第91話 新旧じゃじゃ馬姫

「私にも姉弟子に対する興味や情はあります。『本当はあなたがリアナ姫なのではないか』と他に漏れぬ場所で率直に聞いてくれれば良かったのです。シトリ相手であれば、素直にそうだと返事をしましたよ」

 とりあえず移動しながら話をしようということになり、シトリとスフェンを俺たちの馬車に同乗させて出発してから、勇者姫様は不満気に言った。

 念のため、車内にはジェイドさんの結界が張られている。

「申し訳ございません。神官長様も協力されてのこと、簡単には尻尾を掴ませてはくださらないだろうと思い込んでおりました」

 馬車の中、進行方向に向かって左側の席に進行方向から俺、勇者姫様、ジェイドさんと並び、反対側の勇者姫様の前にシトリ、ジェイドさんの前にスフェンという並びで俺たちは座っていた。

 宴席では俺が勇者姫様とジェイドさんに挟まれて座るけれど、これは勇者姫様とシトリが話しやすい席順ということだろう。

「確かに、他の者が相手であったなら、徹底的に誤魔化したでしょうね。――ああ、堅苦しいのが嫌いなのは、私もです。音の結界の中では気楽に行きましょう」

 勇者姫様はそう断ってから、隣の俺を振り向いた。

「改めて紹介しましょう。こちらは、ぃサナカ・ユウキ様。私の姫巫女様で――男の姫巫女様です」

「まあっ」とシトリは小さく声を上げ、シトリの隣で今まで一度も顔色を変えなかったスフェンが「えっ」と声を上げた状態で固まった。

 あれ? もしかして、「リアナ姫ではない」ということはバレていたけど、男だってことはバレていなかったのかな?

「まさか、男性とは……姫様が勇者を装っているのではないかとは思いましたが、姫巫女様まで性別を偽っているとは思いませんでしたわ。だってほら、こんなにもお美しい姫巫女様ですもの」

 シトリがほとほと感心したように言い、スフェンが同情するような目で俺を見ていた。

 どこかで見たことあるよなあ、このスフェンの表情。

 ――あ。召喚されてこの世界に来た直後のジェイドさんの顔だ。ジェイドさんも、すごく気の毒そうな表情で俺を見てたっけ。

「ユウキ様は、女の私が勇者として動きやすいよう、男ながらリアナ姫を演じてくださっているのです。しかし、ユウキ様を男と見抜いたのでないのなら、何がきっかけで『リアナ姫』を偽物と見抜いたのですか?」

「違和感は、ネイアーレヴでの歓迎会から。『リアナ姫』があまりにも女らしかったからですわ」

 シトリは言った。

「リアナ姫様のうわさを聞く度、姫様は私のように体を動かすことが好きで、剣や弓の腕が上がることに喜びを感じる女性なのだろうと思っていました。姫巫女として旅立つことになったとしても、女らしくしおらしくしているような方ではないと――王都を離れたら、さぞやのびのびされているだろうと予想しておりました」

「ああ。そうですね」

 勇者姫様は喉を鳴らして笑った。

「本当に召喚されたのが勇者で、私が姫巫女であったなら、きっともっと『世界一のじゃじゃ馬姫』らしい姫巫女になっていたでしょう」

 ふふふ、とシトリも笑う。

「こちらの『リアナ姫』様には、『世界一のじゃじゃ馬姫』の片鱗を感じませんでした。どういうことかしらと思っていたところに鏡の話が出まして……。リンゴを一個くれというのと変わらぬように家宝をお求めになることに、『これはおかしい、確かめなければ』と考えたのです」

 ああ。やっぱり、鏡の件がシトリが行動を起こすきっかけになったのかあ。

「ユウキ様」と勇者姫様から声をかけられて、俺は顔を上げた。

「その件は、お気になさらずにと申し上げましたよ?」

 綺麗な、でもどこか圧を感じさせる笑顔で勇者姫様が言う。

「あ……はい」

 その圧に気押された俺には、そう答えるしかできなかった。



「私はとにかく、嫌なことは根気が続かない方でして、若い頃は刺繍が本当に嫌いでしたの。なんであんなに長い時間、嫌なことと向き合っていなければならないのかと、どうしても納得できませんでしたわ」

「私も、細かいことを正確にするのが苦手なので、刺繍は大嫌いでした。あんまり刺繍から逃げるもので、百合の花を1輪、刺繍で仕上げなければ部屋から出さないとマイア――教育係に部屋に閉じ込められたことすらありました」

「まあ、そんなことをされたら、私なら1か月は出られませんわ! 姫様はどうなさったのです?」

「4日かけて顔よりも大きい1輪の百合の花を仕上げてやりました。近くで見るとスカスカだけれど、遠くから見ると綺麗な百合に見えるものを。『このくらいの大きさなら、作れるぞ』と胸を張ったら、『刺繍はもう結構です』と頭を抱えられました」

 勇者姫様が言えば、シトリが面白そうに笑う。

 勇者姫様もシトリも、子供の頃からずいぶん教育係を手こずらせていたらしく、さっきからこの類の話で盛り上がりっぱなしだ。

 男3人は、ただただ、教育係に同情しながら話を聞いているしかできない。

「7歳の頃に母がトーマを領地に呼び寄せてから、毎日、武術や魔術、狩りの仕方、獲物の処理の仕方などを教わって、10歳からは冬にはテナグナヌク山脈に2カ月籠るのが慣例になり、すっかり女の子らしさのなくなった私に、焦ったのでしょうね。トーマが居なくなってからは、行儀作法だ、ダンスだ、刺繍だと、大変にうるさく言われましたよ」

「そういえば、トーマは今はどうしているのですか? この旅には同行していないのですね」

 シトリが質問すれば、ああ、と勇者姫様は綺麗な笑顔を作った。

「領地の館のメイドをしていた孫ほども歳の違う若い娘と結婚するために、館を去りました。私が12歳の折ですから、9年前ですか。『教えるべきことは教えたし、膝を痛めて体も辛くなったので引退する』と、実は恋仲だったメイドと彼女の田舎へと旅立ちましたよ」

「まあ……まあ! それはよかった」

 シトリが両手を合わせ、嬉しそうに言う。

「トーマは父と年が近いこともあって、私にとってはもうひとりの父のような者でした。良縁に恵まれたと聞くと、なんだか私も嬉しくなりますわ」

「私にとっても同じです。母の領地にずっと引き籠っていた私は、年に一度の鹿狩り以外で、国王陛下にお目にかかることがなくて――姫の私を厳しく教え導き、甘やかさなかった男性はトーマだけでしたから」

 勇者姫様は、何かを思い出したかのように鼻を鳴らして笑った。

「本当に厳しかったですけれどね。冬山で、自分で獲物を取れなくて腹を空かせてる私の前で、美味しそうなウサギ肉をぺろりと食べて笑ったんですよ、あのジジイ! 残った骨と脳味噌と内臓を鍋にして飢えをしのいだのは、最悪の思い出ですよ」

「私は冬山ですごすことはありませんでしたが、そういう意地の悪いところはありましたわね、トーマには。剣の稽古だと言ったのに、負けそうになると突然足払いを仕掛けてきて、転んだ私を見下ろしながら『庶民は正々堂々と戦っちゃくれないんですよ、お嬢さん』とニヤリと笑われたのは、今でも夢に見る悔しい思い出ですわ」

「ああ。その顔が目に浮かびます!」

 ふたりの話は、尽きることがないようだった。

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