第22話 放棄された宿場
マイアさんと別れて3日後の昼前、到着したのは道の両側に建物が並ぶ集落だった。
ただし、並んでいる建物は、そのほとんどが壊れている。
壊れ方は色々だ。完全に崩れているものも、部分的に崩れたり壊れたりしているものもある。壁の下の方だけがわずかに残る、ほとんど更地みたいなところすらある。
「ここは、ガボーグ領への街道の中継地として、当時のこの辺りの領主が整備した宿場です。魔女が復活すると必ず使徒が現れる場所です」
集落に少し入ったところで馬車を止め、勇者姫様は言った。
「使徒が怖い多くの人は、魔女が復活したと聞くと12日かかる森を迂回する街道を選びます。人通りが少ない宿場を、使徒と戦ってまで維持するのは無駄ですから、魔女が倒されるまで、ここは放棄するのが慣例になっているのです」
「ここに、魔女の使徒がいるんですか?」
「いるはずなのですが……困ったことに、ここにいるはずの使徒は、使徒の中でも特に『怠け者』なのです」
そう言った勇者姫様は馬車の中から御者台に出て立ち上がり、周りを見回した。
「ダメだ。感じない」と、戸惑うようにつぶやいてから御者台から馬車の中を覗き込む。
「しばらくここに滞在して、出現待ちをすることになるかもしれません。拠点になりそうな場所がないか見て来ますね。
ジェイド。いざとなったら結界を張ってこもれ。すぐに戻る」
「はい。お任せを」
勇者姫様の指示に、ジェイドさんは頷いた。
「魔女の第二使徒って、どんなやつなんですか?」
二人きりになったところで、俺はジェイドさんに聞いてみた。
「巨大な牛の姿をした使徒でございます」
ジェイドさんは言った。
「大変に力が強く、手当たり次第に建物を壊し食べる習性があります。
目を合わせたり、気を引くような物音を立てたりしなければ攻撃しては来ませんが、一度暴れ始めたら手が付けられません。
敵とみなした人間に、角を向けて突進し、跳ね上げます。それだけでも簡単には立ち上がれないほどの痛手を負いますし、腹に角が刺さろうものなら命にかかわるほどです」
ふと、ジェイドさんは馬車の天井に目を向けた。
「実はわたくし、先々代の国王、姫様の曽祖父君にあらせられるライアス三世の御代、17代姫巫女様、トナミ・マシロ様が召喚される直前に、神官騎士見習いとしてこの先のトスヌサの町に駐屯する神官騎士団団長に仕えていたことがございましてな。
使徒と戦う騎士団が使徒を恐れて回り道をするわけにはいきませんから、赴任の際には交代要員を率いてこの街道を使うのです。
魔女の第二使徒は、運が良ければ今日のように姿を消しているのですが、私が初めてこの街道を通ったときは、運悪く目覚めていましての。入団したばかりの新人5人を含めた神官騎士20人で第二使徒と戦うことになりました」
新人5人ということは、実質15人で戦ったということかな?
「鋭い角を持った、大の男を見下ろすほどの巨大な牛が、未熟な物理防御結界を破り、重装備の神官騎士を次々と蹴散らす光景はそれはそれは恐ろしくて。わたくしは、仕える騎士団長の持ち替え武器と盾を担ぎながら、ただ震えて見ているだけしかできませんでした」
今ならば、とジェイドさんは顔を下ろし、自分の杖を握り締めた。
「今ならば、あのときのような無様を晒すことはないでしょうが、自ら剣を持ち戦う力もない。少しばかり口惜しゅうございますな」
白い髭と白い眉、その隙間から見える皺の深い顔。
ジェイドさんは俺の視線を感じたのか、顔を上げて笑った。
「いや、言っても詮無いことをお聞かせしました」
そう言ってから話を続ける。
「魔女の使徒は、勇者の聖剣以外に攻撃されてもすぐに傷を治して立ち向かって来ますが、ある程度攻撃されますとその場から逃げ出し、どこかに姿を隠す習性があります。
ただ、この第二使徒は、攻撃を受けずとも、ある程度建物を食べると食休みでも取るのか、行方をくらましてしまうのです。
いずれも、出現すれば勇者の力で見つけることができますが、隠れている間は勇者にもどこにいるかがわからないのです」
「勇者は、隠れていなければ使徒のいる場所を感じることができるんですか?」
「『姫巫女様の力を得た勇者は』、一部を除いたほとんどの使徒の存在を感知できると伝えられております」
勇者と巫女姫は、セットになって初めて使徒を感知できるわけだ。
「ジェイド!」
ジェイドさんを呼ぶ声が聞こえた直後、とん、とわずかに馬車が揺れた。
振り向けば御者台に勇者姫様が立っていた。
「少し先にかまどが無事な家があった。そこを拠点にしよう」
馬車の屋根に手をかけ、屈みながらジェイドさんに向かって言う。
その様子をジェイドさんのはす向かいの席から見上げながら、ふと思う。
あ。この角度、いいな。
馬車の屋根が作る差し込む太陽光が神秘的な演出になって、まるで一枚の絵のようだ。
すごくかっこいい。若き勇者って感じだ。
なんてことないシーンでも、サマになるんだからイケメンはいいよな。
そんなことを思っていたら、「勇者」がこちらを振り向いた。
にっこりと綺麗に笑ったとたん、イケメン勇者が男装の麗人になった。
あれ? あ。そうだ。この勇者、姫様だったんだ。
え? さっきは完全に高校生くらいの歳の男に見えてたぞ?
「どうしましたか? ユウキ様」
「あ。いえ、今、姫様が完全に男性に見えていたので驚いて……すごい演技力ですね」
俺が言えば、勇者姫様はびっくりしたように目を見開いてから、とても嬉しそうに笑った。
「ユウキ様も、ただ座ってるだけでも女性に見えますよ。素晴らしい演技力です」
あー。うん、そう言われると確かにちょっと嬉しい。
「この宿場に人は住んでいませんが、騎士団の伝令や先を急ぐ旅人が使徒の傍をそっと通ることを覚悟してこちらの街道を選ぶこともあるそうです。馬車にも休憩場所にも音の結界を張りますから、近づかれなければ言葉遣いは誤魔化せます。ですが、見た目は誤魔化せません」
勇者姫様は改めて俺を見つめ上品に笑った。
「これからも気を抜くことなく、リアナ姫の演技をよろしくお願いいたしますね」
そう言う勇者姿の姫様の綺麗な笑顔は、とても女性的な表情に見えた。
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