第27話 魔女の第二使徒・討伐
「ユウキ様!」
巨牛の突進を苦も無く受け止めた「勇者」が、こちらを見ずに言う。
「聖杖をしっかり握っていてください!」
俺は返事もうなずくこともできず、ただ、聖杖を握る手に力を込めた。
背中から俺の体の中に何かが入ってきて、両手から聖杖に流れ込んでいくのを感じる。これは、あのウサギの使徒をやっつけたときに体の中を流れていたのと同じものだと分かる。
「この程度なら……」
「勇者」はそう呟き、2本の角を握った手で巨牛の首をぐぐぐと左にひねった。背中からでも力を込めていることが伝わる。
ぶふーっ、と巨牛が鼻息を荒げた次の瞬間、「勇者」は急ハンドルを切るように2本の角を一気に右にひねった。
黒い巨体が、ぐるんと右に回転して、地響きを立てて基礎しか残っていない右の壁の向こうに転がって行った。
巨牛はすぐに立ち上がろうとしたけれど、目が回ったのか上手く立てずに倒れてしまう。
巨牛に体を向けた「勇者」は、見下ろした右手をにぎにぎと動かし、「んー」と鼻を鳴らした。それから思い切ったように顔を上げる。
「ジェイド、試しだ。聖杖に溜まった巫女姫様の力を、ユウキ様が触れていないときも聖剣が引き出せるか、やってみよう」
そう言うと「勇者」は、体の前で握った右手の親指側を左掌で叩いた。その両手を離すと、手品のように「勇者」の手に黄玉が輝く聖剣が握られていた。
「ユウキ様、ジェイドに聖杖を渡してください」
肩を叩かれ振り向くと、瓦礫に座ったままのジェイドさんが俺を見下ろしていた。
「大丈夫、牛の第二使徒の攻撃は、この結界で防げます。ユウキ様は安全ですぞ。ささ、杖をお貸しください」
強張る手を何とか開いて、俺はジェイドさんに聖杖を渡した。
「万が一、聖杖の光が失われたら――」と「勇者」が言いかける。
「ユウキ様に、聖杖に触れていただけば?」とジェイドさんが返せば、「勇者」はこちらを見て「その通り。頼んだぞ!」と不敵とも思える頼もしい笑みを浮かべた。
右手に聖剣を握った「勇者」が、やっと起き上がり頭を振る巨牛に向かって堂々と歩を進める。
ぶもーっ、と吠えて、巨牛が尾を左右に振る。「勇者」を敵と認めたのか、右側に回り込む「勇者」を緑の目で追う。
突然その巨体が「勇者」へと突進した。「勇者」の手前でぐっと頭を下げ、角を「勇者」の体に向ける。まっすぐ人間の腹を突き刺そうというその角の角度に、巨牛の殺意が見える。
「勇者」は突っ込んでくる巨牛をすっと左に避け、すれ違いざまに聖剣をきらめかせる。ぎいん、と硬い物が金属とぶつかったような音が響く。
「さすがに角は、簡単には切れないな」
つぶやくような声が、この距離なのに何故かはっきり聞こえる。
巨牛は尾を振り、案外軽い足取りでゆっくりと振り向くと、また頭を下げて「勇者」に突っ込んでいく。無駄のない動きで「勇者」がそれを左手側に避け、右手で聖剣をふるう。ざくっ、と生々しい音がする。
「巫女姫様の力を借りずとも、肉も骨も切れるが、血は流れない……」
見れば、「勇者」の方を向いた巨牛の腹に、横一直線に角と同じ色合いの緑色の傷口があった。
ぶもーっ!
巨牛が大きな声を上げると、緑色の傷口が光って。みるみる小さくなり、見えなくなる。
「そして、傷をつけても治してしまう。記録通りだな」
そう言った「勇者」は、「さて」と改めて両手で剣を握った。
俺の横でジェイドさんの握った聖杖の青玉が輝き始めた。同時に、「勇者」の握った聖剣の黄玉が光り始める。構えた剣の刀身も、金色の輝きを帯びる。
巨牛が「勇者」に突っ込んでいく。避けながら、「勇者」は巨牛の尻に金の光を走らせた。
地面に切り落とされた巨牛の尾が落ちる。地面の上の尾は落ちた途端、ぱっと黒いモヤに代わって散った。
巨牛は、文句を喚くクレーマーみたいに大きな声で何度も鳴きながら、やっぱり図体の割に軽い足取りで距離を取ってから「勇者」の方を振り向いた。
「姫巫女様の力のこもった聖剣で切ると傷は治らないが、致命傷でなければ本体は残ると」
「勇者」は再び両手で剣を握る。ひときわ強く刀身が金に輝く。俺の横で、聖杖も青白い光を強くする。
数秒の静寂の後、巨牛が今までよりもはるかに速いスピードで「勇者」に突っ込んだ。ぐっと頭を下げ、まっすぐに「勇者」の胴を狙う。
だが、巨牛が「勇者」にたどり着くより早く、「勇者」は金色の剣で空間を縦に切った。
「勇者」の剣から、三日月形の金色の光が放たれ、巨牛の黒い体を通り抜けた。
その刹那、巨牛は物理法則をすべて無視して空中で制止し、そのまま垂直に地面に落ちた。地面の上で黒い巨牛は黒いモヤに変わり、周囲の空気に溶けていく。完全に消えてしまうまで、10秒もかからなかったろう。
すごい。
全く危なげがない。
勇者、滅茶苦茶かっこよくないか?!
「勇者」は巨牛が消えたあたりに近づくと、地面に手を伸ばして、何かをふたつ拾ってから起き上がった。
そして、こちらを向いて俺と目が合うと、綺麗な綺麗な笑顔を作る。
その表情は、いつもの勇者姫様だった。
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