第108話 協力する理由
「俺の世界での俺には、『俺にしかできない、求められる役目』なんてありませんでした。
俺は、今まで通り抜けてきた村や町にいた貴族ではない人たちのような、普通の人間だったんです。世の中の大きな事柄を左右することなんかない、ありふれた人生以外の将来なんて、夢見たとしても実際にはありえない、どこにでもいるような庶民です。
そんな俺が、『あなただけが勇者に力を与え、この国の人々を救う手助けをすることができるのです』と言われて、『お願いですから力を貸してください』と頼りにされたんです。ガボーグで見たような、魔女と使徒が存在することで不幸になってる人たちを救う勇者の手助けができるって言われたんです。
『よし、そういうことならがんばってやろう』って張り切るのは当然じゃないですか?
それに、こんな状況で自分のできることをしないでのうのうとしていられるほど、俺は図太くないです。食事の支度の手伝いと一緒ですよ。状況を考えたら、何もしない方が俺にはいたたまれないんです」
「できるのは自分だけ。そういうことならがんばってやろう――そのような気持ちになることは、わかる気がします……」
勇者姫様は口元に手を当て、しばらく考え込んでから顔を上げた。
「では、ユウキ様は、勇者を助け、魔女を倒し、異世界に帰還すること自体が目的なので、それ以外の褒美の類は必要ないということなのでしょうか?」
「俺にとっては、勇者が無事に魔女を倒してくれることが、一番の褒美ですよ。あとは、ありがとうって言ってもらえたら嬉しいだろうなあというくらいです」
「ユウキ様の言葉を信じるならば、たとえば
勇者姫様が男だったら?
俺は女装をして、巨牛に腰を抜かして、クソ野郎に襲われてるのに、目の前で男らしい勇者がかっこよく使徒を討伐してるって、ぞっとしない構図だ。
勇者姫様とは性別が違うからこそ、「俺とは違う」と切り離しやすいところがある気がする。
もしも勇者姫様が男だったら、言い訳もできずに男としての差を見せつけられて、今以上に情けなくて、いたたまれなくて、複雑な気分になりそうだ。
けれど――
俺は、女の格好をしていて、戦うこともできなくて、巨牛に腰を抜かして、クソ野郎に襲われて殴られて心が折れるような弱い男だけど。
それでも、自分のすることが、誰かに、世界に、なにがしかの貢献をするのなら。
俺は、それをしたい。
できることすら投げ出す人間になりたくない。
「結局は同じように協力したと思いますよ」
俺は言った。
うん。きっと、最終的な結論は同じだろう。
勇者姫様は、じっと俺を見つめながら俺の答えを聞くと、目を伏せ、大きく息を吐いた。
「ユウキ様が、リアナ姫に見返りを求めることなく、自発的に協力してくださっていると確かに理解しました。そのお気持ちの尊さに敬意を抱くとともに、心から安堵いたしました」
顔を上げ勇者姫様は笑う。
最近違和感を覚えていたあの男装の麗人を思わせる綺麗な笑みとは違う、もっと人懐っこく柔らかい可愛い笑みで。
「私の姫巫女様がユウキ様で良かったと、心から思います」
そう言って細められた目は、少し潤んでいるように見えた。
勇者姫様が部屋を出たところで、俺は早速楽な格好に着替えさせてもらった。
久しぶりに体型補正下着を完全に脱ぎ、思い切り深呼吸ができてほっとする。
肌着の上からつけるコルセットは、何かの芯が入った張りのある素材でできている。ウエストの上下が広がった立体的な
ペチコートを身に着け、小金の袋が入ったポーチをスカートのサイドスリットからアクセスできる場所に着け、その上からスカートをはく。
ああ。補正下着に比べたら、段違いに楽だ。特に、腹部がフリーダムなのがありがたい。血流が良くなって、内臓が喜んでる感じがする。
そのせいか、体がポカポカしてきて、眠くなってきた。
メモの整理はまだ終わってないけれど、明日も時間はたっぷりあるだろうから、今日はここまでにしよう。
インク瓶の蓋を閉じ、羽根ペンを浄化し、書き物机の上を片付ける。
大理石ランタンと聖杖を手にトイレに行き、戻って来てから聖泉石の水で水分補給をする。大理石ランタンの明かりをごく弱い光の
最後に、靴を脱ぎ、聖杖も含めて全身を浄化して、就寝準備完了だ。
俺は聖杖を抱いてベッドに横になった。
目を閉じると、背中から聖霊気が入ってくるのが分かった。乾いた砂に染み込むようにさあっと広がり、満ちて、聖杖に流れ込んでいく。
今日の昼間には全然入って来なかった聖霊気が、ゆるやかに流れていく。
ああ、そういえば、昼間に聖霊気が入ってこなかったこと、聞こうと思って忘れていたな。
でも、なんだか大丈夫な気がする。
だって今は、ひとりじゃない感じがする。
俺はとてもゆったりとした気持ちで目を閉じた。
――痛い。
――痛い。
――お腹が痛い。
え? 大丈夫かな?
悪いものでも食べたのか?
――でも平気だ。
――体が辛いだけなら平気だ。
――何も恐くない。
だけって、体が辛いんなら「だけ」じゃないだろ?
「平気」じゃないだろ?
本当に大丈夫かな?
――恐くない。
――もう恐くない。
――本当のあなたは、あんなことは言わない。
――協力の対価に、私の体を求めたりなどしない。
――私を抱かせろなどと、決して言わない。
なんだそれ?
女の人に、「協力する代わりにやらせろ」って言いだすって話か?
そんな卑劣なやついるのか?
あ、いないって話か。
――ああ、そんなこと、絶対に言わない。
――それが分かったから、私はもう恐くない。
そうだよ。
普通はそんなこと言わない。
そんなこというやつがいたら、ぶっ飛ばしていいよ。
――幻のあなたが何を言おうと、恐くない。
――本当のあなたは、あんなことは言わないのだから。
――そして、私は、もう、答えを見つけたのだから。
そうか。答えを見つけたのか。
俺も、多分見つけた。
――私は、私だ。
――今は本当の私じゃないかもしれないけれど、これが今の私だ。
――お腹が痛い。面倒臭い。それも私だ。
うん。
嫌なことがあっても、嫌なところがあっても、それが自分だよな。
――したいことも、わかった。
――私は、私の役目を全うしたいんだ。
それが自分の役目なら。それが自分にしかできないことなら。
全うしたいよな。
やりとおしたいよな。
――そして、この身で今の役目を果たしたら、自由になったら。
――本当の自分を取り戻す手段を探しに行きたい。
すごいな。今の目標だけじゃなく、将来の目標も決まってるのか。
俺はまだ、今の目標だけで手いっぱいだ。
――自由になったら。
――きっと私は、どこにだって行ける。
――どこまでも行ける。
――ひとりでだって行ける。
――ああ、でも。
――ひとりでないほうが、きっと……
――……
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