Episode3
情報を整理し終えた翌日、インビジブルには再び梨乃の姿があった。
「昨日お聞きするのを忘れてしまい、二度手間を……。申し訳ない」
「いえ!有里を探してくれるなら、何回でも来ます!それより、聞きたいことってなんですか?」
「このことを警察にもお話されたのですよね?」
「ええ」
「警察はこれを事件性なしと判断をしたとか」
梨乃は頷いた。
「そうなんです。誘拐かもしれないからって何回も話したんですけど……」
「ライムトークの画面は見せました?」
「もちろんです!でも……」
「でも?」
「いたずらはやめろって。今、多いらしいんです……ライムトークを使ったいじめとか、いたずらとか。だから、そう言うのだろうって判断されちゃって。いい迷惑ですよね……こっちには危機が迫ってるってのに……」
緋翠は梨乃が話す全てをパソコンで打ち、メモしていく。
「斎藤さん、我々が警察に行ってこのことを話しても?あなたが相談に行ったけど、事件性なしと判断されて帰されたって話をしても良いですか?」
桜がそう言うと、梨乃は「全然!言っちゃってください!言っていいですから、有里を探してくれって」と懇願する。
「あ、授業中とかバイト中とかはここに来られないし、電話とかも出られないので連絡先、ライムトークでもいいですか?」
梨乃は自分のアカウントを書いた用紙を、三人に渡した。
赤夜ら三人はそれぞれ、尋ねたいことを尋ね、情報をまとめていく。それから一時間ほどしたとき、突然、梨乃の携帯が音を立てた。
「電話だ……あっ!あ、ゆ……有里だ!」
「出てください!スピーカーにして!」
言われたとおりスピーカーに、彼女は電話に出た。
「有里!?今どこにいるの!?そこはどこなの!?」
『……梨乃……わかんないの。どこなのか分からなくて、ただ暗いの……』
「暗いの!?誰かと一緒!?」
『多分一人……でも、なんか声はしてる。けど、どこから聞こえてるのか……』
「出口はない?そこ歩いてみて何か見えない?光とかさ!」
梨乃は携帯にそう叫んだ。だが、有里は「なんでこんなこと……」と電話越しに泣いている。
「有里……私が助けるから!そこから出してあげるから、諦めないで!」
梨乃は彼女を勇気づける。
『梨乃……私、どうしたらいい?どうしたら……』
梨乃は桜らに助けを求める。彼女は今にも泣きだしそうな目で桜らを見ている。何とかしてやりたい気持ちは彼らにだってある。けれど、何の手掛かりもない状態で成す術もなかった。
「有里さんに聞いてください。“こうなる前に何があったのか、手掛かりとか思い出せますか”と」
赤夜は彼女にそう言った。言われた通り、梨乃は電話の向こうにいる有里に伝える。
『何って言われても……あ、瞬くんと会ってたけど……特に何もなかったし、手掛かりとか覚えてることとか言われてもこの状況じゃ……』
その声は震えている。
「有里、瞬くんと会ってたの!?会わないって言ってたのに何で……」
『瞬くんから最後に一回だけ会いたいってトーク来たの。会う場所は図書館だったし、人通りもあるし人の目もあるし、図書館だったら大丈夫だろうって思って……』
その瞬間、電話の声が途切れ始めた。
ざざっという、テレビの砂嵐のような音が聞こえる。
「有里!?ねえ、聞こえる!?有里っ!?」
『……り……』
その声を最後に、再び彼女とは連絡が取れなくなった。
「お願いしますっ!有里を助けてください……助けるためだったら何でもしますから……お願いします……」
ついには泣き出してしまった梨乃。気丈に振舞っていた彼女の精神も、そろそろ限界に来ていた。
「梨乃さん、我々ができることは何でも致します。もう少し、待ってくださいね」
緋翠は彼女のうなだれた背中をさすった。
「連絡先……有里の元彼の、瞬くんの連絡先……私まだ持ってたかも……」
彼女は何かを思い出したように、携帯をカバンから取り出す。
ライムトークを開き、友達欄から川端瞬の連絡先を探す。
「……あ!あった!これ……」
トーク画面を開き「連絡、もう一回していいですよね!?」と許可を求めた。
「もし、彼女の失踪に彼が関わっていたとしたら、それは間違いなく事件……犯罪です。そこに、君が飛び込んでしまえば被害は君にも及びます。彼女の口から“最後に川端瞬と会っていた”と聞けた以上、我々だけでなく警察の介入を勧めます」
赤夜は冷静にそう諭す。
「でも……私が連絡したら、会いたいって言ってくれないかなって……。そうしたら有里の居場所がわかったりしな……」
「それは危険すぎる!君が囮になろうとしなくていいんじゃないですか!?」
珍しく緋翠が声を荒げた。
「僕からも提案します。ここは警察の介入をお願いし、我々と警察で捜査すべきだ。友人の為にも、あなた自身の安全のためにも。……ね?そうしましょう?」
彼の説得により、梨乃は「警察に……連絡してください……」と口を開いた。
一度断られれば、連絡はしにくい。なぜ、始めに相談に行った際に取り合ってもらえなかったのかと、疑問がよぎる。
「わかりました。こちらから連絡しますので、しばらくここでお待ちください」
「お願いします……」
受話器を手に、最寄りの警察署へと連絡する赤夜。そんな彼を横目に、梨乃は自分の肩を抱いていた。
その手はわずかに震える。
「梨乃さん、ちょっとこっちに来ませんか?」
緋翠は彼女を連れて、事務所ビルの屋上へと向かった。
電話内容を聞かせたくなかったのだろう。今の彼女にとってはどんな些細な言葉でさえも、凶器となる。
桜は彼女を緋翠に任せ、自分は赤夜のサポートに回ることにした。
*
「ここ気持ちいいでしょう?」
「……うん……」
屋上の一部に人工芝を敷き、一部には花壇を造り、一部には洗濯物が干してあるという、普通のビルにしてはアンバランスな場所だった。
「この屋上ね、僕が管理してるんだ。このビルを社長が買った時に、屋上も僕たちが使っていいって言うから、花壇造りたいな~って。本当は居住区と事務所がちゃんと別になってる事務所がいいし、ガーデニングがしたいから庭とかも欲しいけどさ、贅沢は言えないでしょ?だから、こうして屋上を地道にリノベーションしてるんだよ」
緋翠はそう話す。
「でも……素敵ですよ、ここも。花は可愛いし、癒されるし……」
「だよね?僕もそう思います。まあ、洗濯ものが邪魔だけど……」
取り込むのを忘れていた下着を隠すよう、梨乃の視線をそこから外す緋翠。
「有里さんは、何としてでも助けますから。もう少し待ってくださいね」
二人でわずかな休憩をはさみ、時間を見計らって事務所内へと戻っていった。
「今から警察がここに来る。梨乃さん……我々がついているから、彼らが来たら、辛いだろうけどもう一度だけ話をしてもらってもいいかな?」
赤夜は言葉を選びながらそう言った。
梨乃は目を伏せながらうなずく。
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