第98話 ダヤナのソース再び
アレヴァルトの館の歓迎会は、ネイアーレヴの歓迎会よりも華やかだった。
シトリの妹、先代辺境伯の娘のうち、成人済みで未婚の2人が参加したからだ。
水色のドレスを着た六女のナレタは20歳、ピンクのドレスを着た七女のアウラは16歳で成人したばかり。ふたりとも、シトリやアレヴァルト辺境伯と同じ、金髪碧眼だ。
どうやら、この世界の遺伝法則は「王家の男系の血筋に限り、金髪碧眼は顕性遺伝」らしい。親子鑑定に便利だな。
ふたりは長い髪を結い上げ、シンプルだけれど明るい色で目を引く良く似合うドレスを着ている。姫巫女の髪を隠したストイックな白の装束と違い、いるだけで場が華やぐ。
それでいて、いかにも有力貴族のお嬢様という品の良さはしっかり感じる。出しゃばらず、たおやかで、穏やか。目が合うとはにかみながら笑いかけてくる。
俺は王族の姫様らしい余裕のある優しさを意識しながら、彼女たちに笑顔を返した。
歓迎会に参加したのは、シトリの妹2人の他には、国境の砦に詰めているアレヴァルト駐屯騎士団の神官騎士団長と副団長、アレヴァルト辺境伯の私兵であるアレヴァルト兵団の団長と副団長、砦の一般人代表の商業ギルド長。
成人していないアレヴァルト辺境伯は、こういう席には出ることはできないのだそうで、今回もシトリが女領主代行として宴席を取り仕切っていた。
ローストビーフと、皮と身の肉の間にパンパンにひき肉を詰めた鶏のローストと、たくさんの白パンと、フルーツがすでに並んでいたテーブルに、温かい湯気の上がるスープがメイドたちの手で運ばれてくる。
さらに、今まで見たことのない物も運ばれてきた。
紙が敷かれた大皿に積み上げられているこんがりときつね色の揚げ物。ぱっと見は、肉が薄めのヒレカツという感じだ。一緒に、大皿に盛られた白いライスと、ソースの入っているらしい壺のような器も運び込まれる。
シトリはさらにまずライスを取り、揚げ物を木のトングで挟んで取り上げ、一度壺の中に入れ、すぐに引き上げた。揚げ物から、粘度が低そうな赤褐色の液体がしたたり落ちる。したたる液体をライスを盛った皿をさっと下に入れて受けながら、シトリは揚げ物をライスの上に乗せた。ひとつの皿に3切れの揚げ物を乗せ、それをジェイドさんに回す。
「おお。これは、スヤマ・コトノ様がこの地に伝えた、豚のパン粉揚げのダヤナのソース漬けですな!」
「はい。勝利を願う料理だそうですので、勇者様を砦にお迎えしたらお出しするのがこの地の習わしなのです」
シトリは次の皿の分を取り分けながら言った。
豚肉をパン粉で揚げたって、それ、とんかつだよな? ダヤナのソースは醤油だから、とんかつをさっと醤油にくぐらせて白飯に乗せた料理ってことか? ん-、しょっぱそう……
三つの皿がジェイドさんの前に出たところで、ジェイドさんが神への感謝の言葉を唱えながらまとめてそれを浄化し、勇者姫様と俺に回してくれる。
俺達の分を盛り付け終わったシトリは、盛り付けをスフェンに任せて席につき、自分もスフェンに取り分けてもらった皿を浄化する。
「この料理は、豚と付け合わせのライスを交互に食べるのが美味とされております。『勇者様』――歴代姫巫女様の世界の料理ではありますが、一部地方の料理だそうなので、ご存じない姫巫女様も多かったそうです。『勇者様』も、ご自身にはなじみがないかもしれませんね」
あー。なるほど。ローカル料理。白いご飯と交互に食べるってことは、カツ丼の一種なのかな? ソースカツ丼とか味噌カツ丼とか聞いたことあるから、そういうバリエーションのひとつなんだろう。
「そうですね。オレも食べたことのない料理です」
勇者姫様はそう言って、例のごとく行儀の悪く立て膝をしながらナイフとフォークでカツを切り分け口に運び、それを嚥下してからライスを口にした。
「これは美味しいですね。食べたことはないけれど、懐かしい味がします」
ニコニコとそう言うけれど、なんだか今ひとつ大人しい反応だ。
勇者姫様は、美味しいものを食べると目に見えて表情が輝くのが、ここまでの経験則だ。ということは、口に合わなかったのかな?
やっぱり、しょっぱかったのかな?
ちょっと覚悟をして、俺も切り分けたトンカツを口元に運んだ。
鼻に届く醤油の香りは、覚悟していたよりもマイルドだった。思い切って口に入れて噛み締めれば、細かめのパン粉の衣は、からりと揚げられていて、醤油にくぐらせているのにふやけてなくて、ザクリとした歯応えがしっかりある。
肉に脂気は少ない。やっぱりヒレ肉なんだろう。よく叩いているのか、豚肉にしては柔らかい。
味は、予想に反して醤油そのままじゃなかった。砂糖の甘味と何かの旨味がある、醤油ベースのタレの味だ。旨味は魚の出汁の味じゃなさそうだ。なんとなく干しシイタケと切り干し大根を思い出したので、植物系の旨味の出るものが入っているのかもしれない。カツの下味に使われているらしいコショウの味と、噛む度に口の中に広がる豚肉の旨味と合わさると、醤油の風味がとても懐かしい印象になる。
この料理を食べたことはないのだけど、すごく懐かしいと思ってしまった。
マイアさんに「口の中に物が入っている間は、決して口を開けてはいけません」とがっつり指導されたので、すぐにライスを口に入れたいのをぐっと我慢して、カツを嚥下してからタレの染みたライスを口にする。
これ、あれだ。天丼のご飯。ヒレカツを使って作った、タレがちょっと甘めのこってりした天丼って感じか?
あー。確かに食べたことないんだけど、このトンカツと、このタレと、このタレの染みたライスの組み合わせは、間違いなく日本食の味だ。出汁の旨味が足りないからちょっと物足りないけれど、それ以上に懐かしい味だ。
たまらない。箸をくれ。どんぶりによそってくれ。どんぶりを手に持って、がつがつ搔き込みながら食べさせてくれ!
いや、「リアナ姫」は、絶対そんな食べ方しないんだけど!
俺は「リアナ姫」の演技をしなければならないことを初めて恨めしいと思いながら、お上品にこの世界のカツ丼を食べ続けた。
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