音だった。ドラクルとこの世界で戦うことは避けたかった。
だがそんな思いを砕くように歯抜けの笑みが向けられる。
「常套手段」
「なに?」
「強面の警察官が相手に恐怖心を与えたあと、優しい警察官と入れ替わる。飴と鞭の要領だ。それで口を柔らかくすると。狙いはいいが」
進藤は血の塊を吐いた。
「ジャギィは喋ってないな。誰か別の、例えばグリモワールの連中が喋ったか?」
「なぜそう思う」
「ジャギィはドラクルの存在を感知してない。人間側の一部しか知らない。それはそうだろう……獣人の天敵だからな、ドラクルは」
進藤は背もたれに体重を預ける。
「キミの言っていることは……正しい。ただそこまで知っているなら……先に聞こう。キミたちはここにいていいのか?」
「ドラクルがそう簡単に暴れるかよ」
「違う。プレシオンを回収しなくていいのかと聞いているんだ」
本郷と赤志が目を開く。
「どういうことだ?」
「なんだ、その反応は。まさかそっちの情報は聞いてないのか?」
進藤はニッと笑う。
「そうか。なるほど。少しだけ優位に立てるかな?」
「さっさと喋れ」
本郷が立ち上がり机を叩くと進藤は両手を挙げた。口許に笑みを蓄えている。
「プレシオン自体はまともなワクチンだ。それは確かだ。だが違う。「シシガミ」さんはあれで何かしようとしている。詳細は教えてくれなかったがね」
思いを馳せるように進藤は鼻を鳴らした。
「まぁ今更回収しても間に合わないだろう。メディアも政治家の志摩も、何も疑わず宣伝しているし」
進藤は本郷を見た。
「いくら殴られても、これ以上何も出てこないよ」
「「シシガミユウキ」には会ってるんだよな?」
「ああ」
「外見を教えろ」
「殴られた個所が痛いなぁまったく」
進藤は肩を竦めた。
「喋らなくとも自ずと判明するぞ」
「だろうね。キミたちはもう扉の前に立っているようなものだし。でもタダで教えるのは悔しい。だからこっちの我儘をひとつ聞いてもらいたい」
進藤の手錠が音を立てる。
「ジャギィフェザーを殺さないでやってくれ。私の、兄弟だからね」
「……ああ。約束しよう」
本郷が頷くと、進藤は口角を上げた。
「「シシガミユウキ」は女性だ。疑うならジャギィにも聞け。同じことを言うさ」
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