第104話 作戦会議

「明日、明後日、私は体調を崩します」

 貴族の館の来客用の離れの一番良い寝室、2人掛けのテーブルセットと書き物机、ベッドがひとつ置かれた俺に割り当てられた部屋。ベッドに俺が座り、テーブルセットにジェイドさんを座らせ、「いえ、私はこちらで結構です」と立ち続けようとするシトリにどう椅子を勧めようかと思っていたところに戻って来た勇者姫様は、書き物机の椅子を部屋の中央に向けて座るなりそう言った。

「体調を崩すことがわかっているのですか?」

 椅子に座り杖を膝に置いたジェイドさんが、無知ゆえの素直な質問をする。

「わかっている。月の障りだからな」

「月の……」

 眉をひそめ少し考え込んだジェイドさんは「あ」と顔を上げ、「いや……え?!」と明らかに動揺した。

「いつも通りであれば、2日目と3日目は、腹痛で動くのが辛くなります。そこで、ユウキ様には『リアナ姫は月の障りが重くて動けない』というふりをしていただきたいのです。具体的には、食事以外、二階から下に降りず、この館から出ないでください」

 ジェイドさんの怪しい動きをあえて無視して、勇者姫様は話を続けた。

「その上で、『勇者が側にいると姫巫女様の苦痛が和らぐため、勇者は姫巫女様の側を離れられない』ということにすれば、私がこの離れにこもりきりになっても不自然ではないでしょう」

「『勇者』と『リアナ姫』、二人一緒にこもってしまえば、どっちの都合で外に出ないかはわからないというわけですね」

「そういうことです」

 俺の言葉にうなずいてから、勇者姫様はシトリへと目を向けた。

「今日は9月13日。次の第五使徒討伐予定日は明々後日しあさっての16日でしたね、シトリ?」

「その通りでございます」

「その頃には、戦闘が可能なくらいには回復しているはずです。――普段の討伐戦は、具体的にはどのような物なのですか?」

「通常の討伐戦では、戦場となる広場を見下ろせる坂に弓兵とそれを守る騎士を配置、物理防御結界魔術に長けた神官騎士を先行させ、広場で結界を張って囮になってもらい、縄張りに入った囮に襲い掛かる魔猿を矢や投擲槍で攻撃し、弱らせ動きを鈍らせてから接近戦を挑み討伐するという作戦をとっております。

 魔猿の攻撃は、翡翠色の爪と牙での斬撃と噛みつきです。鉄の腕当てくらいは噛み破りますが、これはある程度以上の強度の防御結界や防御魔術で防げます。

 魔猿は一番近くにいる人間――初戦ではない人間から襲う習性があります。囮さえ置いておけば退却することはありません。

 傷を負っていない魔猿は大変に素早く落ち着きがなく、高速で移動しながら四方八方から囮を攻撃します。最初の数撃が当たるまで、矢や槍を当てにくいという問題はありますが、傷が増えれば素早さは次第に損なわれ、剣持ちの騎士の攻撃も当たるようになります。最初から近接戦を挑むよりも負傷者が少なくなるため、このやり方に落ち着いておりますわ」

 なるほど。物理防御結界魔術があるからこその作戦なわけだ。

「使徒の問いへの答えが得られなかった場合はどうなりますか?」

「その場合、使徒の本当の姿が見えないままになりますわ」

 勇者姫様の質問に、シトリが答える。

「本当の姿を見、本当の気配を察知することができないため、戦おうとしても攻撃が当たりません。ときに、味方の気配を使徒の気配と勘違いすることも起きますから、答えを得られるまで攻撃への参加は禁じております。初戦と違い意識はありますから、自身で判断することが可能です」

「なるほど」と勇者姫様はしばらく考え込み、やがて顔を上げた。

「では、16日には、私――『勇者』が囮になりましょう」

 きっぱりとそう言う。

「私が広場に降りて、結界を張る。

 使徒が出てきて、答えを得ることができたらそのまま私が討伐。

 答えを得られなかったなら、ひとまず通常通りに討伐隊が討伐。次回の使徒復活から再挑戦ということにしましょう」

 勇者姫様が討伐失敗した場合でも討伐隊に討伐させるのは、この土地の人たちの生活リズムを崩さない配慮だろう。

「承知いたしました」と目礼して、シトリは改めて勇者姫様に目を向けた。

「もしも、16日までに姫様が答えを得られたと確信できなければ、『姫巫女様がまだ具合が悪い』と、討伐部隊に同行しないという選択もございます。どうぞご無理をなさらず、姫様のよろしいようになさってくださいませ」

「わかりました。実際どうするかは、16日の朝に決めましょう。――ジェイド」

「はい」

 話の間に動揺を飲み込んだらしいジェイドさんが、落ち着いた声で返事をした。

「16日までの間、神官騎士団や領主兵団の希望者に魔術指導を。トスヌサ駐屯騎士団にしたことをアレヴァルトでしないわけにはいかないからな。希望者の数と今後の流れによっては、使徒討伐後、出発を2~3日遅らせて私も武術指導をする」

「承知いたしました」

「シトリは、『リアナ姫は月の障りがとても重いらしい』という噂話を上手く流してもらえますか?」

「お任せください」

 シトリの返事を確かめてから、勇者姫様は立ち上がり、俺の前まで来て床に片膝を着いた。

「ユウキ様は、これから明々後日の朝まで、この離れから出ることなく過ごしてください」

 俺を見上げて、勇者姫様は言う。

「ユウキ様にはいつも助けていただいているというのに、またもこのようなお願いをすることは心苦しいのですが、どうか数日の我慢をお願いいたします」

 そう言って頭を下げる。

「顔を上げてください。わかりました。せっかくですから、たっぷり昼寝して過ごしますよ」

 俺が言えば、勇者姫様は顔を上げ、「よろしくお願いします」とあの綺麗な笑顔で言ったのだった。

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