Episode7
「月の力……?」
刑事である鷲谷や成田はもちろん、梨乃や川端も一体何のことだと、桜らに不思議な顔を向けている。
「斎藤梨乃、あんたは初めてうちに来た時、緋翠さんに迫っていたよな。調査に付き合ってくれないと困るって。うちで断られたら他に行けば良いのに、しつこく迫った。そして警察に行ったけど事件性がないから帰された、こうも言っていた。さらには警察に頼んでもダメだからと探偵を探した。そしてうちを見つけたと、そう言っていたのを覚えているか?」
梨乃はうつむく。
「川端瞬に告白されて、佐々野有里と彼は付き合った。だが、彼がしつこいから、嫌な思いをするからと二人は別れた。けれど、それでもしつこくてストーカーまがいなことをしていた……あんたはそう説明した」
桜がそう言うと、川端は「は……?」と声を漏らす。
「佐々野有里から電話がかかってきたとき、あんたは言ったよな。“そこはどこなの”って。初めは、その言葉を違和感なく受け取ったさ。有里さんがどこかに連れ去られていると思って出た言葉だろうって。でも、“そこから出してあげるから”って言葉で、違和感は確信に変わった。あんたは知ってるんだ……佐々野有里の居場所を。そうだろ?」
「知らない……知ってるわけない!知ってたら誰にも助けを求めずに自分だけで探しに行きますよ!」
「いや、知ってるな。知ってるけど行けないんだよ……普通の人間には辿り着けない場所だから……」
梨乃は唇を噛む。
「主犯格は斎藤梨乃、それを助けたのは川端瞬……そうだよな?都市伝説に詳しいお前なら、一言主のことも、この街に異質な存在を扱う探偵事務所があるのも知ってた。だから、斎藤梨乃に教えたんだ。“神に頼んだものを何とかしてくれるはずだ。インビジブルって探偵社があるから”って、そう言ったんじゃないのか?緋翠さんが見つけたサイトには、やけに詳しいことが書いてあった。そこの管理者、お前だろ?」
彼は川端にそう放つ。
「何で俺なんですか?」
「証拠があるからだ」
「証拠って……。もし仮に俺がサイトを運営していたとして、それが罪になるんですか?」
「いや。それだけではならない。だが、そのサイトを運営していることが分かれば、結果的にお前が今回の事件に手を貸したことが分かる。お前は殺人
桜は恐ろしい笑みを浮かべながら、さらに川端に近づいた。
「殺人……俺が?」
「ああ。お前は操られてんだよ。無意識に殺人の手助けをさせられてんだ。斎藤梨乃によってな」
川端は隣に立つ梨乃を見る。
「そんなわけないじゃない!あなたも嘘言わないでよ!」
「素直に認めるとは最初から思ってないさ。けど、サイトの運営者が川端だってことは証拠もある。そうだよな?成田……」
「え、あ、はい!これです」
突然の呼び捨てで、成田は驚く。それもそのはず。出会ってまだ二日しか経っていない。
「これは当該サイトの運営者、〈SYUN〉のIPアドレスおよび登録電話番号を照会したものです。これが、川端瞬さんの携帯番号と一致、登録情報等すべてが一致しています。よって、当該サイトの運営者はあなたであることが分かっているんです」
書面を川端に見せる成田。
「だからなんだよ……サイトの運営が罪に……」
「だから、それ自体は罪にはならない。問題は、そのサイトに載っている内容を斎藤梨乃に見せたことだ。それが始まりで、彼女は都市伝説や八百万の神々を利用して殺害しようと試みた。つまりだ……、あんたがそのサイトを見せたり神の話をしなければ、今回の事件は起きなかったってことだ」
「……そんな無茶苦茶な……」
川端は力なくしゃがみ込む。
「って言いたいが、実はそうでもないんだよな?あんただって、少しは手伝ってやろうって思って行動していた。それもあるよな?」
「はあ?」
「協力を申し出たんだろ?自分も、有里さんを探すって」
「当たり前だろ!別れたとはいえ、消えた元カノを探して何が悪い!?」
このままでは埒が明かない。
しびれを切らしかけた鷲谷が一歩踏み出したその時、桜は呟いた。
「“吾は悪事も一言、善事も一言、言離の神、葛城の一言主の大神なり”これは、一言主が人間の願いを叶えてくださる際のお言葉だ……。彼は、この言葉通り必ず成し遂げる。それが一言であればたとえどんなことでも……。そうでしょう……?一言主大神……」
彼が天を仰いだ。
室内だというのに、途端に照明が落ちたように暗くなる。
「これ……一体どう……」
「喋らないで!」
口を開く鷲谷に、緋翠はそう叫ぶ。
「神が降りてくるんだ。口は開かないで」
静かに緋翠はそう言った。
〈……我を呼んだのはお前か……人間……いや、まさかツクヨミ、か……〉
天から暗がりと共に降りてきたそれは、桜の姿そのものだった。
「へ……あ、お、同じ人間が……ふ、ふたり……!?」
声を出す鷲谷。それの口をすぐさま塞いだ赤夜。
「さすが、一言主。俺にそっくりに出てきやがった」
〈昔からそなただけだったな。我にそのような口を利くのは……〉
「一言主、佐々野有里の居場所を知ってるな?」
〈左様。いかにもかの人間は我の中に……〉
「返してくれ」
〈吾は悪事も……〉
「分かってる。でも、彼女を返してほしい」
神である一言主と対話する桜を一行は目を見開き見つめていた。ただひとり、赤夜だけは、不安げな眼差しで桜を見つめている。
〈ならば、かの人間を想う者が、口にしなさい。吾は悪事も一言、善事も一言、言離の神、葛城の一言主の大神なり……〉
桜は川端を見る。
「あんたは、今も彼女を好きなのか?本当に心の底から……?」
「……もちろんだ!それに関して嘘は言わない」
「だったら、今度はあんたが願え。一言で、あの神に……」
川端は一呼吸置き、口を開いた。
「有里を……返してください!」
一言主は、桜と同じく口角を上げ、笑う。
〈かの人間の家に行きなさい。そなたたちがたどり着くころに目が醒めよう……〉
一言主は桜の額に口づけし、静かに暗闇を連れて天へと還っていった―――。
*
彼の瞳は、いつもと同じ温かみのある茶色を灯していた。
「桜……くん?」
「緋翠さん、俺……」
床に直撃する寸前の桜を、赤夜と緋翠が支える。
「……っぶな……」
「やはり……桜は怖いな……」
あっけにとられ、成田は床にしゃがみ込み立てない。
「すみません、腰が抜けて……。鷲谷さん、立たせてく……」
鷲谷はまるで魂が抜けたかのように、その場に立ち尽くしている。
「碧、桜を車に乗せられるか?私は彼らを連れていくから」
「ええ。おまかせを」
緋翠は自分より少し背の高い桜を背負い、図書館駐車場へと歩いていく。
管理室で事のすべてを見ていた警備員の額に、赤夜は手を当てた。
「今、ここで見聞きしたことすべては忘れなさい……あなたのためだ……」
そっと手を離すと、警備員は力なく崩れ落ちる。そんな彼を椅子に座らせると、立てない成田、動けない鷲谷を何とか動かし、彼らと共に梨乃、川端を駐車場へと連れていく。
梨乃、川端を乗せたパトカーは、赤夜が運転する車を先導する。
そして、全員が佐々野有里のマンションに到着した瞬間、「え、何!?今度は一体何!?」と部屋の中から声が聞こえた。
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