Episode6

「え……?」

 緋翠は梨乃を見る。

「知らないよ!私、神なんて……そりゃ、有里を返してくださいって頼んだけど……悪事を頼むなんてしてない!するわけないよ!」

「では聞くが……なぜ“返してください”と頼んだんだ?奪われてもいないのに返せとは不思議だよな。返すというのは、盗られたときに使うんだよ。神は……お前の友人を盗ったのか?」

 口調すら変わった桜。彼が纏う空気は、どす黒く、悲しみや怒りに満ちていた。それは緋翠や赤夜でさえ、恐怖を感じるものだった。

「何を言ってるんですかこの人は……どういう……一体……」

「まあいい……もうすぐ分かるさ。それまで楽しみにしておこうか」

 桜はそう言い放ち、家の隅々を見て回る。

 緋翠らはその様子を見守るしかできなかった。口を挟んだり、手を出したりすればきっと彼は怒り狂うだろう。そうなれば、彼も自分たちもどうなるか分からない。ただ、何事もありませんようにと祈るしかできなかった。

「社長、電話来ますよ」

 彼が言った。

 着信音が静かな部屋に響く。相手は鷲谷だ。

「も、もしもし……私です。進展は……」

『防犯カメラの映像……おかしいんです……有里さんらしき人物はいました。川端瞬もその場に。ですが……映像が乱れたら消えたんです……有里さんが……。赤夜さん、これってあなたたちの例の仕事じゃ……』

「鷲谷さん、今……斎藤梨乃さんのご自宅にお邪魔してるんですよ。ここからは口外無用ってことで頼みます。実はね、うちの従業員が今回の失踪事件は人ではなく、神が関わっていると思っているようで……。その防犯カメラの映像、うちにもみせてもらっていいですか?」

 赤夜はそう言った。

『手続きとかあるんですよ……そんな簡単には……』

「我々の捜査は……普通じゃないんです。あなたはまだご存じではないだろうが……認められているんですよ。あなたたちにはできないことが、我々には……。ということで、今からそちらに向かいます。そこにいてくださいね」

 電話を切った赤夜は「行こうか、例の図書館へ」と声を掛ける。

 だが、桜は天井やら床の隅やらを視ており、声は届いていない。

「桜、図書館へ行かないか?有里さんが消えた瞬間が残されていたようだ。君なら分かることがあるんじゃないか?」

「消えた瞬間……?それは行かないといけませんね」

 桜は玄関へと向かう。だが、瞳の色が元に戻ることはない。

「梨乃さん、あなたも一緒に。ここに一人でいてはいけない」

 緋翠は半ば強制に、梨乃も連れて行った。

 パーキングへ向かう途中も、赤夜はずっと桜の隣を歩いている。だ。

「社長、ずっと俺の隣にいますね」

「いたいからだよ」

「俺がなにかしでかすと思ってませんか?」

「思ってないよ」

「なら良いんですが」

 二人の間に交わされるごく短い会話。桜が口を開くたびに、空気が張り詰める。

「くっ……」

「碧?」

「大丈……夫です……。桜くんの……感情が……」

「あの状態だと相当だろうね。少し離れてなさい」

 緋翠を桜から離し、一行は図書館へと向かう。

 向かう車内の中、誰も一言も話すことはなかった。

 そこにあるのは、沈黙だけだ。



「鷲谷さん、遅くなって申し訳ない」

「あんな映像、テレビで観ても今まではフェイクだと思ってましたが……」

「現実にもあるんですよ。それより映像は?」

 鷲谷に案内され、管理室に入っていく。

「桜、これ視てごらん?」

「……あ~やっぱり。一言主か……なるほどな」

 にやりと笑う桜。その笑みは怖かった。

「一言主って……?」

 成田がそう尋ねる。

「奈良県に総本社がある、葛城一言主神社……そこに、地元で“いちごんさん”と呼ばれ親しまれている神がいるんですよ。それが一言主大神です。一言の願いならどんなことでもお聴きくださる、そんな神です」

「一言なら、どんなことでも……?」

「ええ。それが、良いことでも悪いことでも……神はそれを聞き入れてしまうんですよ。願った人の本当の気持ちを読み取ってしまいますから」

 そう話す赤夜。

「鷲谷、川端に会わせてくれ」

 桜は突然そう言った。

「な、呼び捨て……」

「それは申し訳ない。代わりに謝罪します。ですが、彼の言う通りにさせてやってくれませんか?」

 すぐさま間を取り持つ赤夜。鷲谷はしばらく考え、承諾した。

「いいですよ。彼にもここに来てもらっていますし、隣の部屋で待機してもらってます」

 そう言うと、彼は川端を呼びに行った。

 数分後、鷲谷は一人の青年と共に戻ってくる。

「あなたが、川端瞬さんですね?」

「そうですけど……あ、梨乃……」

 彼に名前を呼ばれ、梨乃は視線を逸らす。

「川端さん、有里さんから送られてきたトーク画面を見せてくださいますか?」

 川端は素直に画面を見せた。

「“瞬くん、話したいことがあるから図書館に来てほしい。いつものところで待ってます”か……このいつものところって?」

「サークルで使う題材を探しに、何回かメンバーで来たことがあるんです。三階にある都市伝説のコーナーです……だからそこに行ったんですけど、有里の姿がなくて。しばらく待ったけど来ないし、連絡もないし、だから俺……探したんですよ。でも見つからなくて。三階で待ってたら来るだろうって思ったから、自習コーナーで待ってました。そしたら有里が来て、例の棚に……」

 目を伏せた川端。

「彼の供述が嘘ではないことを、防犯カメラでも確認できています。もちろん、従業員の方もそれを見かけていましたし、偽りではありません」

 それは自分たちも映像で確認した。

「その、例の棚というのは?」

「都市伝説コーナーの、八百万の神って棚です。一回だけ、サークルの題材に使ったんですよ」

 なるほどな……と桜が笑い出す。

「桜くん?」

「出来過ぎだよ。何もかもうまく繋がりすぎてる。俺がそれに気づいたのは予想外だったんだろうけど……気付かなかったらこれは立派なだったな」

 桜は梨乃、川端の前に立ちはだかると「抜かったな」と一言。

「神を使って完全犯罪を成し遂げようとしたんだろうけど、無茶だ。俺なら、佐々野有里を連れ戻せる。インビジブルうちに来たのが間違いだ」

 彼は再び、不敵な笑みを浮かべた。

「お前たちの完全犯罪、俺が崩してやるよ。月の力を借りてな……」

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