赤志-10

「いつから人間は獣人を食うようになったんだ?」


 全員が赤志に視線を向ける。


「それとも新手のナンパ? やめとけ。子供相手は犯罪だ」


 一番大柄な男が兎人シャルトから手を離し、赤志に近づく。


「取り込み中だ。失せろ」

「ナンパのこと否定しろよまず」


 股関節付近目掛け前蹴りを放つ。男はガクンと膝を折った。

 直後、赤志の中段蹴りが男の側頭部を貫いた。爪先で抉るような蹴りは、男の意識を彼方へふっ飛ばした。


 男が突っ伏す。残った3人は狼狽した。


「喧嘩の理由は充分だろ? 来いよ」


 指をクイクイと曲げる。


「て、てめぇ!」


 中肉中背の男は腰からナイフを取り出すと、駆け出し切先きっさきを突き出す。

 赤志は半身になり右の掌底で、ナイフを持つ手を打つ。そのまま右のひじを振り、相手の額を裂いた。


 痛みで仰け反る相手の頭を掴み顔を下に向けさせると、鼻尖目掛け膝蹴りを叩き込む。


「ぶあっ!?」


 鼻が潰れた相手はナイフを落とす。そのままもう一度叩きこむ。男の体がビクンと跳ねた。

 痛みで意識を失ったことを確認し、赤志は手を離す。


 残った女性と、低身長の男は棒立ちだった。

 赤志は男に密着し膝を股間に叩き込む。男は苦悶の表情を浮かべ腰を引き、股間を押さえながら倒れた。


「あとは、あんただ」


 女は恐怖と苛立ちが混じる瞳を向けた。


「な、なによあんた。まさか毒ワクチン接種者?」

「毒?」

「自分と考えが違う相手がいたら暴力振るうわけ!? この野蛮人!」

「小さい子囲って刃物で脅してる方が野蛮だろ」


 赤志は呆れたように言った。


「よくワクチンが打てるわね。明日死ぬ可能性すらあるのに。打つ意味なんかないのよ。魔法が暴走して死んだ人間なんて、いやしないんだから!!」

「暴走事故は社会問題になってないか?」

「そんなの、政府やマスコミのデマに決まってるじゃない!!」

「仮にデマだとしても、子供を襲っていい理由にはならなくない?」

「なるわよ! 獣人は人間を昇華させる贄なんだから! 獣人を食えば魔力暴走事故だってきっと防げる!」

「事故のこと認めてんじゃんあんた。頭湧いてんのか」


 女性が息を吸い込んだ。


「誰か────」


 叫ぶ前に掌底で顎の先を打つ。脳が揺らされた女性は腰を下ろした。

 相手の胸倉を掴み、一度平手で頬を叩く。


「いいか? 子供を襲ってる時点で、挙句に食おうとしている時点で、お前らの方がよっぽど世の中の毒だ」


 拳を振り上げた時だった。


「あ、アカシーサム!!」


 悲鳴にも似たジニアの声が聞こえた時、背後から腕を掴まれた。

 。赤志は振り払おうと力を込める。


「うぉっ!」


 だが引っ張られた。

 大型トラックに牽引されているようだと錯覚し、困惑したまま投げられる。

 舌打ちし体勢を整え、力の正体に対し目を凝らす。

 

 巨大な影が立っていた。


「そこまでにしておけ」


 野太く、低い声だった。

 広場のイルミネーションを利用し相手の風体を確認する。

 緑色のモッズコート。黒髪のオールバック。眉間の皺が深く目つきが鋭い。目許も窪んで影があり強面だった。鼻筋が通っていて少し男前にも見える。


 身長は200センチちょっと。体は全体的に大きく太い。デブとは違う、不快感の無い恰幅かっぷくの良さ。肩幅はしっかりしていて上背うわぜもある。


「あんた、こいつらの味方?」

「いいえ。ですが、やりすぎだと思って止めさせていただきました」


 男性は丁寧な口調で喋り始めた。


【おい! 勇。ちょっと】

「なら弁明させて。俺は兎人シャルトを助けただけ」

「それは感謝します」


 男が目に角を立てた。


「ですが暴力行為は見過ごせません。話を聞かせていただければ」

「なんだあんた。警察かなにかか?」

【勇~。ちょっと話聞いて~!】


 フードの上から耳を押さえる。


「お前、黙ってろって」


 小声で注意するが声は止まらなかった。


【聞けよ。こいつ、なんかおかしい。魔力がなのに


 人間は呼吸で魔力を取り込んでしまう。なのに、この大男は魔力量が皆無だった。

 赤志もそれに気付いていた。


【とりあえずこの場はやり過ごそう。目的を忘れるな】

「「シシガミユウキ」だろ? わかってっから黙って────」

「「シシガミ」?」


 気温が下がったような気がした。


「なぜ、その名を知ってる」


 大男の顔が、眼光炯々がんこうけいけいとした表情に豹変した。


「答えていただけますか?」


 冷気を帯びた睨みが赤志を貫く。赤志は肩を竦めた。


「とりあえず質問くらい答えてよ」

「警察です。これは職務の一環だと思っていただければ」

【おい。正直に喋って────】

「やだ」

【え】

「聞きたいなら力尽くで聞き出してみな」

【お前、なに考えてんだよ!】


 相手が怪しいのは確かだ。ここで正体を暴く意味はある。

 赤志は利き手を前に出し人差し指を動かす。


「あんたもこっちの方が好みなんじゃない?」


 大男は頬を吊り上げた。


「では、それで」

「あとから「公務執行妨害こうぼうだ」とか言うなよ?」

「ご安心を。あなたも、病院のベッドの上で泣かないように」

「はぁ? それはあんた────」


 その時だった。


本郷ほんごうさん!!」


 怯えていた兎人シャルトが声を上げた。意識と視線が一瞬持っていかれる。

 その隙を見逃さず大男が間合いを詰めた。


「舐めすぎだ!」


 赤志は打ち下ろすようなローキックを放つ。バキン、という金属音のような音が鳴った。

 

「かった────」


 ローが当たった相手は止まらず、丸太のような腕を伸ばし赤志の胸倉を掴んだ。瞬間、赤志の視界が回転した。

 背中から地面に叩きつけられた赤志は、背中を強打し掠れた息を吐き出す。


【一瞬で投げやがった。なんだこの力】


 赤志は顔をしかめ、襟を掴む相手の手首を取ろうとする。

 相手は手を離し間合いを取った。


 立ち上がると巨岩の如き拳が飛んできた。両手を上げガードする。次々に拳が降り注ぎ、重低音が周囲に響く。

 プッシュパンチであるため、音が派手なだけで痛みは少ない。

 だが、迫力と衝撃に体が下がってしまう。相手の膂力りょりょくは完全に上だ。


 下がり続けていると、背に歩道橋の欄干が当たった。好機と見たか、相手は大きく振り被る。


「あめぇよ!」


 跳躍。膝を立て大男の耳を掴む。赤志の飛び膝蹴りが顎に叩き込まれた。確かな衝撃と手応えを感じる。

 だが相手を崩せなかった。それどころか下がりもしない。


「クソ」


 赤志は相手の耳を手前に引っ張り無理やり重心を崩そうとする。


 その時、大男の腕が背に回った。赤志は容易にかかえられてしまう。

 次いで大男は欄干にぶつかる。


【お?】

「え?」


 相手が何をしようとしているのか察した赤志は目を見開く。


「ちょ、待っ────」


 赤志の言葉を遮るように、大男が爪先で地面を蹴り。

 2人は欄干を超え落下していった。

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