本郷-3

 赤志はキャスター付きの椅子を動かし本郷に近づく。


「何あの美人さん。一日署長的なモデル?」

「モデルではありません」


 美女が赤志に切れ長の目を向ける。

 艶のある長い黒髪。力強いシャープな目許とシュッとした顔立ちが特徴的な、高身長の美人。


「捜査一課の楠美です。初めまして、赤志勇さん」

「……はじめまして」

「そう固くならないでください。年も近いので」

「年近い?」

「ええ。確か、22歳でしたよね? 私は今年で25なので」

「マジ。30近いと思った」


 本郷の肘鉄が赤志の腹に叩き込まれる。


「うごっ!!」

「悪い。こいつ、礼儀知らずでな」

「構いませんよ。年増に見られるのは慣れてますので」

「楠美、なんでここに来た? 情報共有なら俺の方から」

「調査の協力者と顔合わせできればと思いまして」


 楠美が鋭い視線をジニアに向けていた。


「は、はじめまして……」


 楠美はジニアの挨拶を無視した。険悪な雰囲気が漂うと飯島がそれを裂くように口を開く。

 

「一課は三鷹組だけじゃなく、福澤組の方も危険視してる。まずこの事件、何が原因で引き起こされたか。金銭関係の物は紛失していない。が、近場にはスマホが砕かれて捨てられてた」

「あと、ある物がない」


 楠美が続けた。


「なにそれ?」


 気付いていない赤志とジニアは資料を覗き込むように見る。


「別所と鈴木はどちらも薬物の常習犯だ。致死量というものを熟知してる。死ぬくらいの量を接種するとは思えない」


 本郷は司法解剖の結果に目を通す。


「使用された薬物の詳細は。似たような薬物は候補に挙がってるが、新薬かもしれん」

「なぁ。紛失した物ってなに?」

「考えてみろ」

「んなぶっきらぼうに」


 赤志はふてくされながらも現場写真をジッと見つめ始めた。

 テーブルと床に散らばった注射器、粉、血痕。

 傷ついた被害者たち。財布あり。

 スマホは粉砕されている。


「ヒントだ。薬物は副作用が辛いから使い続ける」

「なんだよそれ。クイズじゃねぇんだぞ」

「あ」


 ジニアが声を上げた。


……? 紛失したものって」

「そうだ」


 本郷が渋い顔になる。


「薬物使用者……特に使用歴が酷い連中は、禁断症状を抑えるために、薬を持ち歩くことが多い。精神的余裕をもつためにもな。そして現場は家の中で見知った者同士しかいない。警戒することなく薬を使える。だが別所や鈴木は麻薬常習犯なのに薬が見つからなかった」

「部屋の中からもです」


 楠美が補足した。

 車の中や知り合いの家は、薬物を隠しておく絶好の場所だ。何も出てこないというのはおかしい。本郷はジニアに資料を向け、テーブルの上に人差し指を置いた。赤志も立ち上がり、覗き込む。


「ここを見ろ。粉の部分。直角になっているだろ」

「本当だ」

「何かがここに置かれていた。考えられるのは箱状の物。アタッシュケースだな」

「ってことは、現場に別の誰かがいて、それを持ってったってこと? じゃあこれって、何かの取引の最中だった?」

「その可能性が高いです」


 楠美が口を挟む。


「頭髪や指紋などは見当たりませんが真犯人がいてもおかしくありません。その者は3名の殺害と薬物の回収を目的としていた、と考えられます」


 赤志は顎に手を当てた。


「別所と鈴木はヤクザだからわかるけど、浅田は? コイツも薬物を使っていたの? 楠美、さんはどう考えてんすか?」

「交友関係を漁りましたが接点がありません。なので浅田は売り子、というのが考えられます。浅田の経歴は神奈川大学に通う大学生で、父親が病気で入院中です。入院費を稼ぐために薬物を受け渡すバイトをしていたのでしょう」

「母親は?」

「幼い頃に他界して以来、父親と2人暮らしです。金を稼ぐ動機は充分にあります。浅田は薬物の使用歴がありません。無理やり薬を打たれながらも逃走。薬で生命活動を維持し切れたと同時に死亡した。などが考えられます」


 資料には浅田の紅血魔力ビーギフト量が過剰な数値を示している旨が書かれていた。


「魔力暴走か」

「使用された薬物は恐らく紅血魔力ビーギフトを増幅させる「トリプルM」。ケースの中身がそれだとしたら、迅速に犯人を確保しなければなりません」


 楠美が眉根を寄せた。


「政府がなぜ、人間から魔力を無くそうとしているのか。「魔力暴走事故」を防ぐためというの一般的な考えです。ですが本当の理由は、魔法を兵器にした新たな戦争を引き起こさせないためです。魔法の力は、この世界のバランスを崩します」


 赤志は冷たい目を楠美に向ける。


「だからアメリカには、優秀な魔法使い狩人を管理する施設がある、か」


 吐き捨てるように言って椅子に座る。


「赤志、本郷。そしてジニア。3人には犯人確保、ならびに紛失した薬物の確保を手伝ってもらいたい。これを追えば「シシガミユウキ」に近づけるはずだ」

「犯人の目星は?」

「もちろんつけてる。名は進藤幸一しんどうこういち。三鷹組の若頭補佐だ。過去に違法薬物売買で逮捕されている」

「そいつをとっ捕まえればいいんだな。了解」

「赤志。ひとつ聞いていいか?」

「んだよ本郷」

「もしだ。もし、魔力ギフトが増幅して、強力な魔法が扱えるようになったらどうなる」

「……発動しちまうかもな」


 赤志は溜息を吐くようにその名を呟いた。



 普通に生きていれば聞きなれない単語。

 しかしこの言葉は今、この世界において、禁句とも呼ぶべき単語だ。


「赤志、ジニアはと魔法はなるべく使用しないでくれよ」

「わかってる。前者に関してはおいそれと使えないですし」

「もし使ったらどうなる? お前たちだったら魔力暴走もしないだろ?」


 飯島が興味深そうに聞いてきた。


「わ、私はまだ、全力で使ったことがないからわからないです」

「俺もだ。異世界ですら全力で使ったことはない。けど、もし全力出したら」


 小首を傾げる。


「地球、真っ二つに割れるかも」


 大それたことを、あっけからんと言った。


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