第111話 俺のしたいこと
しゃぶしゃぶの薬味の話をつらつらとしていたときだった。
勇者姫様の声が聞こえなくなったことに気付いて目をやれば、いつの間にか勇者姫様が目を閉じていた。
旅のあいだ勇者姫様は、誰よりも早く起きて誰よりも遅く眠っていた。寝顔を見るのはこれが初めてだ。
勇者姫様の寝顔は、とても無防備で。
その無防備さ可愛いと思うと同時に、ちょっと微妙な気持ちになる。
こんなに無防備に眠れてしまうのは、俺が男として意識されてないからなんだろう。
この世界の貴族の価値観での俺は、男として底辺も底辺だ。強くもない、身分もない。
勇者姫様は、ユウキ様はすごい、素晴らしいと持ち上げてくれるけど、魔術も貴族の普通レベルには使えない。財産もないし、頭もすごく良いわけじゃない。全然良いところがない。
そもそも、勇者姫様に何をしようとしても力じゃ敵わないんだから、俺を危険な存在と警戒する必要もない。
警戒されたいわけじゃないし、何をするつもりもないし、しようとしてもできないんだけど、それはそれとして、男として認められていないと思うと、自分が男として欠陥があると言われているような気がしてしまって、微妙な気持ちになってしまう。
誰もそんなことを言っていないのにそう感じてしまうのって、自意識過剰なのかな? 被害妄想なのかな? いずれにせよ、そんなこと言ってない周囲にとっては濡れ衣もいいとこだろう。失礼とさえいえるかもしれない。
だから、こういう気持ちってのはあんまり向き合い過ぎてもいけないものなんだろうと思う。
「まあ、警戒されないくらいに信頼されて、安心されてるってことは、光栄なことだよな」
心の中の釈然としない気持ちを、ポジティブな解釈で棚に上げておくことにして、俺はテーブルに頬杖をついた。
目を閉じて静かに呼吸している勇者姫様は、起きてるときよりも少年っぽく見える。
目を開けているときの勇者は少年から青年への成長過程という感じだけれど、今はそれよりもっと少年寄りな印象だ。
ふと、勇者姫様の眉根が寄る。
小さなうめき声とともに、丸めていた背中が、もっと丸くなる。
お腹が痛いのかな?
ここが日本で、目の前にいるのが姉ちゃんたちや叶絵だったら走って鎮痛剤を買いに行くところだけど、この世界ではそういうわけにもいかない。
何か、俺にできることはないだろうか?
考えた末、俺は膝に置いていた聖杖を両手でしっかり握った。
姫巫女の役目が勇者の聖霊気の増幅器なら、俺が聖杖に触れていることで勇者姫様の中の聖霊気は増えるはずだ。聖霊気は治癒魔術にも使えるのだから、体調不良の改善に消費される可能性もあるだろう。たくさんあって困ることはないはずだ。
背中から入ってくる聖霊気が、入って来た以上の量になって聖杖から出ていく。
実際のところ、これが勇者姫様にとってどれだけのプラスになるかはわからない。
「あなたの生理痛を軽減するために、俺ができることは何ですか?」と聞くのもデリカシーのない話だろう。この世界では特に。
でも、何かしたいと思ってしまう。
昨日、勇者姫様が男でも結局は同じように協力したと思うって言ったけど。
でも、これが勇者姫様とは別人の男勇者だったら、「結局」に至るまで、それなりに時間がかかったと思う。
だって、ここまで来る旅の間に、たいして役に立てているとも思えない俺を、褒めて、認めて、いつも感謝してくれて、とても気遣ってくれてきたのはこの人で。
そういう気遣いをしてくれる理由が俺が姫巫女だからだとしても。褒めて認めてくれているのがあくまでも姫巫女としてであって、男としてじゃないとしても。
それでも俺のことをよく見てくれて小さなことでも褒める言葉と感謝する言葉を俺に伝えてくれる、その言葉に俺はすごく励まされてきたと思う。
だから、この人を助けたい。
俺のできることをしたい。
なんだかんだ言って、男には綺麗な女の人に良い格好をしたい気持ちがあると思う。召喚された最初に助けてくれと頼まれたとき、承諾したのはそれが理由だったかもしれない。
綺麗な女の人に頼りにされて、期待以上のことをして応えて、カッコイイって思われて、素敵です、好きですって言われる。恋愛の対象に選ばれる。他の男の人よりもあなたの方が良いと言われて、実際に自分を選んでもらえる。
最初の頃、そういう下心がかけらもなかったとは断言できない。
うん。そこは認める。
でも、この世界での俺はとても男として認められるような存在じゃないから、恋愛フラグ立てたいとかそんなことは無理だってもうわかってる。
それがわかっていても今は。
この人が女でなくても――この人が、姫巫女としての俺ではない、男としての俺を認知していなくても。
俺は、この人に協力したい。
この人を助けたい。
できることはきっと少ないけれど。
それでもそうしたい。
ふう、と勇者姫様が息を吐いた。
眉間が緩んで、ぎゅっと縮こまっていた体から少し力が抜けたのが見て取れる。
少しは楽になったのかな?
だったらいいな。
そう思った。
パキンと結界が解除される音が響いた途端、がばっと勇者姫様が体を起こした。
「え?!」
酷く慌てて周りを見回して、俺と目が合うとみるみる顔を紅潮させた。
さっきまで血の気を感じなかった白い肌が、わずか数秒で面白いくらいに血色がよくなる。
綺麗に笑ってるときの勇者姫様と違って、すごく女性的に見えるわけじゃない。うん。どっちかというと、青年っぽく見える勇者の顔だ。
でも、顔を真っ赤にして動揺している勇者は、なんだか可愛くて。俺はつい口元を緩めてしまった。
「すみませんっ、私が眠ってしまっては、ユウキ様の無聊を慰めることができないというのに……!」
「いえ。疲れが溜まってたんですね。――失礼」
慌てる勇者姫様に俺は当然のことのように言い、勇者姫様が身だしなみを整える時間を作るため、聖杖を手にトイレに行く振りをして部屋を出た。
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