赤志-2
12月3日、土曜日。11時1分。
『横浜に海外で話題のケーキ専門店がオープン』
『横浜中華街で火災発生。獣人が負傷者を救助』
『オリンピックの空手部門に横浜天陽高等学校の女子優勝者が参加か』
『たまプラーザ駅にて獣人たちによるイベント開催! 現地の様子を生放送中!』
タップしてスマホを横向きにする。広くなった画面に
『獣人との交流は盛んになることでしょう。今月24日にはレイラ・ホワイトシールさんが行うライブイベントもありますので』
太く短い眉と、色味のない唇が曲がっている。喋っている内容と相反して不機嫌に見えた。堀の深い顔に暗いスーツを着ているせいで威圧感がある。
志摩は獣人との共存を目指している真面目な性格の政治家だ。バビロンヘイムから帰還した際、赤志は一度話したことがある。カメラの前だと緊張してしまい、仏頂面になってしまうらしい。
『場所は赤レンガ倉庫の特設イベント会場です。私も顔を出します。皆様と一緒に楽しめればと思います』
記者が反ワクチン団体に関する質問をした。志摩の表情が一層固くなった。
『「グリモワール」に邪魔されないよう、病院や接種会場の警備は強化していきます。安心して接種会場にお越しください。ワクチンが盗まれ、破壊されないよう、強く対応していきます』
【イライラしてんな】
ワクチンの憶測やデマも蔓延しているため仕方ない。それで接種せず暴走事故が発生すれば矢面に立たされるのは政府や医療関係者たちだ。苛立ちもするだろう。
志摩の話が終わり内容が切り替わった。
『
「赤志」
顔を上げる。対面にいる本郷は顔をしかめていた。
「なに」
「ちゃんと監視しろ。ジニアを見習え」
赤志の隣に座るジニアはハンバーガーを口に運びながら青葉台を注視していた。耳を隠すようにキャスケットを被っている。ベテランの張り込みデカのようだった。
3人は青葉台駅近くのハンバーガーショップの2階で、駅とバス停乗り場を監視していた。
指定の時間まで1時間あるが油断はできない。
「お疲れ」
本郷の隣に飯島が座る。グレースーツにブルーのネクタイ。黒縁の伊達メガネをかけており髭も剃っているため男前度に磨きがかかっている。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です!」
「ども」
全員が視線を向けた。
飯島は3人を見て白い歯を見せる。
「お前らさ、俺みたいに変装するって考えはないの? この完璧な変装を見習え」
メガネの位置を正しながら言った。全員が眉間に皺を寄せる。
「テーマは風俗帰りのくたびれたセールスマンですか」
「部下に暴言吐いてる悪徳銀行マンみたいっす」
「えっと、昨日ドラマに出てた、結婚詐欺師みたいです」
「シバき倒すぞお前ら」
唇を尖らせ、飯島は駅方面を見る。
「悪かったな。赤志、ジニア」
「何がですか?」
「張り込み。3日間全部空振りさせちまってよ」
武中が得た情報を頼りに警察はこれまで横浜駅、
「構いませんよ。尾上さんは不機嫌になるばかりですが」
「事件が解決したらいくらでも謝るさ」
飯島はカラカラと笑った。
「赤志。お前、警察官にとって一番大事なことがなんだかわかるか?」
「市民の安全を守ること?」
「ジニアちゃんは?」
「なるべく、怪我人を出さないとか」
「容疑者を捕まえることだ。それがイコール市民の安全を守ることになる。このままじゃ優秀な警察官にはなれないな。2人とも」
「別になりたいなんて思ってないっす」
「けど、立派な警察官にはなれるよ」
確信めいたような物言いだった。あまり悪い気はしなかったため、2人はまんざらでもない表情を浮かべた。
「じゃ、作戦をもう一度伝えるぞ」
空気が一瞬で張り詰める。
「昨日、進藤から
本郷が立ち上がる。
「移動しましょう」
赤志は飲みかけの飲料を空にした。
「あ」
忘れるところだった。スマートフォンを操作し、尾上にメッセージを打つ。
『今日は青葉台駅だ。空振りだったらまた連絡するよ』
ΘΘΘΘΘ─────────ΘΘΘΘΘ
合流時刻は12時指定。椿大翔捜査官を改札口付近に待機させ、一課と暴対課で取り押さえる手筈だった。
3人は駅から少し離れた位置で待機していた。
「お前らは切り札だ。もしもの時は頼むぞ」
飯島が改札口方面へ向かう。残された一同はバス停付近の物陰に隠れる。
「時間通りに来るかなぁ」
「追われている奴がノコノコ出てくるかねぇ?」
「わからん。来ると信じるしかない」
「つうか別の人に泣きついた方がいいんじゃねぇの」
話していると椿が来た。マウンテンパーカーに黒スキニー。地味な服装だった。手にはボストンバッグを持っている。中身は小麦粉を入れた小分け袋が大量に入っている。
『各位、周囲警戒しつつ待機しろ』
赤志とジニアにも支給されているインカムから音声が流れる。
ジニアは猫耳であるため、耳に小型のイヤホンを無理やり入れている。獣人用のヘッドフォンはあるが、小型インカムなどは作られてない。
「了解」
10分経ち人通りが増した時、黒いスーツ姿の男が近づいてきた。
身長は180センチ前後。頬がコケており、華奢な見た目をしているが、かといって弱いという雰囲気を纏っているわけでもない。むしろ自信に満ち溢れている。
欲望渦巻く目を光らせながら不敵な笑みを浮かべた進藤は、椿に対し軽く手を挙げた。
『進藤です』
『待機だ』
【えっ。来るのかよ】
大勢いる通行人の合間から監視する。進藤は右手をポケットに入れながら言葉を交わしている。
本郷はインカムに指を当てる。
「右手。ポケット内のスマホを操作している」
進藤が椿と話している。右手をポケットから引き抜いた。何も持っていない。
そのまま椿の肩に手を置き。
『我々は!! ワクチンを接種しない!!』
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