第94話 結婚の自由のない社会

「辺境伯は、王家が認めた者以外を養子や婿養子にすることができません。

 父――先代アレヴァルト伯は、半ば意地になっていたのでしょうね。4人の第二夫人を迎えてやっと一男を儲けましたが、気苦労も金の苦労も多うございました。

 寵を争うことが無いよう第二夫人は全て正妻の母が選び、先に母と義姉妹の契りを結んでから父に引き合わせたそうですし、離縁した元第二夫人の生活の面倒も、彼女たちの産んだ娘たちの面倒も見ておりました。

 次女から五女までは父が存命の間に嫁に出しましたが、相手探しにも苦労しておりましたわ。今は、私が六女から八女の嫁入り先を探すのに苦労しております」

 シトリはそう言うと、ぐっと身を乗り出した。

「姫様、神官長様。良い縁がございましたら、ぜひ、紹介してくださいませ。子爵家以上の生まれであれば、跡継ぎでなくとも自身が爵位を持っていなくとも構いません。よほど人柄に問題があるのでなければ、年齢、経済力も問いません。辺境伯の姉としてどこに出しても恥ずかしくない教養も身につけさせております。行き遅れとそしられる私を見て育っておりますから、同じ苦労をするならば婚家で苦労する方が良いと妹たちも申しておりますし」

 わー。シトリ、表情がマジだー。

「ジェイド、どうだ?」

「子爵以上の、次男、三男で良い、年齢も問わない、ということでしたら、何人か心当たりがございますな。後ほど、紹介状を書きましょう」

「ありがとうございます、神官長様!」

 本当に嬉しそうに、シトリが礼を言うけれど。

 いや、年齢も経済力も不問って、それでいいの? 容姿だって、条件に入れてない。そんなんでいいのか?

「ユウキ様? 何か気になることでもございましたか?」

 釈然としない気持ちが、表情に出ていたのか、勇者姫様が俺の顔を覗き込んで聞いてくる。

「あ、いえ。俺の世界では、男性の容姿や年齢や経済力が、結婚相手の条件として重視されるので、少し驚いて……」

「姫巫女様の世界では、男性の容姿が結婚に重要なのですか? 誰が容姿を確かめるのですか?」

 シトリが小首をかしげて聞いてくる。

「え? 結婚を決める前に、本人同士が会って、結婚してもいい相手かを見極めたりしないんですか? 容姿が好みじゃないから、この人とは結婚できないとか、断ったりしないんですか?」

「しません」

シトリは断言した。

「貴族の女の結婚は父親が、父親が居なければ長男が決めるものです。妹たちの結婚は、本来は現アレヴァルト伯である弟が決めるものですが、弟が成人するまでは領主代行として私が相手方と条件を詰めて決めることになります。

 これが男であれば、『そんな評判の悪い女は嫌だ』とか『年増は嫌だ』とか多少は言えますが、女であれば許されません。ここへ嫁げと言われたらそうするだけです。結婚式の当日、初めて顔を合わせるのは、貴族の結婚では普通のことですわ」

 結婚の自由がない!

「私など、幼い頃からとんでもないじゃじゃ馬だと評判でしたし、実際に盗賊団討伐や使徒討伐戦に参加しておりましたから、『使徒まで倒す烈女に見合う男である自信がないので遠慮したい』『アレヴァルト辺境伯のご息女との結婚が嫌なわけではないので、妹君となら』と妹たちに縁談を奪われているうちに年齢だけでも断られるような歳になってしまいまして、行き遅れてしまいましたわ」

 目を伏せ、自嘲するようにシトリが言う。

「この世界では、結婚しない女性は珍しいんですか?」

 俺が言うと、シトリは驚いたように顔を上げた。

「姫巫女様の世界では、珍しくないのですか?」

「珍しくないです。俺の父方の叔母も、そろそろ40歳だと思いますが独身です。誰の援助も受けず、バリバリ働きながら、老後のための資金を貯めてますよ」

 正月に会ったとき「あんたたちに迷惑かけないくらいの蓄えはするつもりだから、葬式だけ頼むわ」とカラカラ笑った明子を思い出しながら、俺は言った。

「そういえば、知恵の姫巫女様、トオノ・カオルコ様も、35歳で未婚で、子供に学問を教える仕事をされていたそうですぞ。とても特殊な例であろうというのが姫巫女様の研究をしている神官の間の定説でしたが……」

 ジェイドさんが言う。

 子供に学問を教える仕事……教師かな?

「大多数ではありませんが、それほど特殊とも思いません。俺の世界では珍しくないと思いますよ」

 俺が言えば、勇者姫様とシトリのため息が重なった。同時にため息をついたことに気付いたふたりは、顔を見合わせて笑う。

「ユウキ様の世界がどんな世界なのか、見てみたいと思いませんか?」

「ええ。姫様のおっしゃる通り、是非見てみたいですわ」

 ふたりはそう言ってまた笑い合った。

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