武中-1

 関内かんない駅方面、厳島神社いつくしまじんじゃの鳥居が見える、3階建ての建物が田邊組たなべぐみの事務所だ。駐車場には今時めずらしい、黒塗りのベンツが止まっている。


 そのビルの前に暴対課の人員が詰めかけていた。

 その数30。全員ガタイが良くスーツ姿であるため、ヤクザ集団が押しかけているように見えなくもない。


 その中でも一際体が大きい武中鉄真たけなかてっしんは、先陣を切って事務所のインターホンを押した。


「どぉも。不祥事大好き神奈川県警です」


 反応がない。

 バーバースタイルの髪を撫でるように触るとドアを蹴った。


「中にいるのはわかってますよ」


 無反応だった。


「よぉし。わかった。おい。道具貸せ」

「はい」


 部下が丸ノコを手渡した。武中は電源を入れる。

 けたたましい駆動音が鳴り響く。人間の恐怖心を煽る、化け物の咆哮のような音だ。


「扉ぶち壊して勝手に入りますわ!!」


 ドアに刃を押し当てる。不快な金切り音が夜を劈く。

 火花が散る中、部下たちは移動しビルを囲むよう配置につく。


『2班です。窓から中の人間が慌てているのが見えます』

「窓を割って突入しろ! チャカ出したら撃ち殺せ!」


 インターホンの通話口からガチャガチャと音がした。


『おま、ちょ、お前何してんねん!!』

「あぁ?! 目ん玉ついてねぇのか!! 見りゃわかんだろ!」


 駆動音に負けないよう声を張り上げる。


『やめぇや! ふざけてんのかっ!?』

「ふざけてんのはお前らだゴラァ!! 変な関西弁喋ってねぇでオモテ出ろ!!」

『警察だったら何やってもええんか!』

「やかましい!! ぶち殺すぞ!!」


 刃が深く突き刺さった。ドアを貫通したらしい。


『待て! 待ってくれ! 今開けるから!!』


 武中は丸ノコを引いて電源を切ると乱雑に投げ捨てた。

 後ろに合図を送る。ボルトクリッパーを持った部下が前に来る。


 ドアが開かれた。その瞬間、部下は素早くドアの隙間に刃を入れ、糸を切るが如くドアチェーンを切断した。


 武中がノブを引っ張る。ドアを開けた若衆だと思われるジャージ姿の坊主頭が腰を抜かし、尻餅をつく。


「さっさと開けろやこのボケッ!!」


 武中が踏みつけるように前蹴りを放つ。

 若衆は顔を踏まれ、カエルが潰れるような声を出した。


組長バカタレはどこにいやがるっ!」


 続々とスーツ集団が中に入り、怒声が飛び交う。

 窓ガラスが割れた。待機していた者たちが飛び込むように部屋に入り込む。手には拳銃を持っていた。

 事務所内が騒然とする。ヤクザたちは罵声を飛ばして抵抗の意を見せていた。


「武中警部」


 実質組織内のナンバー2であるさかいが横から何かを差し出した。


「おう」


 武中はグリップ部分を握り、ハンドグリップ部分を前後に動かす。

 ポンプアクション式散弾銃の銃口を正面に向ける。


「ガスガンじゃねぇぞ。マジのショットガンだ。ひき肉にされたくなきゃ正座しろ」


 獣人が蔓延るような世の中になってから、一定階級以上の警察官は────申請が通りさえすれば────任意の武器を所持してもよい、という制度が導入された。


 武中は熊を仕留める用の銃を持って来ていた。どんな猛獣が相手でも殺せるように。


 冗談ではないと肌で感じたヤクザたちは、次々と黙り、手を挙げ膝を折った。

 武中は奥の部屋に入る。事務所を任される田邊組の若頭、阪木さかきが両手を挙げていた。


「あ、あんた武中さんじゃ」

「質問に答えろ。お前の兄弟分の進藤はどこだ」


 阪木はゆっくりと立ち上がり両膝をついた。


「指が滑りそうなんでな。イラつかせないよう気を付けてくれ」

「し、知ってれば助けてくれるのか?」

「さっさと吐け」

「き、昨日、野郎から電話がかかってきた。薬が足りてねぇのか焦っててよ。なんか、回収できないとかなんとか」

「それ以外は」

「な、なにも言ってない」

「進藤のヤサ教えろ」

「わ、わかった」

「最近デカい取引はあったか。予定でも構わん」

「……ない」


 武中は天井に向かって発砲した。阪木が女のような甲高い悲鳴を上げる。無精髭がよく似合う恰幅のいい男が子犬のように縮こまった。


「嘘は無しだ。じゃねぇと、若衆ガキ共の右足から飛ばしていく」

「す、すいません。あります。ヤクを受け取る必要があるとかなんとか」


 あとは部下に任せ武中はいったん庭に出た。周囲を封鎖する為に呼んだパトカーの赤色灯が視界にちらつく。


「お疲れ様です、武中警部。」


 境が隣に立つ。163センチと身長が低く童顔な彼だが、警棒の扱いと拘束力に長けており、度胸は本郷にも引けを取らない。


「これなら進藤確保も時間の問題ですね」

「口の軽いヤクザっつうのは情けねぇ」

「え?」

「境。お前どう思う?」

「まぁ、裏があるかなと思います」

「同感だ。阪木の野郎、口が軽すぎる。それになんだ? この抵抗の無さは」


 田邊組は武闘派として名を馳せた組だ。三鷹組のように、空手の全国大会優勝者やボクシングのチャンピオンなど、格闘技に精通した者を組員として迎え入れているわけではないが、それなりのリキはあった。


 不満顔でハンドグリップ部分をガシャガシャと動かす。

 銃に込めたシェルは、威嚇用の空弾ブランクだ。人間相手ならこれで充分。


「荒れるぞ境。覚悟しとけ」

「いつものことですね」


 武中は煙草を咥える。

 紫煙を揺蕩たゆたわせながら、他の組員からどうやって情報を搾り取るか、頭の中でイメージトレーニングを始めた。

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