Episode2

「私は斎藤梨乃さいとうりの。大学二年で二十歳です。依頼って言うか……警察には事件性がないからって相手にしてもらえなくて、どうしようって探してたら探偵に言ってみたらって友達に言われて。で、探してたらここを見つけたから来たんですけど……。友だちのこと探してもらえますか?」

 女性、梨乃はそう言った。

「依頼はお受けいたします。もちろん、きちんと調査はさせていただきますし、現状もご連絡させていただきます。なので、詳細を教えて頂けますか?」

 赤夜はそう言うと、そっとテープレコーダーの電源スイッチを入れた。

「十日くらい前、有里……佐々野有里ささのゆりからトークが送られてきたんです」

「トーク?」

「ええ、ライムトークの」

 ライムトーク、それは現代人にとってかかせない連絡手段だった。

「送信時間が、午後六時六分でこれ以降トークが送られてくることはなかったんです。もちろん、私が送ったのにも既読がつかなくて。で、他の共通の友達にも言って連絡してもらったけど、誰とも連絡が取れなくなって……」

 梨乃はそう言った。

「斎藤さん、そのトーク画面を見せてもらうことは可能ですか?」

 彼女は快く承諾した。

 確かに彼女の言う通り、トーク画面は相手が送信してきた時刻が最後で既読はない。最後となっているトークの内容は「りの、わたし、どこかにつれていかれるみたい。たすけて。ここがどこなのかもわからない」だった。

「どうして全部ひらがななんだ……」

 桜がそう呟くと、梨乃は「そうなんです!私もそこが気になってるの!」と食い気味に口を開いた。

「慌てて打ったからなのか、何かの理由があって変換できなかったのか、それとも……」

 緋翠がそこまで言いかけると「目隠しされているから画面が見えなかったのか……」と桜が言う。お互いにうなずき合った二人を、赤夜はじっと見ていた。

「斎藤さん、あなたの情報と佐々野有里さんの情報、そして佐々野有里さんのお相手の男性の情報をいただけますか?もちろん、分かる範囲で大丈夫ですが、偽りはなしに。構いませんか?」

 赤夜がそう言うと、彼女は力強くうなずく。そして、麦茶を一口飲むと口を開いた。

「大学は竹の森総合大学、学科は文学部です。有里も同じ大学で学科は社会学部です。有里の元彼も社会学部で、二個上の先輩だと教えられてます。サークルは私ら三人とも同じで、都市伝説研究会って言う感じのいわゆる話をするだけのサークルみたいな……?メンバーは他に二人いてて、一人が理学部の野田浩輔のだこうすけさん、この人は有里の元彼と同期です。それと棚橋礼香たなはしれいかって子がいてて、この子は私と有里と同期です。仲は良くて、みんなで遊びに行ったりとか都市伝説の検証みたいなことしたりとかして、サークル研究発表とかも意外にちゃんとやったりしてたんですけど……」

 彼女はまとまりのない説明を口にする。

 それを必死に頭の中で整理して、文字に起こす。これがまた労力を使うものだった。

「有里さんの元彼と言うのは?」

「あぁ、名前は川端瞬かわばたしゅん。年齢は大学四年の二十二歳です。一応、サークルの部長やってて、日本各国の都市伝説とか結構知ってるタイプの人です。まあ、詳しいっちゃ詳しいけど、それが真実かどうかは……ね。いつもサイト見せてきて、こういうのどう?とか、こういうのもあるんだよって言ってくるし、多分詳しいってことを私たちに自慢したいだけってのもあると思うんですよ。まあ、それは置いといて、夏前に、あの男が有里に告白して付き合ったんですけど、凄いしつこくトークしてきたり、デートに誘ったり、その無理やり……?そう言うのしようとしたりで、さすがにしんどくて別れを言ったらしいんですけど。でも、俺は別れたくないとかってずっと言ってて、面倒だって。うちのサークルのバランス?みたいなのが崩れたのも、あの男が有里に告白してからだし、有里が消えたのも別れ話してからだし。絶対に誘拐ですよ。だって、有里のトーク見たでしょ?どこかに連れていかれるかもって」

 彼女はそう言った。

「確かに、その話だけを聞くと彼が有里さんを誘拐した可能性も否めないですね。ですが、現時点ではまだ何も分かりません。とりあえず、情報は全てお預かりしてこちらで調査してみます。もし、事件性ありだと我々が判断したら警察に届け出ます。それでよろしいですか?」

 赤夜がそう言うと、梨乃は「よろしくお願いしますっ!」と頭を下げた。



 彼女を帰し、それぞれは情報の整理に取り掛かっていた。

「説明するなら順を追って説明してほしいけど……」

「彼女の中では切羽詰まった状態だったんでしょう。無理もないですよ」

 桜と緋翠は二人で会話しながら、内容をまとめていく。

 そんな彼らを、赤夜はまるで父親のような眼差しで見つめている。

「あの……ずっと気になっているんですけど、社長と緋翠さんってどんな関係なんですか?」

「社長は、僕の父親みたいなものだよ」

「みたいなって……?」

「僕は施設育ちなんだ。そこに迎えに来てくれたのが、社長だったってこと。僕だけ里親って言うか、家族が現れなくて、このまま十八歳まで施設かな~って思ってたら、社長が来てくれたんだ。それだけだよ」

 知らなかった……。桜は申し訳なさそうに緋翠を見る。

「そんな顔で見られたら、反応に困るよ。別に悲しいとか、かわいそうとかないからね?今が楽しいから、何も問題なし。ほら、整理しないとあとで困るよ?」

 彼は話を止め、手を動かし始めた。

 そうか……彼が時々悲しげな顔をするのは、きっとこのせいだ……。

「緋翠さん、俺は……緋翠さんから離れたりしませんから」

「どういう意味だよ~」

 桜の脇腹を肘で突っつく緋翠。

 赤夜は彼らを見つつ、自らもパソコンに情報を打ち込んでいく。

「あ、そうだ桜くん!昨日の夜に眠れなくてネットサーフィンしてたら、うちの事らしき記事を見つけたんだ。確かブックマークしたはず……」

 緋翠は携帯を手に、何やらサイトを探している。

「あ、あったあった!これ読んで?」

 差し出された携帯には〈異質事件を扱う探偵社〉の文字が。

〈協会に捨てられた青年はかの有名な陰陽師の力を受け継いで、今はどこかの町で探偵をしているらしい。家には秘密の降霊室があるとか……。神代台には幽霊や神を生業とする探偵社があるとか。そこの従業員は全員が力を持っており、この世には存在しないものを扱う。時々警察に協力しているが、それは公には公表できないもののようで……〉

「なんですかこれ……」

「ね?うちっぽいでしょ?」

「これはうちじゃないでしょ」

「こっちは違う感じだけど、こっちはうちじゃない?ほら、全員が力を持ってて……って絶対そうだよね。というか、地味に詳しい感じしない?こういうのって誰が調査して誰が書いてるんだろうね」

「気になるし、こっちもちょっと調べてみますか」

 そんな会話をする彼らを、赤夜は微笑ましく思った。

「まるで兄弟だな……これなら安心だ」

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