赤志-1

『以上が彼の経歴です』

「……ああ、またこの夢かよ」


 うんざりしながら赤志勇あかしいさむは目を開けた。

 半年前の、記者会見の時だ。最近ずっとこの夢を見ている気がする。


 カメラのフラッシュが浴びせられ、手で顔を隠す。

 長机の上に並ぶ大量の設置型マイクが、銃口のようにこちらに向けられている。

 その先には無数の報道陣人影


『質疑応答に移りたいと思います。質問のある方は挙手を』


 高波が発生するように、一斉に手が上がる。


『では一番前の方』

日光新聞にっこうしんぶん白山飛燕しろやまひえんです。赤志さんにお聞きます』


 グレーのスーツの上にある顔は、マジックペンで塗り潰されたようなだった。そのため、声で男だと判断する。


『10年間、異世界「バビロンヘイム」に滞在し続け、戦争問題を解決した英雄……とのことですが。そんな異世界の英雄がなぜ日本に帰還したのでしょうか』


 目を閉じて無視する。


『あなたは唯一のです。その視点から見て、今の日本をご覧になった感想を』


 無視する。


『では、この国の魔法研究に関して一言』


 無視する。


『なぜ、こちらの世界に戻ることができたのですか?』


 無視する。


『質問を止めてください。次の人に────』

『日本が恋しかったのですか?』

『質問を止めてください!』

『異世界は危険で、地獄のような場所だった。だからこっちに逃げて────』




「違う!!!」




 赤志は目を見開き怒りの形相を浮かべ、テーブルを拳で叩いた。


「違う。異世界は、バビロンヘイムは、地獄のような場所なんかじゃない」


 目に角を立てる。

 マグマのような感情が、腹の底から湧いていた。


『では、何故、異世界に足を踏み入れた者は帰ってこないのですか? この14年で帰ってきたのは赤志さんだけです』

「だから危険だって? 違うよ。違う」


 赤志は握っていた拳を開き、喉奥を鳴らした。


。それだけなんだ」


 答えると血の気が引くような浮遊感に襲われた。

 空に浮き視界が黒に染まる。体が、底無しのそらに沈んでいくようだった。


 一瞬、暗闇に光が差し込み、見覚えのある駅が映る。




「……変わらねぇな。この駅は」



 

 呟いた瞬間、世界が明滅して、けたたましい音が脳内に響いた。




ααααα─────────ααααα




 赤志は枕元の棚に手を伸ばし、スマートフォンを取る。

 眉間に皺を寄せながら時刻を確認する。


 19時00分。11月24日木曜日。


 寝惚け眼にブルーライトはただの毒だ。視界が霞む。


 アラームを切って起き上がる。汗をかいていた。シャツを脱ぎ捨て洗面台に向かう。


 鏡に映った自身を睨む。

 切れ長の目。全体的にパーツが整っていながらシュッとした顔立ち。だが、目つきのせいで素材が台無しになっている。

 高身長と細身とはいえ筋肉質な体。

 飢えに苦しむ獅子のようだと、異世界向こうでは言われていた。


 ワインレッドの髪を触る。襟足と耳当たりの長さが特徴的なウルフカット。

 襟足の銀髪が少し色落ちしている。


「だっせぇ」


 顔を洗いリビングへ。冷蔵庫から炭酸水のペットボトルを取り出すと窓際に向かう。

 途中、歩く赤志を検知した50インチテレビが電源を入れた。壁に埋め込まれたモニターがニュース番組を映す。


『────新型の魔力抑制まりょくよくせいワクチン「プレシオン」の接種者の数は全国で3割になりました。「プレシオン」の効果並びに安全性は前回に比べて非常に高く、政府は全国各地の病院に────』


 横浜の夜景は美しかった。横浜ベイブリッジから横浜港、みなとみらいの風景が一望できる。

 30階から見える景色は格別だと尾上おのうえから聞いていたが、想像以上だ。


 炭酸水を吸い込むように飲む。500ミリリットルのペットボトルがベコベコと音を立てて凹み、小さくなる。


「ふぅ」


 ペットボトルを吐き捨て、脱力し深呼吸を繰り返す。

 腕を下げプラプラと振り、軽く拳を握る。


「ふうぅ」


 口から大きく息を吐き、両手足の先まで魔力ギフトを循環させる。


 右の手の平を天井に向けると、平手の上に赤色の風が渦巻き始めた。

 風は徐々に色を濃くし、熱くなり、やがて炎と化した。


 拳を握り再び広げる。炎は消え、代わりに青い水が渦巻いた。

 同じ動作を行う。今度は水が消え、緑色の風が手首から先を包み込む。


 そして最後に思いっきり拳を握ると、風は砂となって床に落ちた。

 パラパラと散った砂は霧散し、その姿を消す。


「やっぱ、少ないな」


 同じ動作を3分間繰り返す。ルーティンを終え、シャワーを浴び着替えた。


「よしっ。行くか」


 お気に入りのダウンジャケットを羽織り、フードを深く被ると赤志は部屋を出た。

 エレベーターで移動している途中、15階で、ロングコートを着た男性が乗ってきた。


「赤志、勇」


 男性は興味と畏怖と軽蔑が入り混じった目を向けた。


「早く乗れば?」


 男性は無言で乗り、赤志に背を向けた。エレベーターが動く。


「……お前、いつまでそんな生活を送るつもりだ。研究に協力してくれ。遊んでいる暇はないんだぞ」

「そら大変なこって。けど俺の出番はねぇよ。そうだろ?」


 エレベーターが1階に到着した。男性は赤志を肩越しに睨むと足音を鳴らしながら去っていった。


「犠牲にね」


 赤志はせせら笑いながら、エントランスを抜け外へ出た。

 向かう先は横浜駅。


 今日も赤志は、異世界と化した横浜に向かおうとしていた。


 ある人物を探し出して、殺すために。


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