赤・緑・金-終

「本郷さん!」


 楠美が近づく。痛みのショックで気を失い、手当てを受ける進藤を見て息を呑む。


「これは……」

「楠美。銃声か何か聞こえたか?」

「……いえ、何も」


 本郷は赤志に顔を向ける。首が横に振られた。


「くそっ。なんなんだいったい」


 赤志はジャギィフェザーの方に顔を向ける。武中含む機動隊が引きずっているのが見えた。刑事たちが暴言を吐いている。仲間を殺られた仇だからだろう。


「2人とも! 大丈夫!?」


 ジニアが駆け寄る。


「ああ。そっちは大丈夫だったか?」

「うん。「グリモワール」がちょっといたから、キドウタイ? のみんなと一緒に捕まえた」

「先手打ったのか! やるじゃん!」

「あと、ずっと武中さんに耳とか尻尾とか触られた!」

「んだと!?」

「おい!! 語弊があるだろその言い方!!」


 ジャギィフェザーを引きずっていた武中が声を荒げた。


「あとでお触り料金請求するわ!!」


 赤志が言うと武中が中指を立て、機動隊と共に去っていった。

 その群衆と入れ替わるように飯島と尾上が室内に入った。瓦礫が散乱し、床や壁が破損している光景に目を丸くしながらも、赤志に近づく。


「進藤は!? 捕まえたのか!?」


 飯島が詰め寄る。赤志は顎で指す。


「どういうことだ……」


 飯島が離れると尾上が青い顔で近づいてきた。


「勇! 大丈夫か!? 怪我は?」


 尾上は赤志の両肩を掴んだ。


「平気だよ。全然。」

「ああ、よかった……」

「大袈裟だって」


 安堵の息を零したのを見て、赤志は鼻で笑った。

 飯島が片眉を上げながら進藤を見下ろす。


「生きてんのか? これ」

「外傷は多いですが致命的な物はないです」

「見た目だけなら完全に死体だぜ」


 本郷と飯島はストレッチャーに乗せられ遠ざかる進藤を目で追った。


「3人とも。よくやったな! いったん本部に戻れ。この件を柴田管理官に報告するんだ」

「赤志も、ジニアもですか?」

「ああ。簡単な報告だけでいいから来いとのことだ。詳しいことは明日だな。何はともあれ、お前らは容疑者の潜伏先を看破し生け捕りにした。評価が覆るかもな」

「問題は、喋るかですよね。進藤が。「シシガミユウキ」のことを」

「そこは、ほら。魔法使って口割らせるか?」


 冗談めいた口調で小さく笑みを浮かべた飯島に対し、本郷は何も言葉を返さなかった。




ΘΘΘΘΘ─────────ΘΘΘΘΘ




「なんか、あっさりだったな」


 助手席に座る赤志は頭の後ろで手を組む。

 3人は柴田と会ったが、数回会話を交わしただけで終了した。


「もっと感謝されるか、小言言われると思ったけど、「よくやった。詳しくは明日来てくれ」で終わりだったよ? あいつプライド高そうだから悔しがってるかな? 今頃」

「そこまで子供でもないさ、柴田は。ただこちらに休息を与えたんだろう。確保した連中から話を聞こうにも意識不明ではな」

「……私も、褒められるなんて思ってなかった」


 柴田はしっかりとジニアに対し行動を賞賛した。意地でも獣人を嫌うと思っていたが、そうでもないらしい。


「てかさ、俺が言うのもなんだけど、あんたやり過ぎだろ。進藤の両腕潰してアバラ折って臓器損傷させて……それってどうなの?」


 本郷は無言でハンドルを切る。


「でたよ。都合の悪いことに対しては何も言わねぇでやんの」

「……それくらい油断ならない相手だった」

「……本郷さん、警察官より殺し屋さんとかの方が向いてるかも」

「や、やかましい」


 しばらくして自宅に着いた。車を降り玄関を開けると、権次郎が出迎えた。犬のように座り甲高く一度鳴く。


「ただいま~ゴンちゃん」


 ジニアが笑顔で抱きかかえた。

 リビングに顔を出すと、体育座りでタブレットを操作する藍島が顔を上げた。


「お、帰ってきたか。おかえり~」

「ただいま。留守番、ありがとう」

「気にすんなって。で? 勝ったのか?」

「らくしょー」

「さすが英雄様」


 赤志がピースすると藍島は手を叩いた。


「で? 仕事上手く行ったから早めに直帰か? 残業して金稼いでこいよ」

「帰らされたんだ。詳しい話は明日に持ち越しだ」


 その時、飯島から連絡があった。スピーカー通話で出る。


『残党の確保も完了した。尾上所長並びに研究員たちのおかげでワクチンの被害もない。おまけに、各地にいた「グリモワール」が一斉に静まり返ったらしい』

「平和が戻ってきたって感じ?」

『そうだな。後日三鷹組にも話を聞いて、無くなった薬が確保できれば警察としては万々歳だ』

「で、俺たちは「シシガミユウキ」を追うか。さっさと進藤たちの口割らないとな」

『とりあえず、お前らは今日ゆっくり休みな』


 お疲れ様、といって通話が切れた。

 途端にジニアが顔をパッと明るくした。


「じゃあ! ピザ! ピザ食べよ!」

「お前そんな好きだったの? まぁいいけど」

「ピ、ピザか。シーフードミックス以外にして。あと低糖質で」

「糖質気にする奴がピザなんか食うなよ!! 耳にチーズ入れてる生地にしようぜ!」

「やめろ! マジであれ腹にくんだよ!」

「何でもいいが10枚くらいLサイズで頼んでくれ。残っても俺が全部食うから」

「「……バケモンかよ」」


 注文するとものの30分で到着した。

 藍島が山と積んであるピザの箱を受け取る。箱のせいで顔が見えない。


「藍島、危ないぞ。俺が持つ」

「その台詞、受け取る時に聞きたかったわ~」

「ジニア。飯にしようぜ」


 赤志がジニアに目を向ける。

 ジニアはリビングにあるスチールラックの前に佇んでいた。


「ん? どうしたおい」


 赤志が近づく。ジニアは写真立てを持っていた。

 ラックには写真立てが複数置いてあったが、全て伏せられていた。その一つをジニアは手に持っていた。どうしても気になってしまったのだろう。


「なぁ本郷。この写真見てもいいか?」 

「ん? ああ……まぁ、いいぞ。」

「じゃあ遠慮なく」


 何の気なしにジニアが持つ写真を覗き込む。本郷と可愛らしい女性が写っていた。

 遊園地だろうか。表情の硬い本郷とは対照的に明るくピースサインを作っている。


「この可愛い子誰? 彼女?」


 藍島が肩を上げた。


「え!? 彼女いるの!?」

「違う。妹だ」

「そ、そっか」


 ピザをテーブルに置くと、藍島も写真を覗き込みにくる。


「あ。かわいい。目許が似てるな。私とジニアちゃんが寝てたの、妹さんの部屋? 妹さん今一人暮らし中?」

「いや。いない」


 本郷の声色が変わった。


「なんだよそれ。意味わかんねぇんだけど」

「死んだ」


 空気が一瞬で張りつめた。藍島は気まずそうに後頭部に手を当てる。


「……ご、ごめん。何も知らずに聞いちゃって」

「いや。いいんだ」


 本郷は微笑みを藍島に向ける。


「悲しい話はやめて飯食おうぜ飯!! ほら、ジニア」


 呼びかけるが無視される。


「いつまで見てんだよ。権三郎がピザの具食っちま────」




「お母さん」




 室内が静まり返った。赤志と本郷は目を丸くしながらジニアを見つめる。

 ジニアはそんな2人にも見えるように写真を向け、興奮したように口を開く。




「この人……私のお母さん……」




 ジニアは本郷の妹、本郷朝日ほんごうあさひに指を差した。

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