レッドガーベラ~異世界横浜【魔薬】事件簿~

リンセ@サスペンスアクション執筆中

プロローグ

The_Plan

 月と星が輝いている。目が眩むような美しさだ。

 しん、と冷えた空気を切り裂き悲鳴が聞こえる。夜空を見て楽しんでいる場合ではない、と釘を刺されたようだ。


「悪いな」


 赤志勇あかしいさむは呟くと、呼吸を整え前を見据える。

 冷たい風がフードの奥に隠れる頬を刺した。


 横浜赤レンガ倉庫のイベント広場に集まった人々は、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っていた。数人は安全圏から、赤志に向かってスマートフォンのカメラを向けていた。


 右目の端に赤い光が走った。警察車両の赤色灯だ。

 人波を割るように広場に突入した車は、赤志から少し離れた場所で停車した。


 中から2人の制服警官が出てくる。ひとりは車を盾に拳銃を構え、もうひとりは拡声器を持っていた。


『動くな!! 抵抗せず武器を置き両手を挙げろ!』


 緊張しているのか声が上擦っていた。

 赤志は口角を上げる。


「撃て!! 撃ってみろ!!」


 左手で自身の胸を叩きながら大声を上げる。


「俺を殺してみろ!!」


 赤志の右手には包丁が握られていた。刃渡り35センチの万能包丁は鈍色の光を放っている。


『う、動くんじゃない!!』

「あははっ!!」


 大笑いしながら、足元に転がる3人に視線を向ける。


 ある者はうつ伏せに。

 ある者は仰向けで大口を開け虚空を見つめ。

 ある者は腹を押さえ横向きに倒れていた。


「全員ぶっ殺してやる!!」

『武器を置くんだ!』

「うるせぇ!! テメェら全員切り刻んでやるよ!」


 包丁を振ると刃に付着した血が飛び散った。


「ここは俺の場所だ!! 誰にも邪魔させない!」


 拡声器を持った警察官が顔を強張らせた。

 赤志の背に冷や汗が流れる。


「……まだか」


 小声で呟き唇を噛む。包丁を持つ手が汗ばむ。


『抵抗するな!』

「黙ってろ!!」


 まだなのか。赤志は歯噛みした。


「ああああああ!! 死ね! 死んじまえ!!」


 包丁を振り回しながら絶叫する。


 

 赤志は舌打ちし、次の手に移ろうとした。


 その時だった。


 空が真っ黒に染まった。まるで天幕が張られたように外部の光が徐々に薄くなっていく。


「来た……」


 赤志は呟く。次いで警察官の方に目を向けると、相手が頷いた。


『退避します!! あとは任せます!! 赤志さん!!』


 警察官たちは青い顔で車に乗り込むと逃げ出した。

 赤志は長く息を吐き出し包丁を捨てる。


 フードを脱ぐ。紅蓮に染まった髪の毛が夜風に揺れた。


「よし、死のうぜ」

 

 着ていたローブを脱ぎ捨て、ガラス玉のような透き通った瞳を上に向ける。

 視界に映るのは、星も月も姿を消した無明むみょうの夜空。


「ここで死のう」


 12月24日の聖夜が悪に染まる。

 月も星も包み隠すような漆黒の翼が広がっていく。


 


 鼻をつく鉄の臭い。

 耳をつんざく笑い声。

 赤志は白い歯を見せ拳を握る。



 花火まであと、20分を切っていた。



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