赤志-11

「やめて!!」


 ジニアの悲痛な声が遠ざかる。

 

【勇、頭から落ちてるぞ】


 舌打ちすると、相手の拘束が緩んだ。


「このっ!!」


 大男の体を蹴飛ばす。反動で身を翻し足から地面に着地。2回後転し威力を殺した。

 大男は両足で踏ん張るように着地。重々しい着地音が鳴り渡る。


 突如大柄な人間が2人も降ってきたため、広場にいる一般人がざわつき始める。


「っぶねぇな」


 立ち上がって敵を睨む。フードは脱げてないが深く被り直しておく。

 ガラス玉のような瞳を向けられ、赤志は唾を吐き捨てた。このままでも戦えるが、あまり時間はかけられそうにない。


【マジか、お前。相手人間だぞ?】


 静かな足取りで互いに近づく。


「まだやりますか?」

「あんま甘く見んなよ、俺を」


 瞬間、大男の首から上が天を仰いだ。


「!!?」


 突然の衝撃に大男は正面を見据えながらも後ずさりする。

 その間に、乾いた音が鳴った。


「なに……?」


 大男は鼻血を出しながら困惑した表情を浮かべた。そして自分の鼻が打たれたコンマ数秒後に音が鳴った、ということを理解し、目を見開く。


【殺すなよ】


 縦拳を打つ。右目に命中。懐に飛び込み右肘を振り上げ、相手の左頬を裂く。

 大男はボディを狙った左フックを放つ。対し、赤志は左肘を振り下ろし攻撃を叩き伏せると、左拳を固め腰を切りながら突き出した。

 拳から右眼底を砕く感触が伝わる。


 大男が後退した。赤志は距離を詰め拳を振る。

 相手は両腕でガードを固めたが、遅い。突き出した一本拳が脇にめり込む。ミシ、という軋む音が耳に届き巨体がグラつく。


「アバラ折れたな!!」


 前蹴りを放つ。相手はよろめきながら後退した。


【充分だろ】


 赤志は魔法を解く。


 魔法を使うと魔力酔いドランクの危険性がある。だが紅血魔力ビーギフトだけ使うのであればその現象は防げる。白空魔力エーギフトに干渉するような魔法を使わなければいいのだ。

 ゆえに赤志は身体能力を強化する魔法を使い、大男を圧倒していた。


 現世界では魔法ドーピングと呼ばれる違法行為であり、スポーツなどで使うことは禁止されている。


「ふーふぅー……」


 苦しそうな呼吸音が聞こえる。音速を超える拳が叩きこまれているのだから当然だろう。

 大男の鼻骨、眼底、肋骨は折れている。常人であれば気を失っていてもおかしくないダメージ量。

 なのに。


【マジか、コイツ】


 間合いを詰めてきていた。


「問題はない」


 大男が腕を伸ばした。

 赤志は鞭のように右足を振る。中段に来た足を掴もうと、大男の視線と腕が向けられる。

 だが中段蹴りが強襲することはなかった。


「トロいんだよ」


 相手の側頭部に、赤志の渾身の蹴りが叩き込まれた。


 ブラジリアンキック。中段を意識させ頭へ強襲する変則回し蹴り。


 想定してない攻撃に不意をつかれた巨体が、グラリと前に倒れていく。

 相手の片膝が付いたのを見て、赤志は肩の力を抜いた。


 刹那。

 大男が手を伸ばし赤志の軸足を掴んだ。

 瞬きの隙を突かれた。


「マジっ────」

「問題は、ない」


 大男は炎を瞳に灯らせ、片腕だけで、体重92キロの赤志を天高く持ち上げ。


「うぉぉぁぁあああ!!!」


 雄叫びと共に振り下ろした。木の棒を振るかの如く。

 赤志の体が勢いよくコンクリートに叩きつけられた。


「ぐ、がっ……」


 後頭部に片腕を入れ脳振盪のうしんとうを防ぐが、ダメージは甚大だった。

 肉とコンクリートがぶつかり合う音を聞いた野次馬が悲鳴を上げる。


 大男は手を離し跳躍。拳を引く。

 赤志は横に転がった。直後、頭があった場所に拳が突き刺さった。


 距離を取り、立ち上がる。

 大男は赤志を睨みながら、手首まで埋まった拳を引き抜いた。

 両者共に、肩を揺らしながら睨み合う。


「っかしいだろ。なんでそんな動けんだ」


 そこで気づく。相手の鼻血が止まっていることに。他の打突部分も少し赤くなっているだけ。目元の腫れも引いており呼吸も穏やかだ。

 

【回復? 紅血魔力(ビーギフト)も活性化してないのに】

「冗談みたいな体してんな、あんた」


 大男は両手を広げ、軽く腕を上げた。柔道の構えだ。その構えは威圧感満載の仁王像のようだった。

 夜空に浮かぶ綺麗な月が視界にチラと映る。


「やめて!!」


 野次馬を押しのけ、ジニアと兎人シャルトが姿を見せた。


「もうやめて!!!」

「ジニア! あぶねぇから下がってろ!」

「カンディット。お前も下がれ。そこのお姉さんと一緒にいなさい」


 両者止まる気はなかった。

 コイツに勝ちたい。勝利の欲求だけが2人の間に渦巻く。

 先に駆け出したのは赤志だった。


 大男────本郷も動く。


「っ……~~~~~!! いい加減に」


 視界の隅でジニアがキャスケットを取るのが見えた。

 プラチナブロンドの髪が靡く。頭頂部に生えた獣耳が天に向けられる。そして、赤色の靄がジニアの体に纏わりつく。

 赤志は足を止めた。


「ちょっ、ジニ────」

「しろぉおおおおおおおおおおおお!!!」


 赤志が止めるよりも早く。

 怒りの声と共に世界が明滅した。


 真白な世界が広がった瞬間、全身が痺れた。頭頂部から足先にかけてまで電流のような痛みが駆ける。

 それは本郷も同じだった。


 2人はくぐもった声を出すと前のめりに倒れる。その際、赤志は顔面を打った。


「ぶあっ!! いってぇぇ!!」

「うっ……ぐ……」


 顔を抑え悶える。本郷は指一本動かせずにいた。

 空に暗雲が立ち込め、月を隠し始める。


【天候操作か。あの子、かなり高度な魔法使えたんだな】

「か……ジ、ジニア、なんつうことしやがる!」


 素早く立ち上がってジニアを睨む。


「ふぅ……ふぅ……!」


 真っ赤な顔をして肩で息をするジニアに電撃が纏わりついていた。

 野次馬が悲鳴を上げながら四散した。すると、遠くから通報を受けたサイレンの音が聞こえて来た。


 ここでジニアを連れて逃げても遅いだろう。赤志は溜息を吐いてキャスケットを拾った。


「……悪かったよ、ジニア」


 汚れを払って被せる。サイレンが鳴り止み赤色灯が視界の隅に映った。

 多くの足音が近づいてくる。


「……ごめんなさい、魔法使っちゃった」

「大丈夫。そんなしょげんな。俺が悪いんだから」


 ジニアは今にも泣きそうな顔だった。どうやって喧嘩を止めればいいか必死に考えた結果だろう。


 なんとかしないとな。と口を動かしたところで、


「動くな!!!」


 駆けつけた制服警官たちに銃口を向けられる。


「撃たないでよ。抵抗しないからさ」


 赤志はフードを脱いで両手を上げた。

 本郷は、未だ痺れの取れない体を必死に動かそうとしていた。

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