Episode3
「桜くん、少し休んだ方が……」
「いや、続けます……。いつ地震が来るか分からないんですよ……この力をコントロールできるようにしておかないと……」
桜はそう言って、再び人混みの中へと消えていく。そんな彼の後を慌てて追う緋翠。桜は自ら雑踏へと足を進める。彼は自分のタイミングで人の感情を読み取れるようにと訓練していた。
これは最初に、緋翠が彼に教えた訓練だった。
「桜くん……確かに、自分の力をコントロールして人の考えを読めるようにって言ったのも、その方法を教えたのも僕だよ。でも、体が辛い時にしなくても……」
そう声を掛けるが、彼は聞き入れなかった。そして険しい顔をしたかと思えば、口を開いた。
「……前方からなにか来る……これ、霊障だ」
「え……前方からって言われても……僕たちの前には何人も歩いてるけど……」
二人の前には、当たり前のように大勢の人が歩く。誰に霊障が起きているのかなど、分かるはずもなかった。
「この気からすると、男性ですね」
「前方からの男性は四人いる。他には?」
「……音楽を感じる。イヤホンしてる人は?」
「二人」
桜は苦痛に顔を歪めながらも、霊障が起きている人間を絞っていく。
「左だ」
彼がそう言うと、緋翠は左側の男性を視る。
「あれか……」
緋翠はそっとその男性に近づく。
「あの、ちょっといいですか?」
そう声を掛け、男性を路地裏へと誘導した。
「一体何なんです?あんたたちは何なんだ!?」
男性は当たり前のようにそう言った。それもそのはず。突然声を掛けられたかと思えば、人通りなどない薄暗い路地裏に連れてこられているのだから。
「怪しい者じゃないんです……いや、この状況では信じてもらえないか。仕方ない、単刀直入に言います。あなた、憑かれてますよ」
緋翠はおもむろに言う。
「……は?」
「だから、憑かれているんですって」
「いや、確かに疲れてるけど……だから何?」
男性はまるで、苦虫を口に含んだような、何とも言えない表情を浮かべている。
「あ、これ通じてないわ……」
緋翠は頭を掻いた。
「
桜は緋翠の前に立つと、そう男性に声を掛けた。
「我……?我って……なんだこいつ……」
突然の桜の一言に、男性は身を引いた。
「今、あなたに霊障が起きてるのです。と言っても、あなたは感じてはいないようですが……。それを我が祓うと言っているのです」
「……れいしょう……?何だそれ」
「あ……霊障をご存じではないのですか……。そうですね、簡単に言うと……幽霊があなたの周りを浮遊しているのですよ。そのせいで、あなたにとって不幸とされることが起きてる……といいますか」
桜はそう説明した。
「桜くん、ちょっと違うような気がするんだけど……」
緋翠は彼の耳元でそう囁く。
「これで構わないのですよ。だって……上手く説明などできませんから」
そう返事をした桜の瞳は、やはり薄く金色に光っていた。
口調が変わるのも、このせいか……。緋翠は、ツクヨミという桜の存在をやっと、少しばかり理解し始めていた。
「幽霊って……そんなバカな」
「信じてくださらないのならそれで良いのです。ただ、一つだけ忠告させてください。あなた……事故に遭われますよ」
そう吐き捨てると、桜は踵を返す。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
男性は呼び止めた。
「ほ、本当に幽霊がいるのか……俺の周りに……」
「ええ」
「どんなやつなんだ……?」
「髪の長い女性……と言えば、いかにもと言う感じですが……あなたに憑いてるのは男性です」
「男……?」
「ええ。そうですね……」
桜もといツクヨミは、彼を霊視する。
「少しばかり恰幅の良い男性で、メガネをかけてらっしゃる。頭皮が寒そうで……手には扇子をお持ちですね」
視たそれを、男性に伝える。
「……部長だ……それ、部長です……」
そう話す男性。だが、その顔はどこか腑に落ちないようで、桜を見る。
「どうかされました?」
「本当に幽霊なのか?だって……部長は死んでない……」
「霊障と言うのは、必ずしも亡くなった人間が起こすものではないのですよ。生きている人間でも、霊障は起こすことが出来る。そう、例えば……生霊とか……ね」
そう口にしては不敵な笑みを浮かべる桜に、男性は恐怖を見せていた。それは、緋翠も同じだった。
「桜くん、その顔やめなよ」
「これは失敬。久しぶりに視ましたから……生霊を」
男性は震え始めた。
「部長が……俺に……?まさか、最近体調が良くないのって……」
「部長ですね」
「じゃ、じゃあ……財布を落としたり、怪我したり……」
「一概には言えませんが、部長の可能性がありますね」
桜もといツクヨミは今の状況を楽しんでいるように見える。
「な、何とかしてくれ……っ!」
「では……祓いますか?」
男性は勢いよく、首を縦に振る。
「生きたまま彷徨う魂よ……」
桜が男性の近くに手を持っていく。そして、そう唱え始めると男性の顔が歪み始めた。
「ぐっ……ぐはっ……!……がっ……!」
みるみるうちに、男性の顔が赤く染まっていく。
「さ、桜くん!?」
緋翠が止めに入ろうとするも、桜は唱え、その手を放そうとはしなかった。
男性は力なく、その場に崩れる。
「部長は、ご自分の体にお帰りになられたようですよ」
桜はそう言った。
「我のことは忘れてもらいますね……」
崩れ、放心状態の男性の額にそっと手を当てると、たった一言囁いた。
「“消”」
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