本郷-7
扉を開ける。カウンター奥にいる、黒い花柄のワンピースを着た
「縁持さん。こんばんわ」
「ああ」
「うっす。本郷さん」
カウンター席にいた男がグラスを掲げた。
「
コートを脱ぎ椿の隣に座る。
「何か飲む?」
「いや。いい」
「仕事中?」
「そんなところだ」
「あなた、寝た方がいいわ。酷い顔してる」
長い指が本郷の頬を撫でる。胸元にあるネームプレートには、店名と同じ名が刻まれていた。
「ウロングナンバー」
「ん? なに?」
「毎回思うが面白い名前だ。間違ってないか? その読み方」
「
片目を閉じたウロングナンバーは笑みを浮かべた。
「椿も仕事中か」
「そうっすよ。いつも通りクソヤクザの真似っこしながら情報収集ですわ」
小顔でシュッとした顔立ちの椿はカラカラと笑う。
彼は
主に抗争が起きるかどうかの監視を行っているが、一方で、「シシガミユウキ」を探している。
彼も本郷の無実を晴らしたいと思っている人物だった。5年以上暴対課で世話になった、先輩である本郷に借りを返すという名目で、危険な捜査を続けている。
彼は近場の金融会社にいる面倒な客を追い返したあと、ここに寄ったらしい。
本郷はポケットからカロリーバーを出し封を切る。
「それ、まさか夕飯っすか?」
「そうだが」
椿は「うわぁ」と心の声を漏らす。
「本郷さん。もっと栄養もカロリーも、心も籠っているもの食わないと」
「作ろうか、私。カツカレー」
ウロングナンバーが割り込んできた。
「大盛りで、豚バラカツを5枚乗せて、ベーコンとウインナーもいっぱい。それを2人前」
「ああ。魅力的だな」
「それ栄養バランス悪いでしょうが」
楽し気に笑う彼女に頭を下げる。
「ありがとう、ウロングナンバー」
「え? なに。どうしたの」
「アリバイのことだ。お前が話してくれたおかげで、この半年間、俺はまだ刑事として動けている」
「ちょっとなに? 突然お礼とか。やめてよ」
小さく手を振った。
「言う必要ないわ。むしろ私が言いたいくらい。人間の役に立てたのなら、獣人冥利に尽きるってものよ」
そう言って背を向けた。
「いい人ばっかりだなぁ獣人は。美人も多いし。ね、本郷さん」
本郷は周囲を見回す。
「本郷さん?」
「ん、ああ」
「どうしたんすか?」
耳を澄ませる。いつも聞こえてくる小さな足音や、拙い英語が聞こえてこない。
バン、という大きな音と共にドアが開いた。スナックで働く
「ただいま~ってあら。本郷ちゃんいるじゃない!」
「ちゃん言うな」
女性がパタパタと近づき腕を掴む。
「もう! 来るなら連絡してよ! 何々? 遊びに来たの?」
「仕事中に寄っただけみたいよ」
不服そうな声が上がる。
「なぁ、気になることがあるんだが」
「ん? なに?」
「カンディットは? 静かだが、いないのか?」
近くに置いてあるデジタル時計に目を向ける。
11月25日、金曜。20時を回っていた。
「あ~外だよ、まだ。イルミネーション見に行くって言ってたし」
「俺が着た頃にはもういませんでしたよ」
本郷が頭を振る。
「
「だから? 獣人の子供をどうこうしようって人間が、今時いるわけ?」
ウロングナンバーは心配していないらしい。
「獣人に対する差別意識は未だ根強い。何かあったらどうする」
「大丈夫よ。ちょっと神経質になりすぎじゃない?」
「お前は楽観視しすぎている」
空気が張りつめる。椿の瞳が右往左往する。
本郷は立ち上がった。
「探しに行く。場所は」
「横浜の、えっと、ほら。なんとか島」
「
「そうそこ!」
ウロングナンバーが溜息を吐く。
「行き違いにならないよう祈ってるわ」
「そうしてくれ。あと椿以外は。夜遅くにひとりで出歩くなよ」
「俺のことも心配してくださいよ~」
「行ってらっしゃい。本郷さん! 気を付けてね」
本郷は脇にコートを抱え店を出た。
嫌な予感が胸中を渦巻いていた。
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