Episode4

「遅くなり申し訳ありません。神代みしろ署捜査一課の鷲谷わしやです。こっちは成田なりた。もう一度、お話をお聞かせ願いませんか?」

 インビジブルに来たのは捜査一課の刑事だった。

 捜査一課では凶悪犯罪を主に捜査している。今回の件を任せるのならと、赤夜は直々に知り合いがいる捜査一課へ連絡したのだった。

 俯き、なかなか口を開けない梨乃に代わり、赤夜が話し始めた。

「彼女は斎藤梨乃さん、大学二年生の二十歳です。彼女の友人である佐々野有里さんと連絡が取れなくなり、ライムトーク画面を見せに相談に行ったが、いたずら通報が相次いでいるから同じだと誤解されて帰された。よって、ここに相談に来た次第です。記録に残っているはずですが……?」

 男性刑事、鷲谷は持参書類を一枚一枚確認するが、「申し訳ありません……相談に来たという記録がなくて……」と額を掻く。

「そんな……ずさん過ぎませんか……!?友達がいなくなるって、どれだけ精神的に……」

 赤夜に止められ、緋翠は口を閉じる。

「記録が手元にないのなら仕方ない。また一から話してもらうしか……。梨乃さん、話せそうですか?」

 彼がそう聞くと、梨乃は唇を噛みながら静かにゆっくり頷いた。



「十二日くらい前?に、友達の有里からこんなトークが送られてきたんです」

 彼女はトーク画面を出し、二人の刑事に見せた。

「あ、拝見します」

 彼らは手袋をつけ、梨乃から携帯を預かる。

「“りの、わたし、どこかにつれていかれるみたい。たすけて。ここがどこなのかもわからない”」

 鷲谷は口に出し、読んだ。そして、眉を寄せると「これを、警察が事件性なしと判断したんですか?」と驚いている。

「いたずらはやめろって言われました。今、多いんですよね?ライムトークを使ったいじめとか、いたずらとか……。だから、警察からしたら私が持って行ったこれも、そう言うのだろうって判断したんですよね……」

 梨乃は悲し気に、鷲谷らを見る。

「すみません……ですが、我々としてはこれを事件性なしと判断するには、どうかと思います。なので、きちんと捜査させていただきます。斎藤さん、ご友人と連絡が取れなくなる直前や、その数日前などでなにか気になる点などありませんでしたか?」

 鷲谷の意外な返答に、梨乃はもちろん赤夜や緋翠でさえあっけにとられていた。

 一度は事件性なしと判断されたこの現状。それを鷲谷は捜査すると断言したのだ。

「警察が来る前に、有里から電話がありました……」

「連絡が取れたんですか!?」

「ほんの少しだけ……でも、途中で切れちゃって……」

 携帯を握りしめる梨乃。

「斎藤さん、その電話内容は録音されていたりしませんか?背後の音などから何か手掛かりになるかもしれません」

「無理です……突然かかってきたんだもん……録音なんてしてる余裕……」

「俺がしてます」

 桜は右ポケットからテープレコーダーを取り出した。

「斎藤さんには悪いと思ったけど、もし万が一のことを考えて、全ての会話を録音させてもらっていました。これ、電話の内容も入ってるはずです」

 彼はテーブルに置くと、再生ボタンを押した。

〈電話だ……あっ!あ、ゆ……有里だ! 出てください!スピーカーにして! 有里!?今どこにいるの!?そこはどこなの!? ……梨乃……わかんないの。どこなのか分からなくて、ただ暗いの……〉

 レコーダーからはしっかりと録音された音声が流れてくる。

〈何って言われても……あ、瞬くんと会ってたけど……特に何もなかったし、手掛かりとか覚えてることとか言われてもこの状況じゃ…… 有里、瞬くんと会ってたの!?会わないって言ってたのに何で…… 瞬くんから最後に一回だけ会いたいってトーク来たの。会う場所は図書館だったし、人通りもあるし人の目もあるし、図書館だったら大丈夫だろうって思って……〉

 そして音声は途切れ始め、やがて梨乃が泣く声が聞こえた。

「この音声の中にある“瞬くん”って?」

「佐々野有里さんの元彼だそうです」

「その元彼と有里さんは何かあったのですか?」

 さすがにこれ以上を自分の口からは話せず、赤夜は梨乃に話すよう促した。

「……夏前?に、有里に告白して二人は付き合ったんです。でも、凄いしつこくトークしてきたり、デートに誘ってきたり……体とかも、強制的に求めてきたりして……有里はそれがしんどくなって別れを言ったんですけど、俺は別れたくないってしつこくて。うちのサークルがバランス悪くなってしまったのも、瞬……この先輩が原因ってのもあるんです。さっきのレコーダーにもあったけど、先輩と会ってから有里が消えたから……」

 梨乃はそう説明した。

「その男性の連絡先とか分かりますか?」

 女性刑事である成田がそう声をかける。

「これです……」

 彼女はライムトークの画面を見せる。

「彼と連絡は取ったことないんですか?サークルの話とかは?」

 成田がそう尋ねると、「サークルメンバーで会話するときはグループトークを使いますから」と答えた。

「では、個人的に話したことは?」

 彼女がそう尋ねると、梨乃は一瞬口をつぐんだ。だがその後すぐに「消しました……。有里が先輩と別れたって聞いてすぐに、私もトークを消して彼をブロックしたんです」と返事する。

「どうして?」

「どうしてって……有里は嫌な思いをして別れてるんです。有里はそれでサークルもやめたのに、私が繋がってたらどこかで会うかもしれないじゃないですか。だから私も切ったんです。私だって……嫌な思いはしましたから……」

 梨乃がそう説明した。

「そうですか……。こちらから、彼に連絡を取っても構いませんか?」

 鷲谷がそう聞いた。彼女は「もちろんです。有里を見つけないと」と承諾する。



 警察の聞き取り調査は三時間にも及んだ。

 彼らによると、警察から川端瞬に連絡を取ってみるとのこと。それと同時に、拉致監禁として捜査を進めていくというものだ。

 彼らがインビジブルを去る際、桜は成田に何かを伝えているように見えた。

「……これを調べてほしい。結果は俺に……」

 緋翠が聞き取れたのはこの言葉だけだった。

 それを彼に尋ねても、何もないの一点張り。それ以上は聞くことは叶わない。それよりも今は、度重なるインビジブルへの来社と、警察による長時間の聞き取りで疲弊しきっている梨乃を緋翠は心配した。

 「帰りたい……帰らせて」という梨乃を、赤夜は「危険だからうちに泊まるか近くのホテルに」と説得する。だが、一人で休みたいという彼女の気持ちおもんぱかり、何かあったら時間を問わず連絡してくることを条件に梨乃を一旦帰した。


「桜、君はずっと何かを気にしている顔をしていたね……何か気になることがあったのか?」

 赤夜には気付かれていた。

「どうして……」

「ずっと一緒にいるんだ。些細なことでも気付くよ。何が気になったのか話してみないか?」

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