第156話 性別バレ済

 昼食の後、ネズラルグ候が訪ねてきた。

 食堂の隣にあったリビングにメイドたちが聖泉石のグラスと菓子パンみたいなお菓子を準備をしてくれて、俺たちはそこでネズラルグ候と顔を合わせた。

「姫巫女様におかれましては、我が妻ロレインにその奇跡のお力をお示し下さり、まこと感謝の念に堪えません。姫巫女様がいらっしゃらなければ、私は今頃、息子とともに妻の亡骸に取り縋り涙に暮れていたことでしょう。あるいは、幼い息子を残し妻と供に死の国へと旅立っていたかもしれません」

 ネズラルグ候は俺たちのいる部屋に入るとすぐにその場に両膝を着き、胸元で指を組んで両手を握り、頭を垂れながら言った。

「何をもってしても報いることの出来ぬほどの御慈悲を賜りましたこと、ネズラルグ侯爵家および領民子々孫々に語り継ぎ、魔法使いの子孫の血脈果てるまで姫巫女様と剣と杖の神に崇敬と奉仕を捧げることを血の約定の魔法陣に誓いましょう」

 これ、完全に俺を神様の使いとして扱ってるんじゃないか?

 ――ていうか、血の約定の魔法陣って、本人以外の血縁にも命に係わるペナルティがある魔法じゃなかったっけ?! 俺のしたことがきっかけで未来に誰かが死ぬかもしれないなんて、嫌だぞ!

 俺はちらちらとソファーに座る俺の両脇に立つ勇者姫様とジェイドさんを見る。

 ふたりとも、俺の視線に微笑みを返してくれた。

 とりあえず、俺に言いたいことがあることはわかってくれたと思う。多分。

「ネズラルグ候。姫巫女様は堅苦しいこと、大げさなことが大変苦手でいらっしゃる。奇跡を目にし真に神が遣わして下さった存在に膝をつきたくなるのもわかるが、姫巫女様の前では控えなさい」

 ジェイドさんに言われ、ネズラルグ候はさっと立ちあがった。

「これよりは、姫巫女様より直接お言葉を賜るゆえ、人払いをする。――ウク、チッテアー」

 ジェイドさんはさっと杖で紋章を描き、音の結界の呪文を唱えた。リビングにおそらく一方通行の音の結界が張られる。

「ネズラルグ候。まず、私からお伺いしたい」

 最初に、勇者姫様がそう切り出した。

「貴公は姫巫女様のことを、どこまで察していますか?」

「姫巫女様が男の体であることは承知しております。勇者様が女の体であることも。そのことから、勇者様が本当はリアナ姫様であることも推測できております」

 すらすらとネズラルグ候は言った。

 やっぱり気づくよなあ。

 俺はそっとため息をついた。

「それに気づいている人間、それを知っている人間は、貴公の他にいますか?」

「妻は気づいております。息子は、お二人が普通とは違うとは思っているようですが、性別が違うということには思い至っていないようです。

 先ほどの件であの場にいた者の中に、それに気づいた人間がどれほどいるかはわかりません。近くにいた私の従者はおそらく気づいたでしょう」

 ん?

「その物言い、もしや、貴公と妻子は、さっきの件以前から私たちの真実に気づいていたのですか?」

「はい。私も、おそらく妻も、はじめてお目にかかったときから気づいておりました」

 勇者姫様が眉をひそめて言うのにネズラルグ候がきっぱりとそう答える。

「なんと!」とジェイドさんが驚きの声を上げる。勇者姫様も両眉を上げる。

 ええー? 初めて会ったときから、バレてたの?!

 こっちこそ気づかなかった!

「何がきっかけで気づいたのですか?」

 勇者姫様がさすがに動揺が滲む声で聞く。

「姫巫女様は顔と手の骨格、勇者様は骨盤の骨格で。姫巫女様の腰回りが女性らしかったので少し迷いましたが」

 あー。顔の骨格はなあ。

 女が男を演じるなら、成長途上で誤魔化せるけど、逆はなあ。

 化粧ができるなら影をつけたりして多少は誤魔化せるけど、この世界では浄化魔術があるせいで常に化粧していることができないからなあ。

「そんなに簡単に見破られてしまうとは……」

 勇者姫様は額に手を当てうつむいてしまった。

 いや、俺もショックだ。

 まさか、最初からバレてたなんて。

「これは、私やロレインの『物の形や大きさ、角度を、見ただけで正確に把握できる才』あってこそ、違和感を覚えることができたのだと考えます。並の人間にはなかなか見抜けぬことでしょう」

 ネズラルグ候が慌ててフォローしようとする。

「現に、騎士や兵士、翡翠加工工房の職人の中には、姫巫女様に憧れるものが多数出ておりますし、女性使用人たちもかまびすしく勇者様の魅力について語り合っております」

 うーん。それはそれで、少し嫌なんだよなあ。

「候は、最初から気づいていたのに、口には出していなかったのですね」

 勇者姫様の言葉に、ネズラルグ候は微笑んだ。

「ネズラルグは、勇者様のご協力なくしては立ち行きません。勇者様の機嫌を損ねるようなことはするべきではないと判断し、気づかないことにしようと決めておりました」

 ああ。確かに。ネズラルグ侯爵が勇者に忖度するのは当然だよな。

「ユウキ様。どうやらネズラルグ候とロレイン相手に隠し事をする必要はなくなったようです。これからは、シトリたちと同じように、音の結界の中では気楽にいきましょう」

 勇者姫様は苦笑しながらそう言ったのだった。

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