第157話 いっときの口止め
「改めて名乗りましょう。私は、当代勇者、双玉光る国第一王女、リアナ・サラード・エ・ト・ヴァルト。そしてこちらは、勇者の召喚に応じ異世界からおこしくださった姫巫女様、ぃサナカ・ユウキ様です。
女が勇者では役に立たぬに違いないと、召喚の儀すらなかなか行えなかった状況でしたので、ユウキ様に無理をお願いしてふたりの役割を入れ替え、私が勇者ユウキとして、ユウキ様が姫巫女リアナとして旅をしています」
「硬き銀鋼の国――ネズラルグの外でも女は男に劣ると侮られるのが常。
女の勇者が率いる一行となれば、双玉光る国諸侯に侮られ、旅が困難になるだろうことは想像がつきます。なればなおさら、この事実を知っている者、気づいただろう者、後から気づくかもしれない者への口止めが重要になりましょう。
すでにあの場にいた者は全て城内に集めております。今日中に、血の約定の魔法陣にて誓いを立てさせましょう」
当然のように言うネズラルグ候。
「あの、その件なんですが」
俺はおずおずと手を上げた。
「血の約定の魔法陣って、その約束を破ったら自分だけでなく血縁が死んじゃう魔法なんですよね?」
「そうですな。両親祖父母子々孫々にまで影響を及ぼす魔法です」
ジェイドさんがうなずく。
「とは言っても、誓った本人が秘密を守るという約定であれば、その者が死ぬまでで約定の効果もおしまいです。遠い子孫まで影響することはありません」
勇者姫様は言うけれど。
「でも、約束を守らなかったら家族が死ぬ魔法をかけられ、自分が死ぬまでその約束を守り続けなければならないのは、とても心に負担がかかることだと思うんです。もっと罰を与えられる範囲が狭い魔法とか、別の形で秘密を守ってもらう魔法はないんですか?」
俺が言うと、勇者姫様とジェイドさんは顔を見合わせ笑い合う。
「ネズラルグ候。これが、私の自慢の姫巫女様です。心清らかで優しく慈悲深い方なのですよ」
待って。
勇者姫様の俺評がまた進化してないか?
「たとえ男性であったとしても、まぎれもなく姫巫女様、崇敬を捧げるべき剣と杖の神の使いであると私は確信いたしております」
ネズラルグ候が至極真面目に返す。
うわあ。この人も本気の目だ。
「ともあれ、血の約定の魔法陣で死ぬまで約定で縛ることを姫巫女様が望まぬとあらば、次善の策を考えねばなりませぬな。沈黙の魔法陣は使えませぬかな?」
ジェイドさんが話を戻してくれた。
「沈黙の魔法陣は、影響下で知ったことを知らぬものに伝えられなくなる魔法です。すでに知っていることの口止めには使えないのです」
「密約の魔法陣は?」
ジェイドさんが言えば、ネズラルグ候は眉をひそめた。
「そのようなものが存在したことは伝えられておりますが、ネズラルグには伝えられていない魔法陣です。ともに秘密を誓った者以外に秘密を明かすと、それを耳にした者たちと秘密を明かした者、双方が死に至る恐ろしい魔法。大勢の前で秘密を叫べは何千何万人を一度に殺す武器として使えると、大賢者ドーリアスに新たな製造と継承を禁じられたものです。まさかご存知とは思いませんでした」
「教会にも存在は伝えられていましたからな。――となると、血の約定の魔法陣を、何らかの条件を付けて使うしかないですかな」
「ならば、期限を切りましょう」
勇者姫様が言った。
「男勝りの姫巫女リアナ姫は、自身が女らしい姫巫女ではないことで召喚された勇者がそしられ、侮られるのではないかと気にしている。当代勇者が魔女討伐を果たすまで、ロレインを助けようと女らしくない振る舞いをしたことを内緒にして欲しいと言っている、ということで」
「それでいいんですか?」
後でバレたら、問題が出るんじゃなかろうか?
「私たちの入れ替わりは、魔女討伐の旅に支障が出ると困るからしていることです。魔女討伐という目的さえ果たしてしまえば、後は何をどう疑われようと構いません。『そんなことありえない』と一笑に付せばよいだけです」
勇者姫様が笑うのに、ジェイドさんは難しい顔をする。
「わたくしは、入れ替わりを許したのではないかと痛い腹を探られる役目を押し付けられたくはないのですがな」
「がんばってしらを切り通せ」
そのひと言で済ませるのは、ジェイドさんが気の毒だと思う。
「あの場にいた者たちには、『ロレインが溺れたときにその場で見聞きしたことは、期限が来るまで口にしない』と誓わせましょう」
勇者姫様は、改めてそう提案した。
「さらに、『ロレインが溺れたときのことを訊ねた者には、罰を与える』と触れを出す。血の約定を破らせた者は死罪、訊ねられたと訴えがあった場合は罰金、徴収した罰金は姫巫女様の望みに従い沈黙を守った者に与える。子供は対象外。――そんなところですかね?」
「悪くありませんな。ネズラルグの神殿の神官にも協力を命じておきましょう。沈黙を守ることこそが姫巫女様の意に沿うこと、神の望みであると、約定を結びそれを守る者を褒め、約定を結んだ者から話を聞き出そうとしない者を褒め、励まし、心の支えとなるように。子供たちに訊ねられたら、『勇者様が魔女を倒したら教えてやろう』と答えればよいと躱し方も教え、できれば一人も欠かさず期限の時を迎えられるように」
「では、期限の時を迎えたなら、勇者様が魔女を倒した祝いとしてネズラルグの町の住人にひとり頭銀貨2枚を私から与えると先に明言しておきましょう。そのときのことを訊ねて罰金を取られた者には与えぬということで。罰金は、祝い金より多く、銀貨4枚というところでしょうか」
勇者姫様の提案に、ジェイドさんがそれを補助する案を加え、ネズラルグ候が具体的なところに落とし込む。
「褒美と罰の加減が良いですね。いかがですか? ユウキ様」
三人の視線が俺に集まる。
いや、そう言われても、細かいことを評価できるほど、この世界の価値観を理解してるわけじゃない。
「長々と命の危機が続かないんなら、それでいいです」
結局、そんなことくらいしか言えなかった。
「ところで、そもそもロレインが湖に落ちた原因は、何だったのですか?」
一通りの話が終わったところで勇者姫様が訊ねると、ネズラルグ候は何とも申し訳なさそうな顔をした。
「これは私共の教育が至らなかったというお恥ずかしい話なのですが――」
そんな前置きをして話を続ける。
「ロレインがアレヴァルトからの使いの話に気を取られている間に、エディが勇者様の黒鉄の馬に近づいてしまったのだそうです。威嚇されて驚いて後ずさろうとして、橋から落ちそうになったのを、ロレインがかばって代わりに落ちたのだと申しております」
「ああー」
勇者姫様が少しばかり間の抜けた声を上げる。
「そういう状況は予想外でした」
「当然です」とネズラルグ候は言った。
「息子には常々、『動物にうかつに近づいてはいけない』と言い聞かせておりました。馬車に繋がれた馬にも
「いやはや、子供は何をするかわからないものですな」
ジェイドさんの言葉に俺もうなずく。
まだ幼稚園児の甥っ子を見てると、子供は何するかわからないって痛感するもんな。
なんか面白そうなものを見つけたら、考えるより先に駆け寄ったり手を出したりするから、ほんと目を離せない。
この世界の子供は見た目の年齢よりも言動が大人びてはいるけれど、やはり子供らしいところもあるんだな。
どちらの世界でも、お母さんは大変だ。
「そうだ。ロレインの具合はどうですか?」
思い出して聞いてみる。
「すでに6回も治癒魔術を使っておりますから、溺れたことが原因で今から体調が悪化する心配はありません。ただ、やはり体力は消耗しておりますから、今はベッドで休ませております」
「ここで無理をすると思わぬ病を得るもの、しばらくは無理をさせぬことですな」
「はい――」
何か思うところがあるようなネズラルグ候の表情。
「どうかしましたか?」
勇者姫様が、多分、ネズラルグ候が何かを言いたそうだと理解しながら話を促す。
「改めて明日から向かうオグレクでの滞在についてなのですが、本来の予定とは異なりますが、ロレインの同行を許していただけないでしょうか? オグレクは、病後の体力回復などに、大変効果があるとされているのです」
勇者姫様とジェイドさんの目が俺に向けられる。
最初に俺に口を開かせようとするということは、俺の判断でいいということだ。
「喜んで。俺が男だと隠さなくて済む相手と話すことができるというのは、気分転換になるので俺としてもありがたいです」
俺が言えば、「おお!」とネズラルグ候は表情を明るくした。
「姫巫女様の寛大な御心と慈悲深いお言葉に、心から感謝いたします」
その声は心から嬉しそうだった。
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