第107話 酌婦の仕事

 目的かあ。

「正直なことを言えば、最初はよく考えずに流されていました」

 俺は言った。

「俺の世界には、『普通の人間が異世界に召喚されて、活躍する物語』が沢山あります。召喚されたとき、そういう物語のようなことが自分にも起きたんだと思ったんです」

「ああ。何故こんなに飲み込みが早く、落ち着いていらっしゃるのだろうかと思っていましたが、そういう理由だったのですね」

 勇者姫様はひとつ謎が解けたという顔をした。

「俺が元の世界に帰る条件は、死ぬか魔女を討伐するか。死んで帰っても、魔女が健在ならまた召喚される可能性が高い。

 協力しなければ帰れない上に、協力すれば姫様の庇護を得られるのは確実。協力も、リアナ姫のふりをして聖杖に触れるだけでいい。

 協力しない理由はないでしょう?」

「ならば、最低限のことと、ご自身のしたいことをするだけでよいのではないですか?」

 納得していないようすで勇者姫様は言った。

「食事の支度の手伝いなどは、ユウキ様がそうした方が心穏やかでいられること、ユウキ様が自らしたいと思われることなのだと納得しております。

 ですが、このような手間をかけてまでより良い形でリアナ姫を演じ、使徒戦では自らジェイドを背負い、先ほどは失敗した私を助けてくださった。そこまで時間と労力を費やし、心を配ってくださる理由が、ユウキ様にあるとは思えません」

 戸惑うような勇者姫様の表情。

「ユウキ様は、何を求めてここまでしてくださっているのですか? もしかして――」

 ふと、勇者姫様の言葉が止まった。

 視線を逸らし、何故か数秒逡巡してから、勇者姫様は改めて口を開いた。

「――いえ。とにかく、ユウキ様に求めるものがあるのでしたら、できる限りは応えたいので……教えていただけますか?」

 え? それ、ご褒美くれるってこと?

 でも――

「求めるものは、特にないですね。何も持って帰れないわけですし」

 俺は言った。

「ですがユウキ様、思い出は持って帰れるのですから、今、良い思いをすることは、できるのではないですか? その……例えば、昨日通った道の脇にあった酒場の酌婦を呼んで遊ぶこともできますよ? 口止めは必要ですが」

 少し言い辛そうに、勇者姫様が言う。

「酌婦を呼ぶんですか? 俺、あまり酒は――」

「ああいうところの酌婦は、春をひさぐのも仕事のうちです」

 ん? 春をひさぐって――――

 ――――あっ! 思い出した!

 春をひさぐって、体を売るって意味だ!

 体を売るのが仕事の酌婦を呼ぶって、つまり、「お金を払えば相手をしてくれる女性を手配する」って勇者姫様は言っているんだ。

「そういうのは、俺は要らないです」

 意味が分かったところで俺は即そう言って、言ってから「あれ?」と思う。


 そういえば、こちらの世界に来て以来、朝立ち以外でナニがああなっていない気がする。

 え? こちらの世界に召喚されてからもう2か月近く経ってるぞ? え? あれ?

 あれ? マジだ。2か月してない。あれ??

 なにそれ、改めて気づく驚愕の事実なんだけど?

 もしかして、聖杖のせいか?

 神様が遣わした姫巫女だから、性欲が薄くなってるとか、ありえそう。

 まあ、ジェイドさんや勇者姫様と同じ馬車で旅行するのには、この方が都合がいいっちゃいいし、煩悩一切ないわけじゃないから、あんまり不安は感じないけど。

 なんか、今はこれが自然だって感じがする。


「……要らないのですか?」

 勇者姫様の言葉にハッと我に返る。

「はい!」と慌てて返事をして、思いがけず大きくなってしまった声を誤魔化すために、俺はそのまま言葉を続けた。

「だいたい、俺、するなら好き合ってる人がいいですし、素人童貞って童貞よりもかっこ悪いと思いますし……」

「シロートドーテー?」

 きょとんとした顔で、勇者姫様が俺の言葉を繰り返す。

 あ、しまった。余計なこと言った。

 なんて言葉、お姫様に言わせてんだよ!

「とにかく! お金でそういうことをするのは趣味じゃないんで、遠慮します」

 俺はきっぱりと言った。


 この世界でのそういうことの価値観はわからないけど。

 女兄弟に囲まれて育った俺にとって、お金で女性とそういうことをするってのは、どうしても姉ちゃんや妹がこういうことをしてたら嫌だよなあって気持ちが先に立って論外だ。

 そもそも、誰かの手配でそういうことをするってのは、「俺は女性を金で買うことに抵抗がありません」ってその誰かに教えるようなもんで。俺がその誰かだったら、自分が手配したとしても心の中で軽蔑すると思うし。

 する行為自体に興味がないわけじゃないけど、買うのも、誰かの手配でのも、心から遠慮したい。


「だいたい、求めるものがないのは、そんなにおかしいことですか?」

 話を逸らすためにも、俺は続けた。

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