第24話 旅の食事

「ユウキ様が手伝ってくださったのですね。ありがとうございます」

 かまどの火の上の鍋をお玉代わりの大きな木の匙でかき混ぜながら、勇者姫様は言う。

「俺がしたのは、薪を言われた通りに並べるくらいですよ」

 謙遜でも何でもなく、俺がしたのは本当にそのくらいだった。

 ジェイドさんの言うとおりに薪を並べ、焚き付けを用意し、ジェイドさんが発火の魔術で火をつけ、鍋の水が沸くのを待っている間に勇者姫様が布袋いっぱいの赤い実を取って来たので、その後は姫様に任せたからだ。

「お任せいただきましたのに、ユウキ様の手を煩わせてしまいました。汗顔の至りです」

 座っていた瓦礫から杖を頼りに立とうとしながらジェイドさんが言うけれど、「無理に立たなくていい」と勇者姫様に言われてしゅんとしてしまう。

「体の具合は自分ではどうにもできないものだ。無理をしてどうにかなるものではないのだから、座っていろ」

 勇者姫様はそう言いながら、腰の高さのかまどの手前に馬車から取って来たまな板にしては大きな調理用の板を置いた。ゆだった塩漬けの塊り肉を、食事用ナイフと大匙で板の上に取り出す。それから、革手袋を鍋つかみ代わりにして鍋をフックから外し、かまどの横に作られた側溝のような溝にその湯を捨ててしまう。

 再びフックにかけた鍋に聖泉石の水を張り、勇者姫様は塊り肉をひと口大に切ってからその肉を鍋に戻した。

 馬車から持って来た人参と採って来た赤い実を肉を切った板に乗せ、浄化の魔術を使ってから人参を器用に鍋の上で切りながら入れ、挽いていない小麦と、赤い実も入れてしまう。

「あとは人参と小麦に火が通ったら完成です。今日はテオディサーの実を入れたので、いつもと違う味になりますよ」

 薪を高く組み直して火力を上げて、勇者姫様は言った。



 いつもの塩漬け肉と人参と小麦入りスープに入れられた赤い実は、ほのかな甘みと酸味があって、皮つきリンゴを煮たような食感も変化をつけてくれて、まあまあの味だった。

「森の中で、鹿を見かけました。食べ終わったら狩りに行きます。今夜は塩漬けでない肉を食べられますよ」

 瓦礫に腰掛け、スープを食べながら語る勇者姫様の楽しそうな声を聞きながら、俺は少しスープに浸した程度ではまだ固かったライ麦パンを何回も何回も噛み締めた。

 やっとのことでそれを嚥下したときだ。

「……ユウキ様。テオディサーは、お口に合いませんでしたか?」

 顔を上げたら、少し心配そうな顔をした勇者姫様が俺を見つめていた。

「さすがに、旅の間は粗食に耐えていただかなければなりませんが、食が進まぬほどお口に合わないようでしたら、遠慮なくおっしゃってくださいね?」

「大丈夫です! 食べられます。いつもと違う味が新鮮で、嬉しいです……」

 すごく美味しいわけじゃないけれど、食べられないわけじゃない。塩漬け肉と人参と小麦のスープは馬車泊をするようになってからの夕食で、そろそろ食べ飽きてきていたので、赤い実の味変も嬉しかった。

「では、何か気になることでもありますか?」

 姫様が真剣な顔で言う。

「いえ! 特に、気になるということは……」

「もう、元の世界に帰りたくなりましたか?」

 誤魔化そうとした俺の言葉に、姫様はすごく苦しそうな顔で言った。

「そんなことはないです!」

 俺は慌ててそう否定して、でも納得していないような姫様の顔に、これは正直に話さなきゃダメだなって思った。

「実はその……姫様に全部やらせてご飯を食べてるのが、心苦しくて……ですね……」

「心苦しい……?」

 姫様の表情が、きょとんとしたものに変わる。

「何故、心苦しさなどを感じるのですか?

 慣れぬ世界に呼び出され、女の格好まで強いられ、十分な供回りもない旅で不自由を強いられて。私のために、こんな苦労をさせられているユウキ様のために、私が働くのは当然ではないですか」

 本当にわからないという顔で姫様は言った。

「でも、一国のお姫様がただの大学生の俺の食事を作ってくれてて、その間、俺はただ見ているだけというのは、居心地が悪いんです。

 具合の悪いお年寄りを働かせて、元気な俺が座ってるのも心苦しいです」

「ユウキ様は『ただの学者』ではなく、唯一無二の私の姫巫女様です。たとえ私が一国の姫だろうと、ユウキ様は私が大切にしなければならない方です。私が勇者を装わねばならないという事情が無ければ――本来であれば、最後の決戦の地、魔女の岩屋まで、何人もの騎士に守られながら旅するのがふさわしい方です。

 私が女であるばかりに、そのような準備が出来ないことを、こちらこそ申し訳なく思っております」

 勇者姫様は、うつむいて口惜しそうに言い、気を取り直したように顔を上げて話を続けた。

「ジェイドは姫巫女様をお守りし、魔術を使えぬ姫巫女様のお世話をする、最低限必要な巫女姫様の供です。ジェイド自身が、神に仕える神官の栄誉ある務めとして、自ら男の姫巫女であるユウキ様に御奉仕することを望みました。

 そして私は、魔術が関係しない労働力よりも、わが国最強の結界魔術の使い手であることを重視し、ジェイドの同行を認めました。ジェイドならば、多少腰の具合が悪くとも、結界魔術を使うことはできますからね」

 そう言って姫様がジェイドさんに目をやれば、ジェイドさんは「勇者たる姫様にはかないませぬが、たとえ腰が痛もうと、他の誰より強い防御結界を張る自信はございます」と胸を張った。

「ジェイドの具合が悪くなれば、旅を進める上での雑務をこなせなくなるだろうことはわかっていました。それを承知の上で、私が選んで決めたことです。その場合に私が働くことも当然です。

 ユウキ様が心苦しく思うことなど、何ひとつありません」

 姫様は言うけれど。

「俺にとっては、そうは考えられないことなんです」

 俺は言った。

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